第131話 魔界再生

 チャラララーン♪

 明るいクラシック音楽が流れる中、画面に映し出されたのは、青空と緑の草原、そして『魔界再生委員会からのお知らせ』という安っぽいテロップだった。


「魔界再生委員会だと!?」

 グウは思わず叫んだ。


「この場所、あそこじゃないですか! ほら、あの絵の中の……!」

 ギルティが、魔王の部屋の壁に掛けられた絵画を指さした。


 確かによく見ると、画面の奥に湖と、空に浮かぶ白い城のようなものが見える。

 アーキハバルへの移動に使う異空間とみて間違いなさそうだ。


 やがて、画面の右端のほうから、赤い布を頭からかぶった魔族たちが十人ほど、ゾロゾロと現れた。

 細長い手足が六本あり、前かがみの四足歩行でゆらりゆらりと歩く、その不気味な赤い集団に、グウは見覚えがあった。


「あれは、シビト子爵家か?」


 少し前に、城内で大迷惑な葬儀を行ったアンデット貴族。

 彼らも魔界再生委員会のメンバーなのか?


 アンデットたちはサイレント映画のように無言で動き続け、画面の右端から何かを運んできた。

 黒いビニール袋をかぶせられた、キャスター付きの事務イスだった。

 ただし、ビニール袋はガサゴソとしきりに動いている。


 イスが画面の中央まで来ると、ビニール袋がはずされた。


 そこには、三十代くらいのスウェットを着た人間の男が、目隠しをされ、ガムテープでイスに拘束されていた。


『何なんですか、これ! 放してくださいよ!』


 男はおびえた様子でそう叫んでいた。

 すると、一人のアンデットが彼に近づき、赤いフードを脱いだ。

 体と不釣り合いな、干からびたミイラのような小さな顔が現れる。


『助けてください、誰か! 俺はただバイトに応募――』


 ドシャアアアアッ、とアンデットが口からドス黒い液体を噴射した。


 男の皮膚がジュージューと煙を上げて溶け始め、壮絶な悲鳴がスピーカーから響いた。

 やがて、彼はイスと一緒に完全に溶け落ちて、ただの黒いぬかるみになった。


 画面の前のグウたちは戦慄した。


 続けて、次のイスがガラガラと運ばれてきた。

 またしても、ビニール袋に包まれた人間が乗せられている。


 袋を取ると、今度は若いギャルっぽい雰囲気の女だった。


 彼女もまた必死に助けを求めていたが、アンデッドは無慈悲に黒い汁を噴射した。

 聞くに堪えないような断末魔の叫びを上げながら、女はドロドロと溶けていった。


 三人目の作業員風の中年男性も、同じ目にあった。

 二分も経たぬ間に、三人の人間が死んだ。


「何なのこれ……」

 ギルティがつぶやいた。


 動画は意味不明で、悪趣味だった。

 素人くさい撮影と、妙に明るい音楽が余計に不気味さを演出している。


 続いて、四人目。


 ガラガラとイスが運ばれてきて、バサッとビニール袋が外される。

 今度は十代の少女だった。

 ニットのセーターを着て、サスペンダー付きのひざ丈のスカートを履いた、透明感のある美少女。

 彼女もまたガムテープでイスに拘束されていたが、目隠しはされておらず、目を閉じて眠っているように見えた。


「セイラ!!!!」

 魔王が身を乗り出して叫んだ。


「おい、まさか」と、グウが口を押さえる。


「ウソでしょ……やめて……」

 ギルティが震える声で言った。


 アンデッドが彼女の横で大きく口を開けた。


 そのとき。



『ストップ』



 と、女の声が割り込んだ。


 画面の左端から、仮面をつけたスーツ姿の女が歩いてくる。

 ギョロッとした目と、耳まで裂けた口。

 何度か見たことのある、あの不気味な木彫りの仮面だ。


『御覧のとおり、この少女はこれから死ぬ運命にあります。ですが、もし魔王様が我々の要求に従ってくださるなら、その運命を変えることができるでしょう』


「要求?」

 グウが眉間にしわをよせる。


『我々の目的は、栄光ある強い魔界を取り戻すこと』


 灰色のスーツを着た黒髪の女は、ゆったりと自信に満ちた声でそう告げた。


『さあ、魔界再生の始まりだ』


 女は不適に笑った。

 顔は見えないが、たしかに笑った気がした。





《Case9 END》




********************

ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。

次章で最終章となりますが、その前に二、三週間の準備期間をいただきたいと思います。

五月中には連載再開しますので、ぜひ最後までお楽しみください。(2024.5.2)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る