第138話 ピンチ

 ガルガドス隊員とザシュルルト隊員の話は、魔王親衛隊の執務室にどよめきを起こした。


「つまり、隊長と副隊長は、魔王様と一緒にその異空間に行っちゃったってこと?」

 フェアリー隊員が質問した。


「状況からして、間違いないと思う」

 ガルガドス隊員が答える。


「俺たちも追っかけましょうよ! 魔王様のピンチに駆けつけなきゃでしょ!」

 ザシュルルト隊員が今にも駆けだしそうな勢いで言った。


「でも、異空間の入り口になってる絵はもう使えないんでしょ?」と、フェアリー隊員。


 一度、ガルガドス隊員が絵を通り抜けられるか試してみたが、焦げてしまっているせいか、異空間に入ることはできなかった。

 実際のところは、対になる絵が焼失したことによって、機能が失われたのだった。


「では、我々は動きようがないと?」

 ゼルゼ隊員がめずらしく真面目なトーンで聞いた。


「どうしよう……事が重大すぎて、僕たちだけじゃ判断がつかないよ」

 困り果てるガルガドス隊員。


「ねえ、デュファルジュのおじいちゃんに相談しない? 一応この城の中で、魔王様の次に偉いし」

 ドリス隊員が提案した。


「たしかに、デュファルジュ元老には報告しておいたほうがいいかも。的確な判断をしてくれそうだし」

 ガルガドス隊員がうなずく。


 こうして、隊員たちは魔王の相談役であるデュファルジュ元老のもとに向かった。



 十分後。

 デュファルジュ元老の書斎。


 隊員たちから話を聞いた元老は、頭を抱えてうなだれた。

「なんてことじゃ。こりゃ大事になるかもしれん。お前たち、決して他言するでないぞ。城内にも敵がいるかもしれんからの」


「おじいちゃん、私たちどうしたらいい?」

 ドリス隊員が聞いた。


「カーラード議長んとこにカチコミに行きますか!?」

 血の気の多いザシュが腕をブンブンと振り回す。


「焦るでない。まずは情報を集めるんじゃ。魔王直属暗殺部隊を呼んでくれ。諜報課と同じく隠密行動に秀でた者たちじゃ。誰が敵かわからん以上、ワシらと魔王様直属の配下だけで――」


 ピンポンパンポーン。


 元老の話をさえぎるように、城内に緊急アナウンスが流れた。


『警備課より緊急連絡! 武装したアンデッドの軍団が城下町を進軍中! こちらに向かっています! 至急、魔王軍の出動を要請します!』


 緊迫した警備課長の声が城内に響き渡った。


「は!? アンデッドの軍団!?」

「どういうこと? 魔王城が攻められてるってこと?」

 隊員たちに再び動揺が広がる。


『繰り返します! アンデッドの軍団が魔王城に向かって進軍中! 数は三千以上! 警備課だけでは対応できません! 至急、魔王軍の出動を要請します!』



 * * *



 セイラを探すグウたちは、急いで上の階に向かっていた。

 狭くて薄暗い階段を上りきると、急にひらけた場所に出た。どうやら玄関ホールの大階段の裏側らしい。

 近くに敵の姿がないことを確認し、階段の表側にまわる。


 広くて立派なホールだった。

 三階まで吹き抜けの天井と、大理石の階段。

 大階段は途中で二又に分かれており、その分岐点となる踊り場には、大きな絵が飾られていた。

 見覚えのある絵だ。


 おぞましい血みどろの食卓と、祝杯をあげる第九代魔王。

 変わり果てた女王一家を見下ろす、はりつけにされた上半身だけの青年。


「あれは『勝者の晩餐ばんさん』……ドクロア城と同じだわ」

 ギルティがつぶやいた。


 その残酷な絵は、魔界元老院議会の議事堂・ドクロア城の玄関ホールにあったのと同じ絵だった。

 よく見ると、この場所は議事堂の玄関ホールにそっくりだ。


「あの少女は、二階の右側の廊下の突き当りの部屋にいます」

 魔法の鎖で拘束されたジムノ課長が、階段の上を見上げながら言った。


「思ったより素直に教えてくれますね」とグウ。


「ええ。教えたところで、このホールを通り抜けるのは不可能ですから」


「どういう意味だ?」


 そう質問した、次の瞬間。

 カッと稲妻のような閃光が走り、爆撃されたような轟音とともに、体が吹き飛ばされた。


 痛い。

 体がしびれている。

 何が起きたか分からないまま顔を上げると、少し離れたところにジムノ課長が驚いたような表情で立っていた。さらに、体の下にはギルティ。二人で×印を作るように彼女の腹の上に倒れている。どうやら、吹き飛ばされた拍子に下敷きにしてしまったらしい。


