第129話 怖い人間
シルヴィア・エルドールの話では、コーデリアは先月13日にダリア市にある実験施設を出て以来、行方がわからなくなっているという。
どうやら彼女は、ダリア市で捕獲した魔族を使って、何やら怪しい実験を行っていたらしい。
13日といえば、ちょうど討伐作戦の翌日。
グウが彼女と会ったのは、その二日前の11日だ。
「コーデリアからお聞きになったと思いますが、魔導協会は現在、各国の軍需産業と協力し、対魔族用の化学兵器の開発を進めています。近い将来、魔界全土を破壊できるレベルの新型爆弾が完成するでしょう。それを魔界に落とせば、ほとんどの生物は一瞬で死滅し、跡形も残りません」
シルヴィアは淡々と語った。
恐ろしい話だが、魔法少女風のコスプレでそんな軍事的な話をされると、ギャップで頭がバグりそうになる。
「ですが、魔王デメを含む『古の魔族』と呼ばれる個体は、恐るべき生命力を持っており、新型爆弾の威力をもってしても、仕留められるという確証がありません。もし彼らが生き残れば、魔族の報復によって人間界は壊滅的な被害を受けることになる。なので、容易に攻撃に踏み切れないというジレンマがあります」
「そういう話でしたね。だからコーデリアは、その確証を得るために、俺にスパイになれと言った。けど、ぶっちゃけ魔王様がどうやったら死ぬかなんて、俺にもわかりませんよ?」
グウは肩をすくめた。
「ええ。ですから、我々はその兵器を使わないのです」
「んん?」
ちょっと意味がわからなかった。
「新型爆弾はあくまで自衛のための抑止力。実際に使用する可能性は、限りなくゼロに近いと思っていただいて結構です」
「自衛のための抑止力……つまり、爆弾を作るのは『もし人間界を侵略しようとしたら、魔界にヤバい爆弾を落とすぞ』っていう脅しを成立させるためであって、実際に落とす気はないってこと?」
「そういうことです」
シルヴィアは
「ですが、コーデリアは違いました。抑止力ではなく、あくまで攻撃力として新型爆弾を使おうとしていた。あの子が求めたのは、人間の完全勝利。魔族のいない世界でした」
シルヴィアいわく、コーデリアは一族の中でもずば抜けた魔法の才能を持ち、頭の出来も良かったが、すこし独善的なところがあったらしい。
「どれだけ優秀であろうと、まだ若く経験が乏しいのは事実。現代を生きる多くの魔法使いと同じく、コーデリアもまた魔族との実戦経験は少ない。それゆえに魔族を
「え? ちょっと待ってください、魔族に殺されたってことですか?」
「確証はありませんが」と前置きしたうえで、シルヴィアはコーデリア失踪時の状況を述べた。
足取りが途絶えてから、協会の人間がダリア市を捜索したところ、オレンジハーバー地区の海岸で、彼女の靴と大量の血痕、毛髪の一部を発見したらしい。
状況からして生存の可能性は低い、とシルヴィアは判断した。
「コーデリアはあなた以外にも、魔族とコネクションのある人物と接触していたようです」
「魔族とコネクションのある人物?」
「デジャヴグループのラウル・ミラー社長です」
(シレオン伯爵じゃん!!)
「パソコンのメールに、ミラー氏の秘書とのやり取りが残っていました。内容はただのアポイントメントでしたが」
グウは頭の中で情報を整理した。
シレオン伯爵がコーデリアとつながっていた?
伯爵が彼女を殺してボイスレコーダーを奪ったのだろうか?
だが、コーデリアが失踪した翌日(14日)には、自分の目の前で伯爵が秘書のデボラに殺されている。そもそもコーデリアを襲ったのもデボラなのか?
