第127話 大迷惑

 12月3日。

 デート当日の朝。魔王の部屋にて。



「ど、どう!? 変じゃない!?」


 買ったばかりの新しい服に身を包んだ魔王が、グウとギルティの前でくるくると回ってみせた。ギルティが選んだコーディネートそのままの格好だった。


「おー、いいんじゃないですか。けっこう似合ってますよ。なあ、ギルティ」


「はい。若干サイズが大きかったようですが、可愛いと思います」


「なぬ!?」


「あ、いえ、褒め言葉です。イケてます!」


「本当だろうな!?」

 

 不安そうな顔をする魔王。

 いつもより少し背が低く見えるのは、角がないことと、ボサボサの髪を整えたことによるボリュームダウンが原因だろう。


「お前たち、今日はついて来なくてもいいぞ」

 魔王はモジモジしながら言った。


「はい。と、言いたいところですが……」

 グウは頭をかきながら答える。

「魔王様の護衛は我々の責務なんで、形だけでも警護しないと。一応アーキハバルまでは同行させてください」


「……まあ、いいけど。近くには来るなよ?」


「わかってますって。人のデートをのぞき見する趣味はないんで。芥子粒けしつぶくらいにギリ認識できる距離から、流し見程度に見守ってますよ」


「マジで形だけだな。まあ、それならほぼ見てないようなもんだし、いっか」

 魔王は少し考えたあと、続けてこう言った。

「じゃ、何かあったらバックアップを頼めるな。サイン決めとく?」


「嫌ですよ。ほぼ見ないって言ってるじゃないですか。ここまできたら自力で頑張ってくださいよ」

 グウはぴしゃりと断った。



 * * *



 午後1時。

 魔王のデートが始まる前に昼食を取っておこうと思い、グウは席を立った。


 ところが、タイミング悪く黒電話が鳴り響き、電話に出たギルティがグウを呼び止めた。

 それも、なぜか複雑そうな表情で。


「グウ隊長、熟女パブ『エターナル魔法少女』のシルヴィアさんという方からお電話です」


「へ!?」


 隊員たちが勢いよくグウのほうを見る。


「し、知らん!! 行ったことないし、そんなパブ!」


 まったく心当たりはないものの、とりあえず電話に出てみると、


「もしもし?」


「初めまして。グウ隊長」

 上品で落ち着いた女性の声。

「魔導協会の会長をしております、シルヴィア・エルドールと申します。先日お会いさせていただいた、コーデリア・エルドールの祖母でございます。じつは内密にお話ししたいことがございまして、少々お時間を頂けませんでしょうか?」


「人違いです」

 ガチャン、とグウは電話を切った。


「間違い電話ですか?」と、ギルティがたずねる。


「そうみたい! じゃ、ちょっと昼飯行ってくるから!」

 グウはぎこちなく告げると、そそくさと執務室を出た。


(何なんだよ、もう……)

 強張った顔で、足早に廊下を歩く。

(せっかく反逆罪の容疑が晴れたところなのに、また魔導協会と接触なんかしたら……頼むから、もう俺に関わらないでくれよ……つか、何だよ、エターナル魔法少女って。ヤベぇ店に通ってると思われるだろ!)


 せっかく今日は胃の調子がいいのに、と腹をさすりながら社員食堂に入ると、メニューの前で、ある人物の後ろ姿を発見した。


 その人間の女性は『幻獣ラモアの目玉丼』の食品サンプルをじっと見つめながら、何やら迷っている様子だった。


「ついに食うんですか? 目玉丼」


「ひゃ!?」

 驚いて振り返ったのは、大人しそうな雰囲気の、スーツ姿の若い女性。

 人間界から出稼ぎに来ている、会計課のユーナだ。

「グ、グウさんでしたか……びっくりした……」


「驚かせてすみません。あ、そうだ。この前は調べものを手伝ってくれてありがとうございました。俺、パソコンの使い方全然わからないもんで、助かりました」


 グウが礼を言ったのは、ダリア市から帰ったあと、シレオン伯爵の家に乗り込む前に、ラウル・ミラー氏について調べるのに、会計課のパソコンを使わせてもらった件だ。


「いえ。あれくらい、お安い御用です」

 ユーナは首を横に振った。

 心なしか、魔王城に来たばかりの頃より、表情が明るくなったような気がする。


「て、あれ? そういえば、契約期間って三ヶ月じゃなかったっけ? もう過ぎてますよね?」


「じつは……」

 ユーナはモジモジしながら答えた。

「思いのほか働きやすい職場だったので、契約を更新してもらったんです」


「マジですか!?」


「マジです……思ったより雰囲気が良くて、いや、良くはないんですけど……魔族の皆さんって、サッパリしてるというか、本能に忠実で、良くも悪くも正直な方が多いので、逆に安心できるといいますか……」


「あ、安心、ですか?」

 予想外すぎる言葉に、グウは驚いた顔をする。

 たしかに、魔族はすぐケンカするぶん、ドロドロすることは少ないが。

「うーん、あまり信用しすぎないほうがいいような……」


 ユーナは苦笑して、

「たしかに、信用はできませんね。本当に皆いい加減で……」

 と、しみじみ答えた。

「でも私、人間界で働いてた頃は、周りの人にどう思われてるかとか、そんなことばかり気にしてて、いつも誰かの顔色をうかがって、ビクビクして……人間関係で悩むことが多かったんですけど……魔界に来てからは、何だか、そういうのが小さな問題に思えてきたんです。魔族の方を見ていると、些細なことでいちいち落ち込んでた自分が馬鹿らしく思えちゃって」


 ユーナは自嘲気味に笑った。

 初めて会ったときの生気のない顔と比べると、見違えるように表情が豊かだ。


「ずいぶんたくましくなりましたね」

 グウが微笑むと、


「自分でもそう思います」

 と、彼女ははにかんだ笑みを浮かべた。


「あ! いたいた! グウ隊長ー!」


 突然、名前を呼ばれたと思ったら、赤い制服を着た警備隊の隊員が走ってきた。


「お客さんです。今、城門の前に、グウ隊長に会いたいっていう人が来てて」


「お客さん?」


「はい。人間の女で、熟女パブ『エターナル魔法少女』のシルヴィアって人なんですけど」


「え」と、小さく声を漏らすユーナ。


 グウは顔をひきつらせながら、心の中で叫んだ。


 やめてくれ!

 マジでやめてくれええええ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る