第135話 ナルスの鍵

 グウとギルティは空飛ぶ城の真下まで来ると、ドラゴンの彫像の陰に隠れながら、侵入できそうな場所を探した。

 白亜の城は造りこそ中世のそれだったが、近くで見ると、ところどころに鉄骨の階段や金網の足場など、現代的なパーツがくっついていた。


「どこに見張りがいるかわからないので、気をつけなきゃいけませんね」

 ギルティが真剣な顔で言った。


「そうだな。ところで、俺のマント元に戻してもらっていい?」


「あ、忘れてた」


 どうも鮮やかな若草色のマントでは落ち着かない。というか、草原以外だと逆に目立つ。


「隊長、あそこ……!」

 ギルティが小声で頭上を指さした。


 数メートル上の金網の足場に、二つの人影が見える。

 一人はうろこで覆われたトカゲのような魔族で、一人は手長ザルのような魔族だった。


「あれは、諜報課の……」


 二人が着ている灰色のスーツは、諜報課の制服だ。

 グウたちは彼らの会話に耳を澄ました。


「どうだ? いたか?」

「いや。この城まで来ているのは確かだが、死角に入ったのか、さっきから姿が見えない」

「途中までバレバレの動きだったのにな」

「ああ。そもそも、この異空間への出入りは “あの方”がすべて把握されている。余計なのが二人ついて来てるのは間違いない」


 最初からバレてたのかよ――という視線を、グウとギルティは交し合った。

 あの方というのは、カーラード議長だろうか? それともデボラ?


「とりあえず、ジムノ課長に報告してくる」


 カン、カン、カン、と頭上で金属的な足音が鳴り響く。

 トカゲに似た魔族が、鉄骨の階段を下りて、細い穴のような通路から城の中に入っていった。


 グウとギルティはその魔族のあとを追った。

 さらに、そのあとを追って、バサバサッと三つ目の鳥が通路の中に飛び込んだ。


 薄暗い通路をずんずん進む諜報課の職員。

 正門や玄関ホールがある階を一階と仮定すると、ここは地下一階にあたる。空に浮いているのに地下というのもおかしな表現だが。


 通路は入り組んでいて、まるで迷路のようだった。

 とてもじゃないが、何のヒントもなくセイラのもとにたどり着くのは難しそうだ。


 しばらくすると、トカゲに似た諜報課の職員は、ある部屋の前で足を止めた。

 扉をノックしようとするその腕を、背後からグウが掴み、同時に口をふさいだ。そのまま物陰に引きずり込む。


絶対的安眠パーフェクト・スリープ!」


 ギルティが魔法で眠らせ、あとは物陰に転がしておく。


 そうして、彼のかわりに、グウはコンコンとドアをノックした。


「どうぞ」


 入って来たグウを見て、ジムノ課長の灰色の顔に驚きが広がる。


「なっ、グウ隊――」


 一瞬で距離をつめ、首元に剣をつきつける。

「お静かに」


 背後でギルティがそっとドアを閉めた。


 部屋は事務室のような感じで、ジムノ課長は机に座って、図面のようなものを眺めていた。


「よお、裏切り者。ちょっとセイラちゃんの居場所を教えてくれないか?」


 ジムノ課長は忌々しそうに目を細めた。

「教えたとたん、殺すんでしょう?」


「いや? あなたが嘘を教える可能性もあるし、できれば一緒に来て欲しいんだけど。てか、普通に迷いそうだから案内して欲しい」


 ジムノ課長は少し考えてから、

「……わかりました」

 と言った。

「あなた方を案内しま――せん!!」


 素直に従うのかと思った次の瞬間、彼は後ろ手で掴んだマグカップの中身をグウに向かってぶちまけた。


「あっつ!」


 中身は熱々の紅茶だった。

 ジムノはさらに、自分の腕のひじから先を鎌のようにとがらせると、扉の前にいるギルティのほうに突進してきた。


絶対的安眠パーフェクト・スリープ!」


 ギルティが杖から煙を噴射する。

 ジムノは紫色の煙に包まれた――が、すぐに煙の中から姿を現し、そのまま向かって来た。


(ダメだっ、魔力が強い相手には、至近距離で濃度の高い煙を浴びせないと効かない!)


 ギルティに向かって鎌を振り上げるジムノ。


 ドゴッ!!

 

 グウがジムノの後頭部に回し蹴りを食らわせた。

 棒のように細い体が床にべしゃっと叩きつけられ、彼は気を失った。


「あ、ありがとうございます、隊長」


「いや、今のは俺が油断したわ。てか、どうしよう、この人。起きたらまた抵抗しそうだなあ」

 グウは顔をそでで拭いながら言った。

 ジムノ課長は細いなりに丈夫なようで、見たところ怪我はなさそうだった。

「何かで拘束……といっても魔族を拘束できそうな頑丈なものも見当たらないし。仕方ない。いったん腕を切り落とすか」

 彼は平然と言って、チャキッと剣をかまえた。


「えっ? ま、待ってください。私が封印魔法で拘束しますんで!」

 ギルティが慌てて止めた。

 裏切り者とはいえ、元上司のスプラッタなシーンはあまり見たくなかった。


「隊長、ちょっと魔力を分けてもらってもいいですか?」


「ん? というと、また俺、生贄いけにえにされるってこと?」


「いえ! 今回はこの杖を握ってもらうだけで大丈夫です」

 彼女は金色の杖を持ち上げて、ちょっと得意げにこう言った。

「生贄の呪文である『暗黒の祭壇ダーク・ヴォモス』の魔術式をこの杖に付与しておきました。なので、今回は生贄の儀式と呪文詠唱を省略できます。一度使った魔法は、なるべくこの杖に記憶させるようにしてるんです」


「へ、へえ?」

 了承したものの、魔法に詳しくないグウは、よくわかっていない。

(それって、手続きが省略されただけで、やはり生贄に変わりないのでは?)


 ギルティに促され、グウは彼女の杖を握った。


暗黒の祭壇ダーク・ヴォモス!」


 彼女がそう唱えると、杖が光り出し、先端の人面鳥がカッと目を見開いた。


「ナルスの鍵!!」


 彼女はジムノ課長のそばに杖を突き立てた。

 床に浮かび上がったのは、円の中に七芒星が描かれた魔法陣。


「ナルスの鍵か……!」


 それは、グウでも知っている超有名な魔法だった。

 古代に活躍した大魔法使いナルスによって編み出された最強の封印魔法で、目的に応じて、ナルスの鎖、ナルスのくさび、ナルスのひつぎと三段階の封印があるという。


「一のふう、ナルスの鎖!!」


 魔法陣から金色の細い鎖が勢いよく飛び出し、ジムノ課長を縛り上げた。


「なるほど。古い魔法だが、最も強力な封印魔法に違いない」


「はい。この魔法をかけられたら最後、魔力を完全に封じ込められ、絶対に自分で解くことはできません。ただし、自分より魔力が弱い者にしか通用せず、格上の相手だと、簡単にやぶられてしまうのが難点です」


「ああ、それで俺の魔力を使ったのか」


「はい。ジムノ課長は私よりも魔力が強いので」


 などと話していると、急にギルティの杖から人面鳥が離れ、ピギィッと短く鳴いて、グウのほほに嚙みついてきた。


「いてて! 何だよ!?」


「ちなみに、魔力を呼び出した代償として、杖に若干血を吸われます」


「ああ、やっぱり生贄なんだ、俺」

 グウはすべてを理解した。

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