第148話 魔法の天才

 昔から、勉強だけが取り柄だった。

 でも、そのことを、それほど悲観的には思ってなかった。


 高校を主席で卒業したとき、両親はとても喜んでくれたし、

 魔法の知識を評価されて、魔王親衛隊に入ることもできた。

 積み上げてきた知識が私を支えてくれた。


 だけど……、


 ダリア討伐作戦のときに痛感した。


 私は弱い。

 魔力も弱いし、フィジカルも弱いし、経験も全然足りない。

 あるのは、魔法の知識だけ。


 このままじゃ、きっとこの先は通用しない。みんなの役に立てない。

 変わらなきゃダメだと思った。


 でも……、


 いったい何を変えればいいの?

 何が変えられるの?


 勉強以外に、私に何ができるんだろう?


 その答えを、ずっと探していた。



 * * *



 豪奢ごうしゃな玄関ホールに、魔界四天王のうち三人が集結し、壮絶な戦いが始まろうとしていた。

 そんな歴史的な場面に居合わせた、社会人一年目のギルティ。

 いくら期待の新人とはいえ、場違いと言われても仕方がない状況。

 味方からも敵からも、逃げろと言われてしまった。


 だからといって、逃げるなんて選択肢は彼女の中には無かった。

 震える手でつえをぎゅっと握りしめる。


「私はこれでも魔王親衛隊副隊長です! 戦力外かどうかは、私の魔法を見てから判断してください!」


 彼女は魔法の杖を、カーラード議長とベリ将軍がいる階段のほうに向けて構えた。


「目に焼き付けよ! 視界保存プリントスクリーン!」


 グウはハッとした。

「その呪文は!」

 敵の目をあざむくために、草原の風景をマントにプリントしたときの魔法だ。

 この魔法のおかげで城に侵入できたと言っても過言ではない。

(でも、なんで今その魔法!?)


 杖の先端についた不気味な人面鳥の目が、フラッシュのようにピカッと光った。

 が、光っただけだった。


 当然だ。

 それはカメラのように風景を写し取る魔法。

 彼女はただシャッターを切ったにすぎない。


「…………?」

 一同の頭上に漂う『?』のマーク。


「ん? 不発?」

 首をかしげるベリ将軍。

 そもそもギルティの魔法を警戒していない様子だったが、さすがに何も起こらないとは思わなかったようだ。


「な、何やってんだ、ギルティ……」

 意味不明な行動に、グウも困惑する。


 まさかの記念撮影?

 何か間違えたのか?

 絶体絶命の緊迫した状況で、テンパったのだろうか。


「えーっと、調子悪そうだったら棄権してもいいよ、ギルティちゃん」

 ベリ将軍が優しい口調で言った。


 が、実際は優しさなどではない。

 彼女はただ強い者にしか興味がないだけだ。


「今のは、えっと、準備運動みたいなものです!」

 ギルティは真面目な顔で言った。


「ギルティ」

 いつもより低い声で、グウが呼んだ。

「命令だ。はやく逃げろ」

 彼女に生き延びて欲しい一心で言う。


 ギルティはその様子から、ただならぬ覚悟を感じ取った。

「ダメです、それじゃ隊長が……!」

 ここで別れたが最後、もう二度と会えない気がした。


「あとは俺が何とかする。頼むから行ってくれ」


「嫌です! 隊長を置いて行くなんて嫌!」


 涙声で反抗するギルティに、グウは心を鬼にして怒鳴った。


「足手まといだ!! 今すぐ消えろ!!」


 ギルティはビクッとした。


 はじめて怒鳴られた。

 はじめて恐い顔をされた。

 ずっと優しかった隊長に。


 思わず泣き出しそうになる。


 でも、ここは譲れない。

 彼女はぐっと唇を噛んだ。

(だって、怒ったフリだって知ってるから。隊長が部下を思って、頑張って恐い顔をしてるって知ってるから……!)


「私を信じてください、隊長!!」


「お前っ、まだ言うか――」

「この杖を握って!」

「何?」

「お願いです! 一度きりでいいの! 私を信じて!!」


 ギルティの必死の叫びに、

「――っもう、わかったよ!」

 と、言う通りにするグウ。


 二人で握った杖が金色に光り出す。

 ギルティは渾身こんしんの呪文を唱えた。

 

