Case10 これが俺の仕事です

第132話 人質

 11月28日。


「三時にさっきの広場で待ち合わせです! 絶対に来てくださいね! 約束ですよ!」


 セイラは魔王に手を振って、バイト先のレストランへと急いだ。

 そして、店に着いてすぐ、オーナーであるラウル・ミラー氏の姿を見つける。


「ラウルさん! ちょうどよかった! 今度、サプライズでデメさんの誕生日会をやりたいんですけど、グウさんの連絡先って知ってます? そうだ! よければラウルさんも一緒にお祝いしませんか?」


 秘書と打ち合わせをしていた彼は、ポカンとして首をかしげた。

「デメ? グウ? 誰だい? それは」


「え?」


 直後、「社長」と黒髪でロングヘアーの秘書が彼を呼び、会話が終わってしまった。


(どうしたんだろう、ラウルさん。デメさんたちのことを忘れちゃうなんて。大親友だって言ってたし、前の事務所を辞めるときも三人で協力して助けてくれたのに……)


 こんな短期間で忘れるなんてこと、あり得るだろうか?

 セイラはバイト中も、そのことが不可解で仕方がなかった。


 だが、バイトが終わってからスマホを見ると、ミラー氏からメッセージが届いていた。


『さっきはごめんm(__)m 仕事が立て込んでて、ちょっと頭が混乱してたんだ(>_<) デメたちのこと、もちろん覚えてるよ。誕生日会の件、グウに連絡しておくね(^^)/ 会場はどこかな?』


