第125話 模擬デート-前編

 絵画を通り抜けると、そこは広大な草原だった。


 四天王会議のときに見た完全処分場の風景に似ているが、違うのは、ゴミが散乱していないところと、大きな湖があって、その上に壮麗な白亜はくあの城が浮かんでいるところだ。


 振り返ると、風車小屋の壁に、さっきまでいた魔王の部屋にそっくりな絵が掛けられていた。


「本当にすごい空間魔法ですね。シレオン伯爵……卓越した異空間技術を持った、稀有けうな方だったのに」

 隣でギルティが嘆息した。


「そういや、完全処分場はどうなるんだろうな。貴重な魔界の収入源が……」


「今は秘書さん達で管理してるみたいですよ」


「なんで知ってんの?」


 二人は話しながら風車小屋の後ろに回りこんだ。

 そこには、どこぞの家のリビングが描かれた絵が飾ってあった。


「ドクロアのベリ将軍の屋敷に初めて行ったとき、シレオン伯爵の家にも寄ったんです」

 ギルティが言った。

「ほら、四天王会議のとき、私いっぱい本を借りたじゃないですか。このままだと借りパクになっちゃうんで、返しに行ったんです。結局もらっていいって言われたんですけど」


「へえ。律儀だねえ」

 グウは感心した。

 魔族なら普通、借りパクする。


「そのとき会ったのは、金髪ボブの秘書さんだったんですけど、あのデボラって黒髪の秘書さん、少し前から連絡が取れなくて、行方不明みたいなんです」


「え? そうなの?」


「はい。金髪の秘書さんも、ちょっと不審に思い始めてるみたいでした」


 へえ、とつぶやきながら、グウは絵の中に足を突っ込んだ。


 シレオン伯爵の殺害については、憲兵隊が再捜査してくれるという話だったが、犯人がいないんじゃ、あまり捜査は進展しなさそうだ。

(というか、それらしき女が憲兵隊とグルっぽかったしな……)


 絵を通り抜けると、そこはマンションの一室だった。

 モデルルームのような生活感のない部屋。


 ギルティは窓から外を見て、「わっ、本当に人間界に出た!」と感嘆の声を上げた。


 私服のギルティはますます人間の少女にしか見えなかった。

 お嬢様っぽい服装や髪型が、彼女によく似合っている。


「そういえば、昨日ごめんな。途中で抜けちゃって」


 拘留中に仕事が溜まっていたグウは、途中でデート対策会議を抜けさせてもらったのである。


「いえ! 私と魔王様で完璧なプランを練っておきましたので! 今日は私がエスコートしますね!」

 ギルティはキリッとした顔で言った。


「おおっ、頼もしい」

 グウは感心した。


 だが、この彼女の快活な態度が、じつは緊張の裏返しであることを、彼は知らない。



* * *



 まず二人がやってきたのは、ヴァルタ国有鉄道アーキハバル駅のすぐ近くにあるショッピングセンターだった。

 服屋や雑貨屋のほか、カフェやレストランも入っているにぎやかなスポットだ。


「まずは、ここで雑貨屋や本屋を巡りながら軽くウインドーショッピングをする予定です。下見ついでに魔王様の服もここで買ってしまいましょう」


 ギルティはメモ帳を見ながらハキハキと説明した。

 そして、心の中では、自分にこう言い聞かせた。

(デートといっても、これは仕事! 変に意識せず円滑にこなすのよ、ギルティ!)


 二人は、三階のカジュアルな雰囲気の服屋で、魔王のデート装備を物色した。


「思ったより安いな。魔王様から三倍くらいの予算を預かってきたけど、だいぶ余りそう」

 グウが値札を見ながらつぶやいた。


「アーキハバルはファッションの中心地ではないので、あまり高級ブランドとかはないんですよね。どちらかというとリーズナブルな価格のお店が多いです」

 ギルティは雑誌で見たのと似たようなコートを手に取る。

(うん、これでいっか)


「ギルティ、一着くらい自分のぶん買ってもバレないぞ」


「えっ、いえ、私は大丈夫です! 隊長こそ、何かお買い上げになっては?」


(むしろ買って着替えてくださってもいいんですよ?)

 と、そんな期待を込めながら、冬の運動部みたいなグウのジャージ姿をチラチラ見る。


「うーん、あんまりジャージっぽいのが見当たらないし、いいや」

 グウはあっさり答えた。


(なんで、さらにジャージを買い足そうとしてるの!? もういいでしょ、ジャージは!)

 ギルティは心の中で叫んだ。



 * * *



「さあ、ショッピングで小腹が空いたところで、次はメインイベントのケーキを食べに行きます! えーと、場所は……あっちです!」

 ギルティはメモ帳を見ながら、ピシッと道路を指さした。


 やって来た店は、外観もどこか白いケーキっぽい、可愛らしい感じの店だった。

 中に入ると、店内は若い女性のグループやカップルでにぎわっていた。


「わああっ、美味しそう!」

 ギルティは運ばれてきた二種類のケーキを見て、目を輝かせた。


「二つとも食べるの?」と、ちょっと驚いた顔のグウ。


「調査のためです」

 ギルティはそう宣言して、生クリームたっぷりのふわふわのパンケーキを口に運んだ。

「んんんんーっ」


 はやり人間界のスイーツは絶品だ。

 職務中にこんな幸せを味わっていいのだろうか、という罪悪感すら湧いてくる。


「美味そうに食うなあ」

 グウは孫を見守る祖父のような穏やかな目をした。

 彼の前には、あっさりとしたチーズケーキが置かれている。


 ギルティは少し恥ずかしくなった。

(しまった。ケーキにテンションが上がって、隊長の前でバクバク食べてしまった。今はデート中……いや、任務中なんだから、気を引き締めなきゃ)


