第146話 黒幕日記⑥
四件のメモ帳のデータはすべて、ダリア討伐作戦の前日、11月11日に作成されていた。
『ハロぴあ。セイラ・ピアーズ生誕祭の件で連絡し申す。只今、オタク達から手書きのメッセージカードを集めております故、デメっちも書いてくだされ』
という連絡が直前に届いていたことから、その誕生祝いのカードに書く内容を推敲するため、メモ帳に下書きを打ち込んだものと思われる。
真面目だなぁ、デメ。
四つのメモは、一番古いものが最も熱のこもった文章だったが、重すぎてセイラに引かれるのを心配したのか、だんだん薄味になっていき、最後のメモはかなりあっさりした文面に落ち着いていた。
最終稿はこんな感じ。
*****
セイラ・ピアーズ様
お誕生日おめでとうございます。
いつもライブとか配信とかありがとう。セイラのおかげで、いつも元気になります。
セイラの努力家で向上心があるところ、本当にすごいと思う。すごく尊敬できる。
とくにソロになってから歌が成長してて、ライブで聞いて毎回感動します。セイラの歌すごくいいし、ずっと聞いてる。
これからもどんどんすごいアイドルになって、どんどんファンも増えて、色々な場所でセイラの姿を見たり、声を聞けたりするようになったら嬉しい。そしてグレープホールに行けるって信じてる。
応援しかできないけど、ずっと応援しています。
今後のご活躍とご健勝をお祈りいたします。
*****
うん、いいんじゃない? 決して上手い文章とは言えないけど、十分気持ちは伝わるよ。
でも面白いのはこっちじゃなくて、改稿前のほうなんだよね。
推しに見せられることなく封印された、その初稿がこちら。
*****
セイラ・ピアーズ様
お誕生日おめでとうございます。
誰かの誕生日を祝うのは初めてで、どう祝うのが正しいかわからないけど、「セイラが生まれた日」が喜ばしいことだけはわかります。
セイラが生まれて、本当に良かった。
アイドルになってくれて、本当に良かった。
セイラがアイドルをやってなければ、かつ、ネットで配信活動をしてなければ、かつ、俺がたまたまそれを見なければ、俺はずっと部屋に閉じこもったまま、外に出たいと思わなかったと思う。
ライブのすごさとか、チェリー☆クラッシュのファンの熱さも知ることがなかった。
誰かと握手することも一生なかったと思う。
チェリー☆クラッシュというグループに出会ってなければ、「グループ」や「メンバー」が大事な存在だって知らないままだった。
「仲間」がどんなものか知らないままだった。
「別れ」や「最後」って言葉の本当の重さも知らないままで、
誰かと一緒に泣いたりすることもなかった。
セイラ・ピアーズという人間に出会ってなければ、
「夢」がどんなものか知らなかった。「努力」がどういうことか知らなかった。
「明日」や「来週」や「来月」や「これから」が良い言葉だって知らなかった。
誰かの成長に感動することも、誰かを心からかっこいいと思うこともなかった。
人間の強さには色々な種類があることも知らないままだった。
この世界の大事なことを、セイラがたくさん教えてくれた。
こんなに誰かを応援したいと思ったのは、生まれて初めてです。
どうかセイラの夢が叶ってほしい。
けど、俺にできることが少なすぎて、何をやっても迷惑をかけそうで、何もできない。
本当は、もし許されるなら、すべての力をセイラのために使いたい。この世界でいちばん価値のない、ゴミみたいな俺の存在のすべてを、セイラのために捧げることが許されるならそうしたい。
セイラのためなら何でもできる。
セイラがグレープホールに行くためなら死ねる。
セイラの夢が叶うなら俺の命なんてどうでもいい。
俺の命の残り時間を、ぜんぶセイラにあげられたらいいのに。
そうしたら、セイラがいない時代を生きることを想像しなくて済むのに。
どうか健康に気をつけて、ずっと元気でいてください。
頑張ってほしいけど、無理はしないでほしい。
どうか長生きしてください。
これからもずっと応援しています。
* * *
暗い海から、ひっそりと波音が響いている。
誰もいない、真夜中の海岸。
僕はラウル・ミラーの体でベンチに腰掛け、ファイルに
正面には、骨格だけの巨大な手が地面から生えていて、コーデリアの体を握っている。
白骨の指にぐったりと体を預ける彼女は、左目の傷が熱を持っているのか、顔に汗を浮かべて苦しそうにしていた。
うう、と
「うっ、目がっ、左目が見えない!」
混乱した様子で、激しく身をよじるコーデリア。
「何を……私に何をしたの……!?」
「君の体を乗っ取って研究所に入り、資料を持ち出させてもらった」
僕は片手でファイルを持ち上げてみせた。
もちろん、その一冊だけではない。
持ち運べない資料はすべてハンカチ(異空間)に突っ込んでおいた。
それと電子データも。
ポケットの中のUSBメモリには、大量のデータがコピーしてある。
「この数時間の間に、君の研究成果をいろいろ見せてもらったよ。たいへん興味深かった。でも『ナルスの
コーデリアは体を震わせながらフーッ、フーッと激しく息をしていた。
反撃する余力はなさそうだし、どうせ
「でも、魔導協会本部のネットワークはセキュリティが強固でアクセスできなかったよ。君のお
僕はそう言って、スマートフォンをコーデリアのほうに放り投げた。
「できれば君のお祖母さんを殺したかったが、どうやら孫の皮を被ったくらいじゃ接触できなさそうだ」
「……復讐なの?」
コーデリアが絞り出すような声で言った。
「ん??」
「私が研究所で魔族をたくさん殺したから」
「アハハッ。違う違う。まったく気にしてないよ、そんなこと。魔族はわざわざ他人のために復讐なんかしないって、君も知ってるんじゃなかったっけ? 現に、研究所に囚われてる魔族たちもそのまま置いてきた」
コーデリアは完全に絶望したのか、もはや虚ろな表情をしていた。
「君には何の恨みもないし、むしろ感謝してる。ただ、もう用は無いや」
グシャッ。
白骨の手が彼女を握りつぶした。
固く閉じた白い指の間から、真っ赤な血があふれ出す。
さようなら、コーデリア。
大丈夫だよ。君が倒したかった魔王デメは、僕がかわりに倒してあげる。
ただし、それが人間界のためになるかというと、まったく逆だけど。
でもさ、どう考えても僕のほうが魔王にふさわしいと思わないか?
だって、デメは魔王の仕事を忘れてるんだもん。
魔王に求められる、ただ一つの役割。
この世で最も邪悪な存在であること。
それが魔王の条件。
そうだろう?
* * *
12月4日。
『魔界再生』計画当日。
多少、予定と変わったところはあったが、僕はついにデメにその要求を突きつけた。
「死んでくれないか、デメ」
いやあ、長かったなあ。
さあ、答え合わせをしようじゃないか。
僕の実験は成功か、それとも失敗か。
魔族に愛はあるのか、それとも無いのか。
「わかった。俺を殺していい。そのかわり、絶対にセイラを無傷で解放しろ」
勝利。
僕の勝ちだ、デメ。
幾百年ぶりの深い満足が僕を満たす。何物にも代えがたい、この充実感。
こうして、魔族に愛情があることが証明された。
ただし、そのような感情を一切持たない個体が存在することも決して忘れてはならない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます