第133話 救出作戦

 風車小屋の裏にまわってみると、アーキハバルのマンションにつながる絵が取り外されてなくなっていた。


「ダメだ。人間界側にも出られない……」

「ど、どうしましょう!?」


 招かれざる客であるグウとギルティだが、帰るに帰れない状況だった。


「お前らはこの小屋に隠れとけ。俺が一人であの城に行ってくる」

 魔王は、湖の上に浮かぶ城のほうに顔を向けた。


 王都のドクロア城に似た、壮麗な白亜はくあの城。魔界再生委員会が指定した場所。

 おそらく、セイラもそこに連れて行かれたと思われる。


「行ってくるって……行ってどうするか、考えはあるんですか!?」


「決まってるだろ。魔界再生委員会とかいう奴らを全員ぶっ殺して、セイラを取り返す」


「魔王様、わかってますか!? 魔王様は今、人質を取られてるんですよ?」


「人質……わかってるわ! 人質だろ!? それくらい知ってるわ!」


(いや、わかってねーぞ、これ……)

 魔王の自信なさげな表情を見て、グウは察した。

(たぶん、概念しか知らない感じだ。まあ、無理もない。人質を取るって、魔界じゃマイナーな戦法だしな)


 こいつの命がどうなってもいいのか! ――なんて言われても、平気で仲間を見捨てるのが魔族。人質自身になにか実用的な価値でもない限り、交渉に持ち込める可能性は極めて低い。やるとしても、ダメ元でやる場合がほとんどだ。


「魔王様、セイラちゃんを人質に取られた以上、魔王様は簡単に敵を殺すことはできません。なぜなら、敵は『攻撃したらセイラちゃんを殺すぞ』って脅してくるからです」


 グウが基本的なことを説明すると、魔王の顔にみるみる困惑の色が浮かんだ。


「……え、じゃあ、要求をのむしかないってこと?」


「いや、要求を受け入れても、セイラちゃんが無事に解放される保証はありません」


「は!? じゃあどうしろと言うんだ!」


 もっともな意見だった。


「どうにか相手のすきをつくしかありません。たとえば、別動隊がひそかに城に侵入し、セイラちゃんを救出するとか」


「別動隊……もしや、私と隊長ですかっ?」

 ギルティがハッとした顔で言う。


「俺とお前しかいないだろ。つまり、魔王様が敵と交渉している間に、俺たちがあの城に忍び込んでセイラちゃんを救出するってことだ」


「できるのか?」と魔王。


「やるしかありません。本来であれば、魔王様をお一人で敵のもとへ送り込むなんて、もってのほかだけど……セイラちゃんの命を守るためには、やむを得ない。魔王様は要求に従うそぶりを見せながら、なるべく時間を稼いでください」


「よ、要求に従うそぶり……」

 魔王が不安そうな顔をした。

 コミュ障の魔王に、交渉しながら演技せよというのは、ちょっとハードルが高すぎるかもしれない。


「魔界再生委員会は何を要求するつもりなんでしょう? まさか、魔王様のお命を……なんてこと……」

 ギルティが心配そうに言った。


「……その可能性もないとは言えないな。人質を取るくらいだから、ヤバい要求なのは確かだ」


 グウの言葉に、魔王は少し考え込んだ。


「グウ。お前は、魔界再生委員会にカーラードが関わっていると疑ってたな。今回の件、奴が首謀者だと思うか?」


「そう思ってますが……正直、今回の彼らの行動は予想外です」


 今までカーラード議長は、あくまで魔王の信頼を得つつ、邪魔な者――主にグウだが――を排除しようと暗躍していた。だが、ここに来て突然、ガッツリ魔王を敵に回してきた。失敗したら確実に殺されるリスクを冒してまで。

 いったい何を企んでいるのか。

 ガチで魔王の座を狙ってるのか?


