第126話 模擬デート-後編

 ケーキ屋を出たあたりから、ギルティの態度は妙によそよそしくなった。


「もう一軒おいしいケーキ屋さんの候補があるので、そちらに向かいます!」

 明るくそう告げるものの、なぜか視線を合わせようとせず、サクサク前を歩くギルティ。


(あれ? 俺、何かマズいことしたっけ……)

 不安になったグウは行動を振り返る。

(もしかして、可愛いって言ったのがダメだった? セクハラ? いや、服をめたくらいでセクハラにはならないよね?)


 二人はにぎやかな駅前の大通りを歩く。

 道の両側には、様々なカラフルな看板が並んでいる。


(いや、セクハラに該当しなくても、ジジイに言い寄られてるみたいで気持ち悪いと思われたかも……)


 大きな交差点に出る。

 信号待ちの間が、なんとも気まずかった。


「あ、今のうちにトークテーマ消化しときます?」と提案してみる。


「そうですね……」

 ギルティはメモ帳を確認し、こう言った。

「次のトークテーマは『街並み』です」


 盛り上がるのか、それ?

 と思ったが、またダメ出しすると余計に空気が悪くなりそうだし、どうにかこの話題で会話を弾ませるしかない。


「あ、えーと…………ビルが高いですね」

(ごめん。俺のトークスキルじゃ無理かも)


「ええ。道も広いです」


「……」


「……」


 信号が変わり、二人は歩き出した。

 交差点の向こうには川があり、道幅の広い橋を車がたくさん走っている。


(そもそも、上司とデートさせられるって、普通に考えて嫌だよな。しかも初デートなのに……)


 ごめんね、初デートの相手が俺なんかで……と、申し訳ない気持ちになった、そのとき。


「すみません。私、デート下手ですよね」

 ギルティが申し訳なさそうに言った。


「え?」

(デートって上手い下手あるの?)


「隊長が今までお付き合いしてきたような、大人のお姉さま方とは雲泥の差があるとは思いますが、どうか今日一日我慢していただければ……」


 何か確実に誤解してそうなギルティのセリフに、グウは困った顔で頭をかく。


「あのぉ、ギルティさん。俺もべつにデート上級者じゃないし、恋愛経験豊富ってわけでもないんで……」


「本当に?」

 いぶかしげな目するギルティ。


「本当だし。むしろ歳のわりには経験少ないほうじゃないかと。君は、俺が大人のお姉さんにチヤホヤされているところを、一度でも見たことがあるのかい?」


「はっ!」と、ギルティは口を押えた。「たしかに無いです! 隊長がモテてるところを一度も見たことがありません!」


「お、おう……」

(そうハッキリ言われると辛いものがあるが……)


「よく考えたら、お忙しい隊長に女遊びなんかする時間も体力もないはずですよね! 私ったら馬鹿な勘違いをっ。そうよ、隊長の周りにいる女性なんて、ベリ将軍くらいなのに!」


「う、うん……ベリ様もカウントしなくていいけどね。あの人、恋愛感情ないし」


「そういえば、本人もそんなこと言ってましたが、本当にないんですか?」


「うん。ない」

 グウはハッキリ言い切った。

「あの人は誰よりも魔族だから」


 ギルティはちょっと考え込むように顔を伏せた。

「隊長はどう思って……」


「ん?」


「いえ、その……私としては、隊長が親衛隊に戻ってきてくれて嬉しいですが、隊長は……本当はベリ将軍のところに居たかったですか?」


 橋のちょうど真ん中で、ギルティは立ち止まった。


「いや」

 と、グウは首を横に振った。

「俺はもう、ベリ様のもとへ戻るつもりはないよ。なんていうか、方向性の違いを感じてさ」


「そんなバンドの解散理由みたいな……」


「実際、見てる方向が違ったんだ。ベリ様の中には、戦いしかない。俺はあの人に生きてて欲しかったけど、あの人の望みは、死ぬまで殺し合うことだった。あの生き方はきっと、永久に変わらないだろうな。誰かが彼女を殺すまで……」


 グウはそう言って、濁った川のほうに目を向けた。

 ギルティはあごに手を当てて、ちょっと首をかしげた。


「でも、十年くらい前にアイドル活動してましたよね。わりとノリノリで」


 グウはパチパチとまばたきをした。

「たしかに」と、うなずく。「踊り子を辞めて戦いを選んだくせに。なんでまた芸能の仕事を始めたんだろう」


「もしかしたら彼女なりに、戦い以外の楽しみを探してるのかもしれませんね」


 その推察は、目からうろこだった。


「それは考えたことなかったけど……そうなのかな。そうだったらいいな」


 グウが再び歩き出すと、ギルティもまた隣に並んで歩き出した。



* * *



 二件目の店は、橋に隣接したオシャレなレンガ造りの建物だった。

 グウとギルティは、川に面したテラス席に向かい合って腰かけた。


「いい感じの店じゃん」


「えへへ、そうでしょう」

 ちょっと得意げなギルティ。


 彼女はまたケーキを二つ頼み、一軒目のチーズケーキで腹がいっぱいになったグウは、コーヒーだけを注文した。


「魔王城周辺より、アーキハバルのほうが、少し気温が低いですね」

 ギルティが言った。


「あ、寒い? このジャージでよかったら着る?」


「いえっ、大丈夫です! 私は平気だけど、セイラさん……人間だと風邪ひいちゃうかなと思って」


「たしかに。人間は繊細だから、そのへん気をつけてあげたほうがよさそうだな。あ、だからテラス席に人が少ないのか」

 グウは周りを見回して納得した。


「隊長、わりと薄着ですよね。もしかして、小学生時代は冬でも半袖短パンでした?」


「何なら全裸だったよね。小学校行ってねーけど。寒さも暑さも、わりと強いよ。こう見えて、けっこうタフなんで」


「ほんとタフですよね。怪我の回復も早いし、腕がちぎれても二、三日で治ってませんでした? 私なら全治三ヶ月くらいかかるだろうな。ザシュルルトさんやゼルゼさんでも、腕の再生には二週間くらいかかってたのに。やはり魔力の違いなんでしょうか」


