第128話 魔法少女風

 正直、もう魔導協会とは関わりたくなかったが、このままシルヴィア・エルドールなる老女を放っておくと、次はどんな行動に出るかわからない。

 かくなる上は、直接会って「もう関わらないでくれ」とハッキリ拒絶するしかない。


 そう思って、しぶしぶ城門までやってきたのだが……


「ああ、そのシルヴィアって人なら、伝言を残してどっか行っちゃいましたよ」


 門番の言葉に、グウは思わず「はあっ?」と声を上げる。「何だよ、もう。伝言って?」


「2時にモグラ高原で待ってる、とのことです」


「…………」


 モグラ高原とは、魔王城と別れの森の間に広がる高原地帯で、車で30分以上かかる。

 どうする?

 わざわざ出向いてやる義理はないが……


「あ。追加で『来なかったら、またこちらにお伺いします』って言ってました」


「くっ……」


 マジで何なんだ、この思考を先回りしているかのような動きは。

 会う前から嫌な予感しかしない。

 そもそも、人の職場にいきなり押しかけて来て、熟女パブ『エターナル魔法少女』などという屋号を名乗る時点で、ロクでもない婆さんに違いない。


 グウはげんなりしながら駐車場に向かった。

 下手すると魔王のデートに間に合わない可能性があるので、念のためギルティには「時間までに戻らなければ先に行ってくれ」と伝えておいた。



 * * *



 モグラ高原。

 かつて、魔王城を目指す冒険者にとって最後の難所とされ、多くの死者を出した危険地帯。

 ここには、バルレモ大モグラという凶暴な魔物が生息しており、鋭い爪とムキムキの筋肉を武器に、通りかかった生き物を穴に引きずり込んで捕食する。


(なんでこんな場所で待ち合わせを? つか、モグラ高原のどこだよ。クソ広いんだけど!)


 左右に注意を払いながら社用車のジープを走らせていると、ふと道の脇にバルレモ大モグラの死骸が転がっているのが目に入った。

 車を近づけて見てみると、人間より大きな魔物の体が真っ二つに切断されている。


 大モグラの死骸は 一匹だけではなく、点々と一定方向に並んで続いていた。


(何これ……もしかして、道しるべ?)


 どうやら、そのようだった。

 グウはドン引きしながらも、モグラの死骸を辿たどって車を飛ばす。


(発想が怖いんだけど。シルヴィアさんって人間だよね?)


 やがて、だだっ広い草原の真ん中に、ひときわ目を引く白いパラソルと赤いスポーツカーが見えてきた。

 

 パラソルの下のテーブルセットでは、一人の女性が優雅に本を読んでいる。

 グウが車を停めて近づくと、その人間がにっこりと微笑んだ。


「グウ隊長ですね? 初めまして」


 その顔を見て、グウはハッと驚いた。

「コーデリア?」


 銀髪のボブカットと、灰色の瞳。気品のある顔立ち。


 ダリア市で会ったコーデリア・エルドールにそっくりだった。

 ただ、目の前にいる女性のほうが、だいぶ年齢が若い。

 まだ13、14歳の少女に見える。しかも、変な服――胸元に大きな青いリボンのついた何かのコスチュームみたいな服を着ている。クラゲみたいなフワフワしたスカートといい、ファンシーな色合いといい、変身ヒロインの変身後といった感じ。


「いいえ。私はシルヴィア・エルドール。コーデリアの祖母です」

 少女は大人びた口調で言った。


「……ずいぶん若いお祖母ばあさんですね。まさか本当に魔法少女にお目にかかれるとは思いませんでしたよ」


「今日はあなたにお会いするために、魔法で少々若作りをいたしましたの。熟女のほうがよろしかったかしら?」

 上品に笑う魔法少女風お祖母ちゃん。


「いえ、おかまいなく……あまり長話をするつもりはありませんので」

 グウはゴホン、とせき払いをした。

「率直に言わせてもらいますが、もう俺には関わらないでいただけますか? こちらの立場が危うくなりますんで」


「あなたのお立場は理解していますわ。我々もそれなりに情報網を持っておりますので。この度はご迷惑をおかけし、申し訳なく思っております」


「迷惑……ね。さて、どの件かな。ふざけた偽名で職場に電話してきたことですか? それとも、お孫さんがダリア市でいきなり突撃してきたこと?」


 シルヴィアは落ち着き払ってこう答えた。

「いいえ、グウ隊長。孫があなたとの会話をボイスレコーダーで録音したことですわ」


「何ですって!?」


 あれはコーデリアの仕業だったのか!

 たしかに、彼女なら録音可能だが……でも、なぜ?


「どういうことですか? 魔族の敵である魔導協会が、なぜ魔族と……それも人間嫌いのカーラード議長と……そこがグルになるなんて、ありえないはずだ」


「ええ。グルではありません。そもそも、あのボイスレコーダーは魔族側に渡ってはいけなかった。あのような内容を聞かれては、魔界と人間界との間で緊張が高まるのは必定。孫のやったことは人間界に危機を招きかねない、危険な行為です」


 たしかに、あのときの会話には、魔導協会が魔界全土をふっ飛ばせるくらいヤバい兵器を開発しているとか、わりと過激な内容も含まれていた。


「どうぞ、お掛けになってください」

 シルヴィアは笑顔で席を勧めた。


 グウはしぶしぶ、彼女の向かいに腰を下ろす。


 彼女は続けてこう言った。

「まず、先にお伝えしておきたいのは、コーデリアがあなたと会ったことも、スパイになるよう依頼したことも、すべてあの子の独断であり、魔導協会の総意ではないという点です」


「では、あなたは知らなかったのですか?」


「ええ。孫のパソコンに残っていたデータを見て、初めて知りました。じつはコーデリアは現在、行方不明なのです」


「えっ」


 驚くグウをよそに、シルヴィア・エルドールは淡々と話を続けた。

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