 彼女はガサゴソとポケットを探ると、バッと勢いよくメモ帳を取り出した。


「はい! 今、沈黙がありましたね! こんなときは、この『気まずい沈黙撲滅トークテーマ集』の出番です!」


「びっくりした……今そんなに気まずくなかったと思うけど……」


「トークテーマ、その一! 『好きな臓器』は何ですか?」


「臓器!? ちょっと待て、そんなのあったっけ!?」


「あ、そうか。これ決めたとき、隊長はすでに離席されてましたね。あのあと、魔王様と五十個ほど話題を考えておきました」


「五十個も!? ていうか、なんで臓器? もっと普通の質問でいいじゃん! 好きな食べ物とか、好きな動物とかさ!」


「そういう普通の質問だと、魔王様がすでに答えを知ってるんですもの。オタクだから、セイラさんの趣味趣向はだいたい把握しちゃってるんです。知らないフリするのもなんだし、あまり基本的なことを質問するのも、ファンとして失礼じゃないですか?」


「なるほど、それはそうだけど……でも、いきなり臓器は怖いって。もっと、こう、ほっこりする話題はないの?」


「ほっこりですか? じゃ、これかな。『好きな草』は?」


「草っ? 花じゃなくて、草?」


「セイラさんの『好きな花』はひまわりって判明しちゃってるんで」


「だからって草……お前はあるのか? 好きな草」


 ギルティは斜め上を見ながら思考を巡らせた。

「特にないです」


「ないんかい!」

 グウは盛大にツッコんだあと、心を落ち着かせるようにコーヒーを口に運んだ。

「あのさ、もうちょっとお互いの距離が縮まるような話題はないのか? 草の話じゃ、どう足掻あがいてもイイ感じにならないって」


「イイ感じ……になっていいんですかね?」


 ギルティはひそかに心配していたことを口に出した。

 万が一、魔王に脈があったとして、二人の間には、種族、立場、寿命など、様々な障害が横たわっている。


「……それは難しい問題だな」


 二人は同時に考え込んだ。


「でもまあ、魔王様がデートを成功させたいって言ってるんだし、少なくとも楽しいデートにしてやりたいじゃん」

 グウは優しげな笑みを浮かべて言った。


「そうですね」

 ギルティも微笑んだ。

「じゃあ隊長も何かいい話題を考えてくださいよっ。ダメ出しばっかじゃなくて、対案をください」

 

「うぐっ……」

 ギルティの正論に、グウは言葉をつまらせた。


 彼女はそんなグウの困った顔を見ながら、クスッと笑う。

(なんだか、思ったより緊張せずにデートできてる。むしろ、いつもより気軽に話せてるし、デートって楽しいかも!)


「そういえば、ギルティ。今日の服かわいいよな」

 グウが急に思い出したように言った。


「!?」

(何? 急に何ですかっ?)


「そ、そ、そんなことないですがっ!?」


「いや、普通にかわいいよ。そういう系似合うね」


「ファッ!? ほ、ほ、本当ですかっ?」

 ギルティは耳の先まで真っ赤にして、しどろもどろになった。

(なんで? せっかく平常心を保ってたのに、なんで急に気が利く彼氏みたいなセリフを言うのです!? ガッツリ意識しちゃうじゃない!)


「これで、どう?」


「どう? 何が?」

 ギルティは目をパチクリさせた。


「いや、だから、話題として。『相手の服装をめる』。ベタだけど悪い気はしないかなって」


(話題の提案だったの!? ナチュラルすぎて気づかなかった……!)


 ていうか、紛らわしい! 

 ギルティは恨めしそうな目でグウを見た。


「え、何?」

 ぎょっとするグウ。


「隊長って、じつは遊び人ですか?」


「へっ!? 何で!?」


「チャラ男の波動を感じます……」


「どこが!?」


(普通、あんな流れるように『かわいい』なんて言えるかしら? きっとプレイボーイに違いない。この大人の男にかかれば、私なんて手の平でコロコロ……遊ばれるのが関の山……)


「おい、なぜそんなおびえた目で俺を見る!?」


(いや、何を自惚うぬぼれているの、ギルティ。私なんか、そもそも遊びの対象ですらないわよ。コロコロ対象外よ)


「あの、ギルティさん? それどういう表情? なんか酸っぱいもんでも食べました?」


 グウ隊長は大人だ。

 見た目が若いから忘れそうになるけど、すごく年上なのだ。

(私はまだ18歳で、グウ隊長は……いくつだっけ? なんか永遠の200歳とか言ってたような……)


 年齢も経験も違いすぎる。

(相手にされるわけないや……)


 ギルティは、デートだと思って一人で舞い上がっていた自分が、急に恥ずかしくなった。


(そもそも私だって、隊長のことが好きなのかどうか分からないんだし……)


 浮かれてないで仕事に専念しよう、と彼女は思った。

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