「魔力もあるけど……まあ、体質かな。古の魔族はもっと早いよ。手足が吹っ飛んでも一、二分で生えてくるからね、あの人たち」


「いいなあ。そこまで不死身じゃなくてもいいから、私ももうちょっと回復力上げたいなあ……」


 ギルティはフルーツたっぷりのタルトを食べながら、うらやましそうに言った。


「でも、いくらタフだからって、あまり無理しないでくださいね、隊長。強くたって疲れは溜まるんですから。そういえば、もうずいぶん休暇取ってませんよね? 魔王様のデートが終わったら、一度お休みされてはいかがですか?」


「あ、大丈夫。捕まってる間ずっと仕事から離れてたし。ある意味ゆっくりできたから」

(そのせいで、すごい仕事溜まってるし)

「お前のほうこそ、俺のせいでしばらく休めてないだろ? 来週あたり休めば?」


「何言ってるんですか! ダメですよ、投獄期間を休暇に含めちゃ! 休みは休みとして、ちゃんとリフレッシュしないと!」


「フフフ。心配は不要だよ、ギルティさん。俺が何年このブラックな職場で生き抜いてきたと思ってるんだい? 超えてきた修羅場の数が違うのさ」

 グウは決め顔で言った。

「俺のことはいいから、お前こそ連休取って遊びに行けば? 若いんだから、自分のために時間使ったほうがいいよ。俺は今日で十分リフレッシュできたからさ」


 ギルティはコトン、とフォークを置いた。

「よくないと思います」


「へ?」


「隊長、私が面会に行ったときも言ってましたよね。『俺のことはいいから』って。自分のほうが大変な状況なのに」

 彼女はちょっと怒ったような顔で言った。


「ギルティ?」


「どうして隊長ばかりが、いつも損な役回りをしなきゃいけないんでしょうか。いくら隊長が強くて、何でも耐えられるからって、何でも我慢する必要ないと思います」


 グウは驚きのあまり、言葉が出なかった。

 そんなことを言われるなんて、思ってもみなかった。


「みんなが隊長を頼りたくなる気持ちもわかります。隊長は強くて優しくて、そばにいると安心するから。でも、私は……そんな隊長だからこそ、私はっ……」


 ギルティは、テーブルの上に置かれたグウの右手のジャージの袖を、両手でぎゅっと掴んだ。長い栗色の睫毛まつげが小刻みに揺れる。


「私は隊長を守りたいんですっ」


 ドクンと、心臓が脈打った。


(おい、泣かす気か?)


 グウは左手で頭を押さえて、ぐっと目を閉じた。

 まるで頭痛をこらえるような仕草。


 おかしい。

 魔族がこんな優しい言葉を自分にかけるはずがない。

 こいつは本当に魔族なのか?


 いったい、近頃の魔族はどうなってるんだ?

 魔王様といい、ギルティといい、最近魔族がいい奴で困ってしまう。


 どうして。

 魔族はもっとクソな生き物のはずだろ?


「グウ隊長?」

 ギルティが心配そうに見つめてくる。


 困るよ。

 そっちが思ってる以上に、ぐっとくるから、こういうの。

 ただ、いくら若く見えるからって、上司のオジサンの涙なんて見るにえないだろうから、ここは強がらせていただくけど。


「ありがとう」

 と、精一杯の笑顔をつくる。

 それからギルティの頭に手をのばし、彼女の栗色の髪をクシャッとでた。

「お前は本当にいい奴だな」


 撫でてから、ハッとして勢いよく手を放す。

「これもチャラい? セクハラ? アウトっ?」


「う、うふ、私が嫌じゃないので、セーフかと」

 にやけるのをこらえるみたいに、口元をひくひくさせるギルティ。


 なんだその顔は、と思ったがセーフらしいので、まあいいか。


「じゃあ、お言葉に甘えて、今溜まってる仕事が片付いたら休ませてもらうとするか」


「それがいいと思います」

 彼女は満足げにうなずいた。


 だんだんと日が暮れて、街に明かりが灯り始めた。

 テーブルには空になったケーキの皿が二つ。


「ちなみにデートプランでは、この後どういう予定なんだっけ?」


「暗くなったら解散の予定ですが、その日の空気によってはディナーもアリです」


「なるほど。じゃあ俺たちはどうするかな」


 ギルティはそわそわと視線を泳がせた。


「せっかくだから、魔王様の金で何か美味いもんでも食って帰るか」


 そう言うと、彼女は目を輝かせて「はいっ!」と答えた。



 その後、オムライスが好きなギルティの誘導により、オムライス専門店で腹を満たした二人は、再び異空間を通って魔界に戻った。


 好物を幸せそうに食べるギルティを見て、グウはなんだか満腹感とは別に満たされた思いがした。


 少し辛辣しんらつなところもあるけど、心根は魔族とは思えないほどに真っすぐな、この若い副隊長が、いつの間にかグウの中で、大きな心の支えになっていた。

 ひと言で言うと、希望。

 自分にとって、彼女はその象徴みたいな存在だった。


 だから願った。

 どうか、そのままでいて欲しいと。

 彼女がこの残酷な魔界を生き抜けるだけの力をつけるその日まで、彼女を守っていきたいと。

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