「すまん!! ギルティ、大丈夫か!?」


「うっ……、はいっ」

 体を起こすギルティ。

 外傷はなさそうな感じだ。


 グウもとくに傷は負ってなかったが、体中がったような鋭い痛みとしびれがまだ残っている。

 雷系統の魔法で攻撃されたのだと、理解するまで時間がかかった。


「招かれざる客が来ているようだな」


 ふいに、ドスの効いた低い声が、吹き抜けのホールに響き渡った。

 階段の上を見上げると、踊り場の大きな絵の前に、今絶対に会いたくない人物が立っていた。


 司祭のような黒い装束に、金細工の豪華な首飾り。

 赤黒い皮膚と、口髭くちひげをたくわえた威厳のある顔つき。

 二メートルを超える身長と、頭に生えた四本の角。


「カーラード議長……!」


 四天王の一人、魔界元老院最高議長・カーラードがそこにいた。


 議長はジムノ課長を一瞥いちべつすると、彼のほうにスッと手をかざした。

 すると、ジムノを拘束していた魔法の鎖が切れて床に落ちた。


「お手数をおかけしました、カーラード議長」

 ジムノ課長が恐縮しながら言う。


「お前は魔王城に戻って役目を果たせ」


「はい」

 ジムノ課長は素早く階段を駆け上がり、二階の左側の廊下に向かった。

 セイラがいるという右の廊下とは逆の方向。


「待て! 魔王城で何をする気だ!」


 グウが動いた瞬間、バチィッと足元に牽制けんせいの電撃が放たれた。


「くっ……!」


「知る必要のないことだ。これから死ぬ者には」

 鋭い金色の瞳がギロリとグウをにらむ。


「カーラード議長……まさか、あなたが直々に俺なんかの足止めに来るとはね……」


 マズい状況だった。

 ものすごくマズい。

 いくら二対一とはいえ、経験の浅いギルティに、議長との戦闘は荷が重すぎる。自分が踏ん張るしかないが……同じ四天王とはいえ、こちらは下っ端。純粋に戦闘力で勝る相手にどこまで戦えるか……


「魔王様の第一の家臣であるあなたが、いつからシレオン伯爵の配下になったんですか?」

 グウは非難を込めて言った。


 議長はフンと鼻で笑った。

「勘違いするな。我々はただ共通の目的のために同盟を結んだだけ。魔王デメを殺し、魔界をあるべき姿に戻すという目的のためにな」


「!!」

 魔王を殺すという宣言に、グウとギルティは同時に息をのんだ。


「本気か……そのために、こんなことを……ずいぶん大きな賭けに出たものですね、カーラード議長」


「人のことをとやかく言っている場合か、グウよ。お前たちが留守の間に、魔王城が陥落するかもしれんというのに」


「はっ?」


「今頃、魔王城にアンデッドの大軍が攻め込んでいるだろうよ」


「な!?」

「えっ!?」


「現在の魔王城――キルゲート城は本日をもって我々魔界再生委員会の管理下とし、デメの臣下は全員抹殺する。お前がこちらに来ようが来まいが、最初から生かしておくつもりはない。残りの親衛隊ともども滅びるがよい」


 ギルティが心配そうな目でグウを見る。

「隊長……城のみんなが……」


「……大丈夫だ。城内には魔王軍がいる。軍と親衛隊が一緒に戦えば、どんな大軍が攻めて来ようが負けることはない」

 グウは自分に言い聞かせるように言った。


「魔王軍が味方であればな」

 カーラード議長が不敵な笑みを浮かべた。


「何?」


 そのとき、階段の上からコツコツと靴音が響いてきた。


(誰か来る!? カーラード議長だけでもクソやばいのに、これ以上敵が増えたら完全に終わるぞ……)

 グウの体に緊張が走った。


 コツン、コツン、コツン。


 絶望は、左側の階段をゆっくりと下りてきた。


 魔王軍の黒い軍服と、露出度の高い赤いミニスカートのワンピース。

 人形のように整った顔立ちと、淡いピンク色の巻き毛。

 かかとの高いショートブーツの靴音を響かせながら下りてきたのは、小柄な美少女だった。


 魔王軍中央司令部最高司令官、ベリ将軍。


「ベリ将軍……あなたもそっち側なのか……」


 彼女はラズベリーピンクの唇に薄く笑みを浮かべた。

「遊ぼうよ、グウちゃん」


 魔界最強クラスの戦闘力を誇る四天王二人が、同時にグウたちの前に立ちはだかった。

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