「出力せよ! 空間魔法『ワンショット・キューブ』!!」


 シュイイイイインッ、と透明な壁が二人の両側から前方に向かって伸びていく。


「空間魔法だと!?」

 予想外の単語に、カーラード議長が驚愕きょうがくの表情を浮かべる。


 透明の壁はカーラード議長とベリ将軍を分断し、ベリ将軍以外の三人を空間の内部に閉じ込めると、そのまま外側に向かって膨張ぼうちょうを始めた。


「えーっ!? ちょっとぉー!」

 壁に押しのけられるベリ将軍。

 一人だけ壁の外側に取り残された彼女の声が遠ざかっていく。


 サアーッと、透明な壁がスクリーンのように新たな景色を映し出した。

 すべての方向に大理石の階段があり、踊り場があり、『勝者の晩餐ばんさん』の絵が飾ってある。

 四方がまったく同じ風景の、奇妙な異空間が完成した。


「な、なんでお前、空間魔法なんて使えんだよ!?」

 誰よりも驚いたのは上司のグウだった。


「四天王会議のとき、シレオン伯爵に話を聞いてから、ずっと考えてたんです。どうすれば私に空間魔法が使えるかを」

 ギルティは落ち着いて答えた。

「異空間を創り出すには、創りたい世界を精密にイメージし、そのイメージを固定する必要がある。でも私には、絵や文章でイメージを表現できるような技術はない。だから、すでにある景色を写真のように写して、そのままプリントすることにしたんです。一度に一つの方向しか写せないから、東西南北すべて同じ景色ですが」


 そう、さきほどの無意味に思われた魔法――『視界保存プリントスクリーン』は必要な手順だったのだ。


 目の前の風景を撮影してプリントするだけのインスタントな空間魔法。ゆえに、複雑な異空間は作れない。

 広さも先ほどまで居たホールと同じくらいで、シレオンの空間魔法と比べると、まだまだ稚拙ちせつではある。


 だが、あらゆる魔法の中で最も難易度が高いとされ、魔界で数人しか使えないという空間魔法を、まだ18歳のギルティが成功させたことに、グウは衝撃を受けた。

 しかも、たった数ヶ月でだ。通常、習得に数十年から百年かかるといわれているのに。


「お、お前、天才すぎじゃね?」


 グウのほほをつつく人面鳥。

 魔力を分けた代償として血を吸われながら、グウは呆然ぼうぜんと彼女を見つめた。


 知識を吸収するスピードと応用力が尋常じゃない。

 紛うことなき魔法の天才。


 だが、ギルティ自身は、まったくそうは思っていなかった。

 自分のことを、勉強しかできない凡才だと思っている。

 そして、そんな自分がどうすれば皆の役に立てるのか、ずっと考えてきた。


 このままじゃダメだと気づいても、急に魔力がアップすることはないし、経験を積むにも時間が必要だ。

 結局、今自分にできることは勉強だけだった。


 だったら、全力で勉強するしかないと思った。

 今まで自分を支えてくれた知識が、これからも自分を支えてくれると信じて。


「そこの小娘。何者だ、貴様?」


 カーラード議長がたずねた。

 四天王に上りつめた彼でさえ、空間魔法を使うことはできない。

 不愉快ではあるが、目の前のちっぽけな小娘が、稀有けうな才能の持ち主であると認めざるを得なかった。


「魔王親衛隊副隊長、ギルティ・メイズです」

 ギルティは答えた。

 自己紹介は二度目だが、前に王都で会ったときは、まともに聞いてもらえなかった。


「メイズ……なるほど、メイズ議員の娘か」


 カーラードは魔界元老院で何度か顔を合わせたことがある、その男の顔を思い出した。

 娘と同じく角無つのなしで、まるで人間の学者のような知的な風貌。

 決して戦闘力は高くはないが、学者や政治家……様々な分野で優秀な人材を輩出し、名門と呼ばれたメイズ家の血筋。

 政敵と認定するには地味だが、駆け引きより道理を重んじる、目障りな男だった。弱いくせに、強者にびることをしない、いちばん憎たらしいタイプ。


 目障りな……!

 議長は不快感に顔をゆがめた。


「さて、どうにか二対一にはなったな」

 グウが言った。


「はい。私たちが四天王二人を倒して、セイラさんを救出するには、これしか方法がないと思いました。二人を同時に相手にすれば、まず勝ち目がない。ならば、少しでも勝てる可能性があるほうから一人ずつ戦い、そして、その一人を……」


 ギルティはそこで口をつぐんだ。

 その過激な言葉を口にするのは少しはばかられた。


「ああ、そうだな」

 グウはうなずいた。

「さっきは悪かった。お前が作ってくれたチャンス、絶対に生かしてみせる」


 覚悟を決めた彼は、剣を抜いてその切っ先をまっすぐ相手に向けた。


「食ってやるよ、カーラード議長」

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