第134話 侵入開始
ペガサスの骨格が引く馬車は、湖の上に浮かぶ城までたどり着くと、正門に続く跳ね橋の上に静かに降り立った。
そのまま馬車は
城は巨大で、外から見ただけでは、どこが建物の入り口なのか分からなかった。
魔王は馬車に揺られながら、心の中で後悔していた。
(俺のせいだ……)
近づいてはいけないと、わかっていたのに。
魔王である自分がセイラと関わることで、いつか迷惑をかけるんじゃないかという予感はあったのに。
なぜ遠くから応援するだけで満足できなかったのか。
なぜ特別になりたいなんて思ってしまったのか。
なぜ……
いや、むしろ最初から一切関わるべきじゃなかった。
セイラを無事に助け出せたら、もう二度と会わない。
ライブにも行かない。
魔族だと正体を明かして、二度と彼女の前に現れない。
魔王は心に固く誓った。
* * *
グウとギルティは、マントで風景に溶け込みながら急ぎ足で草原を進み、やがて湖のほとりにたどり着いた。
近づいてみると、城はかなり巨大だった。
しかも思ったより高い。
湖のちょうど真ん中、水面より30メートルほど上に浮いている。
「さすがにジャンプは無理ですね」
ギルティが城を見上げて言った。
下から見ると、城は見慣れぬ形――七芒星の形をしていた。
底の部分は
(何か飛ぶ系の魔法あったっけ?)
ギルティはどうやって城まで行こうかと考えた。
「あ、そうだ! 『
その鳥に掴まって飛んでいけば――
「はっ、ダメだ! この子、超うるさいんだった!」
巨大化した人面鳥がけたたましい声で鳴くことを思い出し、ギルティは頭を抱えて体をのけぞらせた。
あんな大声で鳴かれたら敵に見つかってしまう。
「さっきから何を一人でジタバタしてるんだ?」
グウは不審なものを見るような目で彼女を見つめた。
「いや、どうやって上まで行こうかと……」
「一つ方法がある」
グウが自信ありげに言った。
「ホントですか!」
「ああ、あの魔法を使う」
彼はキリッとした顔で宣言した。
「え? あの魔法って……あの魔法ですか?」
グウが使える魔法といえば、一つしか思いつかなかった。
魔界の
「そう。幸いここは異空間だから、デクロリウムを放っても問題ない」
たしかに。
繁殖力が強すぎる魔界の葛は、生やす場所を考えないと大変なことになるが、人の住んでいない異空間であれば、誰にも迷惑をかけなくて済む。
「しかも、ここは草原だから、
グウはそう言って地面に手をかざした。
(なんでいつも魔法を使うときだけ、ちょっと得意げなのかしら……)
ギルティは心の中で思った。
「襲来せよ。力なき侵略者」
ぶわっと辺りにデクロリウムの蔓が生い茂り、城まで
「わあっ! こんな使い方もできるんですね!」
ギルティは素直に感心した。
「よーし。これを登っていくぞ!」
「了解です!」
「あ、そうだ。ギルティ」
「わぷっ」
グウが急に立ち止まったので、ギルティは彼の背中にぶつかった。
「ちょっとお願いが……」
と、彼はなぜかネクタイをゆるめて、シャツのボタンを開けた。
「これを預かってもらえないか?」
何かと思ったら、エメラルド色の美しい宝石がついたペンダントだった。
「綺麗な宝石ですね。これは?」
「うーんと……詳しく説明すると長くなるんだけど、訳あって肌身離さず身に着けてる。でも、ここから先、何が起きるかわからないから、保険というか……念のため、お前に持ってて欲しいんだ」
「んん? 保険?」
「もし、俺がヤバい重症を負ったら、この石をかざして『再生せよ』って唱えて欲しい」
「再生せよ……ですか? 何か、回復系の魔法具なので?」
「そんな感じ。これを使うような事態にならなきゃいいんだけどね。あ、貴重な品だから、使うタイミングまでは誰にも見せないように頼む」
「わ、わかりましたっ」
ギルティは慌ててペンダントを首にかけ、制服の中にしまった。
何やら重要な役目を負ってしまったようだ。
そうして、二人は上空の城を目指して、
大地に放った葛はそのまま繁殖を続け、濃い緑の蔓が草原をじわじわと侵食していくのが上からよく見えた。
「隊長、あの……だんだん草原の色が変わっていってるんですけど……」
ギルティの声に、グウは下を見て、一瞬ハッとしたような顔をしたが、すぐに前に向きなおった。
「あ、うん。大丈夫。ゆっくりした変化なら、きっと気づかないよ。アハ体験と同じで」
(本当かなあ……)
ギルティはやや心配だったが、見つからないことを祈りつつ、先を急ぐことにした。
* * *
ギイイッと、重厚な観音開きの扉が開く。
馬車を下りた魔王は、ペタ、ペタ、とスリッパで気の抜けた足音を響かせながら、豪華な玄関ホールを歩いた。
このホールも、前の魔王城であるドクロア城とよく似ている。
魔界らしい、どこかグロテスクな装飾に覆われた大階段。天井は三階まで吹き抜けで、踊り場には絵が飾ってあった。
「ようこそ、魔王様」
階段の上から女の声がした。
二階からゆっくりと下りて来たのは、眼鏡をかけた黒髪の美女、デボラとかいうシレオンの秘書だった。
「貴様は動画で喋ってた女だな」
魔王の眉間にビキッと
「よくもセイラを……セイラはどこだ!!」
「まあまあ、そう慌てずに。我々の要求を聞いてくだされば、ちゃんとお返ししますよ」
デボラはにっこりと笑った。
「なら、さっさと要求を言え!」
「その前に、ちょっと会っていただきたい方がいるんです。どうぞこちらへ」
「はあっ? なっ、誰に!?」
女は答えずに歩き出した。
ビキビキビキッ。
魔王の顔に一気に血管が浮き出る。
(この人を馬鹿にした態度! なんだか覚えがあるような……)
しかし、この女とは初対面のはずだった。
魔王は煮えたぎる殺意をどうにか我慢しながら、女のあとについて行った。
さらにそのあとを、パタパタッと小さな影が移動する。
少し離れて、三つ目の小鳥がこっそりと後を追いかけていた。
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