「もしかしたら、俺が想像もしてなかったような、大がかりな計画が動いているのかもしれません」


「んん? 隊長、何か来ます!」

 ギルティが城のほうを指さした。


 見ると、大きな白い鳥のようなものが、羽ばたきながらこちらに向かって来るではないか。

 いや、よく見ると、鳥ではなく馬だ。翼の生えた馬が馬車を引いている。それも骨格だけの馬。ペガサスの骸骨がいこつに引かれて、一台の馬車が空を駆けてくる。


 グウとギルティは慌てて風車小屋の後ろに隠れた。


 馬車は草原に降り立つと、魔王の前で停まった。


「大丈夫だ。誰も乗ってない」


 魔王の声に、二人は風車小屋の後ろから顔を出した。

 黒塗りの豪華な四輪馬車の中は空っぽで、御者ぎょしゃもいなかった。


「俺を迎えに来たのだろう。丁寧なことだ」


「ここからは別行動ですね」と、グウが言った。


「ああ」と魔王はうなずくと、静かに右手を前にかざした。「魔界大百科」


 手の平からあふれ出した黒い文字が、カサカサと草原をって魔法陣のような文様を描く。


「鳥の章。三つ目のモグ、ミニサイズ!」


 魔王がそう唱えると、文字に覆われた地面が揺らぎ、三つ目の小さなわしが三羽、飛び出してきた。


「一号は俺の近くにいろ。二号と三号はグウたちについて行って、セイラを助け出したらすぐに知らせるように」


「ピゲエエエッ」「ピゲッ」

 鳥たちは、あまり可愛くない声で返事をした。


 たしか、この鳥は三番目の目で視覚を共有していると、セイラのストーカー事件のときに魔王が言っていた。つまり、二号か三号がセイラの救出を確認したら、すぐに一号が魔王に伝えてくれるわけだ。


「じゃあ、俺は行く」

 肩に一号を乗せた魔王は言った。


「魔王様、お気をつけて!」

「魔王様、とにかく時間を稼いですきをつく、いいですね?」


 グウとギルティの言葉に、魔王は「わかった」とうなずく。


「必ずセイラちゃんを助けましょう」


「もちろんだ!」

 魔王はバサッと黒いガウンをひるがえし、颯爽さっそうと馬車に乗り込んだ。

 ガウンの下はしま模様のパジャマ姿なので、まったくカッコ良くはないのだが。


 馬車の扉が閉まると、ペガサスの骨は翼を広げ、草原を蹴って飛び立った。空に浮かぶ城に向かって、馬車は徐々に小さくなっていく。


「さて、私たちはどうやって城に侵入しましょう? このまま草原を歩いていくと丸見えですよね」


 ギルティの言う通り、短い草に覆われた草原には、身を隠す場所がない。

 城に見張りがいたら、すぐに見つかってしまいそうだ。


「透明になれる魔法とかあったりする?」

 早々に部下を頼るグウ。


「あるにはあるらしいのですが、残念ながら私は使えなくて……」

 ギルティは申し訳なさそうに言ったあと、ハッとひらめいた。

「あ、でも! 完全に透明になるのは無理ですが、風景に溶け込める魔法ならあります!」


「おおっ」


「隊長、ちょっとそのマントをお借りしてもいいですか?」

 自分はマントを着ていないギルティは、グウにそう頼んだ。


「え? これを?」

 グウは不思議そうな顔で制服のマントを脱ぐ。


 そのまま持っておくように、と彼女は言うと、ベルトに差したつえを抜いて、体の前でかまえた。そうすると、小型のステッキが光を放ち、柄の長い魔法杖ロッドに変身した。

 彼女はその杖を地面に向けた。


「目に焼き付けよ! 視界保存プリントスクリーン!!」


 そう唱えると、杖の先端についた不気味な人面鳥の目が、フラッシュのようにピカッと光った。


 それから彼女は、グウが手に持ったマントに杖を向け、

「出力せよ!」

 と言った。


 一瞬にして、黒かったマントに草原の風景が模様のようにプリントされた。


「え、何その魔法。おもしろっ」


「シレオン伯爵にお借りした本で勉強したんです。これを頭からかぶって進めば、目立たないはず!」

 ギルティは得意げに言った。


「はええ……」

(あの大量の本、ちゃんと読んで勉強したんだ。めっちゃ偉い……)


 そういえば、伯爵も似たような魔法を使ってたな、とグウは思い出した。

 たしか地面そっくりの薄い布で、落とし穴を作ったりしてたっけ。彼は空間魔法と組み合わせて使っていたようだが。


(こいつ本当に勉強熱心だし、覚えた知識をすぐ活用できるし、魔法に関してはマジで優秀だなあ)

 グウは改めて感心した。


 そうして、二人はグウのマントを一緒に頭からかぶると、草原を歩きだした。

 三つ目の小鳥たちが、それを上空から見守る。


 上半身しか覆えていないし、歩き出してから「あれ? これ思ったよりバレバレなんじゃ……」と心配になったが、見つからないことを祈りつつ、頑張って城を目指す。

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