 セイラはほっとして、こう返信した。


『ありがとうございます!! 会場はまだ決めてないんですけど、私の部屋じゃ狭いんで、カラオケとかでやろうかと!』


『それじゃあ、僕がオーナーをしている会員制のカラオケを使うかい? VIP用の店だから、ファンと鉢合わせする心配もないよ(゚▽^*)ノ⌒☆』


『本当ですか!! ぜひお願いします! やったー! あ、サプライズの準備がしたいんで、ちょっと早めに行ってもいいですか?』


『いいよー(^^)/ じゃあ一時に秘書が車で迎えにいくから』



 そして、誕生日会当日の12月3日。

 約束通り、一時に秘書が迎えに来た。


 玄関の扉を開けると、そこには見覚えのあるスーツ姿の女性がいた。何度か店でみかけたことのある、眼鏡をかけた黒髪の美人。


「さあ行きましょう。楽しいパーティにしましょうね」

「はいっ!」


 優しく微笑む秘書に、セイラは元気いっぱいに答えた。



 * * *



 12月4日。


 映像の中の草原では、眠らされ、イスに拘束されたセイラが、赤い布をかぶったアンデッドたちに囲まれている。

 魔界再生委員会から魔王に届いた、予期せぬ脅迫。


『さあ、魔界再生の始まりだ』

 仮面をつけた女は嬉々として言った。


『すみません。ちょっと声がこもってて、聞こえにくいんですが』

 突然、テンションの低い男の声がした。

 声が近かったので、おそらく動画を撮っているカメラマンだと思われる。


『あ、ほんと? じゃあもう、この仮面はずしちゃおっかなあ』

 女は急にくだけた口調で言って、仮面をはずした。


 一瞬、誰かわからなかったが、彼女がポケットから眼鏡を取り出してかけると、見覚えのある顔になった。やはり、シレオン伯爵を殺した秘書、デボラだった。

 コホン、と彼女は咳払いを一つすると、不敵な笑みを浮かべてこう続けた。


『さて、肝心の要求ですが、ぜひ魔王様に直接お伝えしたいと思っております。恐れ入りますが、あの湖の上の城までお越しいただけますでしょうか』


 彼女はそう言って、画面の奥に映っている、宙に浮かぶ白い城を指さした。


 ガタッ、と魔王がゲーミングチェアから立ち上がった。そのまま、草原の絵が飾ってある壁に向かって突き進む。


「魔王様!? ちょ、お待ちください!」

 グウは魔王の黒い毛皮のガウンを引っぱって止めた。


「放せ!! こいつらをぶち殺しに行く! 今すぐこの映像を終わらせてやるわ!」

 魔王は荒々しく叫んだ。

 その顔には青い血管が何本も浮かび上がり、ビクビクと脈打っていた。今までで一番ヤバい顔だった。


「落ち着いて! これ録画でしょ!? 今行ったって、こいつらはもう撤収してますよ!」


「うるさい!! 落ち着いてられるか!!」


 魔王はグウの手を乱暴に振りほどいて、彼を突き飛ばした。

 グウはガラス扉を突き破って、バルコニーまでふっとんだ。


「隊長っ!」

 ギルティが慌てて駆け寄ってくる。


「俺のせいでセイラが……! 俺なんかと関わったせいで、セイラがこんな目に……」

 魔王は両手でボサボサの頭をかきむしった。


「魔王様、ここは冷静に。セイラちゃんのためにも、慎重に行動しましょう」

 グウは体を起こしつつ、諭すように言った。


 ギルティはオロオロしながら、いったん動画の停止ボタンを押す。


「くそっ! なんでこんなことになった! 護衛は何をしていた!!」

 ダンッと、魔王は足で床にヒビを入れた。


「ギルティ、すぐに諜報課に電話を。セイラちゃんが本当にさらわれたのか確認してくれ」


「はい!」

 ギルティは壁に備え付けられた内線電話の受話器を取り、諜報課に電話した。


 呼び出し音が鳴っているが、誰からも応答がない。


「誰も出ない……どうして? そろそろ始業時刻なのに。この時間には、いつもジムノ課長がいるはずなんですが……」


「まさか……諜報課の奴ら、裏切ったか?」

 魔王が険しい顔で虚空をにらむ。


「もしくは、敵の手にかかったか」

 グウはそう言って、額を手で押さえた。


 なぜ予想できなかったのだろう、と自分に腹が立った。


 いや、まったく予想してなかったわけじゃない。

 だから、対策として護衛もつけた。

 でも――、

 心のどこかで、実際には起こらないと思っていたのだ。


 魔族が、魔族に対して――それも魔王を相手に“人質”を取るなんて。

 魔王の“情け” を当てにするような作戦を、敵が本当に実行するなんて。


「……あの」

 と、ギルティが言いにくそうな顔で手を上げた。

「さっき動画の途中で聞こえた男性の声、ジムノ課長の声に似てる気がするんですが……断定はできませんけど」


 魔王の眉間にビキィッと深いしわができる。

「ジムノめ、よくも……!」


「まずは動画を最後まで見てみましょう。とにかく状況を把握しないと」


 そして、先ほどの続きから動画を再生する。


『ただし、いつ来ていただいても良いというわけではございません。時間制限があります。この異空間への出入り口であり、魔王様のお部屋とつながっている、この絵ですが――』


 デボラの説明に合わせて、カメラの向きが変わり、風車小屋が映った。

 そこには、数日前と同じように、魔王の部屋を正確に描写した絵が掛けられていた。

 ただし、前と違って、その額縁がうっすら紫色に光っている。


『この絵に、私が呪文を唱えれば自動的に発火するよう、魔法をかけました。発火までのリミットは、この動画を再生してから10分です』


「なっ」「なにぃ!?」

 グウたちは思わず叫んだ。


『魔王様がこの動画を再生しますと、私のタブレットに通知が届きますので、リミットが来れば、魔法を発動させていただきます。つまり、10分以内にこちらに来なければ、絵は通り抜けられなくなり、二度とセイラさんには会えないということです。誰かに相談したりしている時間はありません。すぐにお越しください』


「くそっ、こっちに考える猶予を与えない気か!」

「今、何分経った!?」

「わかりません! そろそろ10分くらい!?」

「急がないと!!」


 魔王はダッと壁に向かって走ると、ジャンプして絵に飛び込んだ。


「あっ、魔王様! ちょっとお待ちを!」

 グウも続いて飛び込む。


「待って! 私も行きます!」

 ギルティも慌てて、ゲーミングチェアを踏み台に、絵に入ろうとした。

 そのとき、再生したままの動画から、こんな言葉が聞こえてきた。


『あと、もう一つ。必ず一人でお越しくださいますように。もし、誰かを連れて来た場合は、セイラさんをお返しすることはできません。よろしいですか? では、のちほど城でお会いしましょう』


 そこで動画の再生が終わった。


「やばっ」

 ギルティは慌てて絵の中に飛び込んだ。

 そして、すでに異空間の草原に立っている、二人の背中に呼びかける。


「あのっ、動画の続きで、魔王様一人で来いって言ってたんですけど! じゃないと、セイラさんを返さないって」


「マジで!?」

「まずい! お前ら、すぐ戻れ!」

「でも、魔王様をお一人で行かせるわけには!」

「いいから、はやく!」


 魔王がグウの背中を押した、そのとき――


 ボッ!!

 と、絵が燃え上がった。


「あ……」


 紙の絵は一瞬で燃え尽きて灰になり、三人は思わず固まった。


「……戻れなくなっちゃいましたね」

 ややあって、ギルティがつぶやいた。

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