この場で考えても、結論は出そうになかった。
「ミラー氏は最近まで、古の魔族に寄生されていました。しかし、その魔族は殺害され、犯人の秘書は行方不明で……」
グウはなけなしの情報を提供した。
シルヴィアがわざわざ魔界まで自分に会いに来たのは、孫を殺した犯人を知りたいからだ、と思ったのだ。
「そうですか。いずれにせよ、コーデリアは魔族を利用するために彼らと接触し、そして、逆に利用されて殺された可能性が高いですね」
シルヴィアは顔色ひとつ変えずに、そう分析した。
「……ずいぶん冷静ですね」
グウは
「仮にそうだとしたら、あなたにとって魔族は憎むべき
「だって、あなたは私の孫を殺していないでしょう?」
シルヴィアは不思議そうに首をかしげた。
銀色のボブカットがふわっと揺れる。
(それはそうだけど……)
グウはこの人間がちょっと怖いと思った。じつに人間らしくない人間だ。
高齢といっても、せいぜい80歳とか90歳のはずなのに、古の魔族を前にしたときのような底知れなさを感じる。
「コーデリアは優秀すぎたがゆえに、両親や兄たちとうまくやれず、孤立しがちでしたが、私のことは尊敬してくれていました。それは私が常に有益なことしかしない、合理的な人間だから」
目の前にいる魔法少女のコスプレをした少女(老女)の言葉にグウは、
合理的とは?
とツッコみたくなるのを我慢した。
「あの子は自尊心の強い子でしたから、自分のしくじりで人間界に危機を招いたとあっては、心穏やかではないはず。今、私があの子のためにしてやるべきことは、無益な復讐などではなく、全力の尻拭いです」
シルヴィアは美しい灰色の目を細めて笑った。
なんでこんなに達観してるんだろう、とグウは思った。
(でも、いちおう心はあるみたいだ)
「あのような音声をお聞きになって、きっと魔族の皆さんは、人間界に対して敵対心MAXになってらっしゃるでしょうね。どうにか誤解を解きたい――といっても、爆弾を作っていることに変わりはないのだけど、いちおう弁解しておきたいと思いましたの。でも困ったことに、魔界にはインタビューしてくれるテレビ番組も新聞社もないでしょう? よろしければ、あなたから魔界の偉い方々にお伝えくださらないかしら? 今日はそのお願いに参りましたの」
「嫌ですよ。俺から話したところで信じてもらえるとは思えないし、また親人間派だなんだと言われて逮捕されたら嫌なんで」
グウは心底嫌そうに言った。
「そうですか。残念ですわ」
「ですから、ご自身でお伝えになってはいかがでしょうか。最高権力者である魔王様に」
「え?」
「人間界でお会いになるといい。大丈夫、殺されたりしませんよ。いくらあなたが魔導協会の会長でも、『人間界で人間は殺さない』ってのが、魔王様が自分で決めたルールなんで」
「ええと……」
シルヴィアは困惑したように、大きく
「魔王様はあなた方が思っている以上に話のわかるお方です。互いに話が通じる相手だとわかれば、将来の無益な争いをなくせるかもしれない。私がお取次ぎします」
シルヴィアは灰色の目を見開いて、少し考えてから、
「それは、たいへん有益なご提案ですわね。私、有益なことは大好きですの」
と、満足そうに
* * *
シルヴィア・エルドールと別れ、魔王城に戻った頃には、すでに三時を過ぎていた。
急いで私服(ジャージ)に着替え、魔王の部屋から超便利アイテムであるシレオン伯爵の絵を通って、アーキハバルへ移動する。
移動先のマンションに着いた時点で、時刻はすでに三時半。
とっくに待ち合わせ場所の広場からは移動しているだろうが、一軒目のケーキ屋に向かう通り道でもあるので、いったん寄ってみることにする。
足早に通りを歩いていると、少し先の歩道橋の上に、見覚えのあるシルエットを発見した。
歩道橋の上から、待ち合わせ場所のほうをじっと見つめる後ろ姿。
私服で街に溶け込んでいるが、あのお下げ髪は間違いなくギルティだ。
グウは歩道橋の階段を上ると、後ろから「おい、ギルティ」と声をかけた。
「ひゃっ、びっくりした! グウ隊長でしたか」
「遅くなってすまん。デートは順調か?」
「それが……」
ギルティは深刻そうな顔で、川を挟んで対岸にある小さな広場に目をやった。
「セイラさんが来ないんです」
広場を見ると、寒々しい空の下、川岸に続くゆるやかな階段に、紺色のコートを着た少年が一人ぽつんと腰かけていた。
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