第124話 デート対策会議

 朝9時。

 魔王城の始業時刻。


「じゃ、ミーティング始めまーす」


 久しぶりのグウによるミーティングが始まった。


「えー、しばらくの間、皆には心配を――いや、心配してないかお前らは……色々と負担をかけて済まなかった。今日から正式に復帰するんでよろしくー」


 彼のゆるい挨拶を聞いて、ギルティは日常が戻ってきたようでホッとした。

 今日から副隊長に戻り、ちょっと肩の荷が下りたのもある。


「すまんが、ギルティはこのあと一緒に魔王様のところへ来てくれ。折り入って相談したいことがある」


「はい。わかりました」

 何だろう、と思いながらも彼女は了解した。



 向かったのは、いつもの謁見の間ではなく、親衛隊の執務室と同じ階にある資料室だった。


 資料室には、過去の重要な記録や文書のほかに、人間界の本や雑誌、まったく仕事に関係なさそうな漫画やグラビア写真集などが保管されており、仕事をサボるのにうってつけの場所と言われている。

 また、パソコンも一台置いてあるので、よくザシュルルトやビーズが推し活に使っていた。


 中に入ると、会議用のテーブルの中央に魔王が鎮座していた。

「来たか、ギルティ」


 テーブルの上には雑誌が何冊も散らばり、背後にあるホワイトボードには、『デート対策会議』という文字がでかでかと踊っていた。


「えっと、これは……何をしてるんですか?」


「ぜひお前の意見を聞かせて欲しいんだ」

 と、深刻そうな表情を浮かべるグウ。


「意見?」


「そう。驚かずに聞いて欲しいのだが……じつは……」

 魔王は思いつめたような顔で語り始めた。


 ――五分後。


「えええええ!? 魔王様とセイラさんがデートぉ!?」


「声がでかい!!」


 思わず叫んだギルティの声量に、魔王が焦る。


「まだデートと決まったわけではない。一緒にケーキを食べに行くだけだ」


「それってデートじゃないんですか!?」


「やっぱデートだよな!? ……いや、まだ決まってないが、万が一、デートだった場合にそなえて、対策を考えねばならん」

 魔王は一瞬崩れた表情を引き締めた。


「対策?」


「正直に言うが、俺は……デートをしたことがない!」

 魔王はくっと唇を噛んだ。

「経験がない故、どこに行って、何を喋り、どう振る舞えばいいのか、さっぱりわからん!」


「――という相談をされたんだが、俺も今どきの若者がどんなデートをするのか見当もつかん。ぜひ若い女の子の意見を参考にしたくてな」

 グウはそう言って、ホワイトボードの前でペンを握った。


 ホワイトボードには、『デートコース』『トークテーマ』『服装』などの文字が箇条書きにされていた。


「は、はあ……」

(でも、私も実はデートしたことないんだけど……)


「まず、当日の服装からだ」

 と、魔王が言った。

「さすがに今持ってるアーキハバル標準装備は、デートにふさわしくなさそうだからな。この際、デート用の装備を新調しようと思う」


「いろいろ雑誌も見てたんだけど、俺はファッションのことはさっぱりでさ。ちょっと選んでくれない?」

 ずいっとファッション雑誌を差し出すグウ。


「ええっ、でも、私もファッションに自信ないですよ!? どうしよう……そういえば、ザシュルルトさんとビーズさんが、わりと私服がオシャレだった気がします。呼んできましょうか?」


「ダメダメダメ!! あいつらにセイラとデートするなんて言えるわけないだろ!」

 魔王が全力で首を横に振った。


「た、たしかに」

(ファンの絆が崩壊しそう……)


「これとか強そうでカッコイイと思ったんだけど、どう?」

 魔王がファッション雑誌のスナップショットを指さした。


 ドラゴンの刺繍ししゅうが入った革ジャン、派手なゼブラ柄のトレーナー、メタリックな金色のワイドパンツ、というコーディネートだった。


「うわ……」

 ギルティは顔をひきつらせた。


「今うわって言った?」


「ちょっと上級者すぎるんじゃないでしょうか。こんなとがったアイテム、下手に素人が手を出したって笑い者になるだけです。一緒に歩きたくありません」


「自信ないって言ってたわりに、すげえ辛口じゃん……」

 グウはおびえ切った顔をし、魔王は涙目で震えた。


「これくらいのほうが無難じゃないですか?」


 ギルティが指さしたコーディネートは、白いセーターに黒い細身のパンツ、紺色のロングコート、という一般大学生みたいな服装だった。


「ちょっと地味じゃないか?」と、不満顔の魔王。


「まあ、相手の好みにもよりますが、個性的なファッションで自己主張するより、シンプルで清潔感のある服装のほうが、広く女性ウケを狙えると思いまして」


「なるほど。一理ある……!」

「やはり女子の意見は参考になりますね!」


 二人が心から感心したように言うので、ギルティはちょっと焦った。


「ま、まあ、私も実はデートしたことないんで、偉そうなこと言えないんですけど」


「へえ。そうなんだ」

 グウはあまり驚いた様子はなかった。


(そりゃ驚かないわよね。だって隊長は私がキスしたことないって知ってるしああああああっ)

 恥ずかしい記憶が蘇るギルティ。


「なんだ、仲間じゃないか」

 魔王はちょっと嬉しそうにニヤッとした。


「一緒にしないでください。私はデートしたことない歴18年だけど、魔王様は300年なんですから」


 ギルティは血も涙もないことを言い、魔王は白目になった。


「じゃ、じゃあ服はそんな感じでいくとして、次はデートコースを……」

 グウが空気を変えようとした、そのとき。


「あ、ちょっと待って」と、魔王が言った。「デートは12月3日、つまり3日後だ。通販じゃ間に合わない。二人で人間界まで行って買ってきてくれ」


「えっ?」

「いやいや、買いに行くのはいいですけど、なんで二人? 魔王様も一緒に来て、直接選べばいいじゃないですか」


 魔王は今までで一番シリアスな顔をして、

「服屋に入る勇気は、まだない」

 と力強く宣言した。


「……」

「……」

 理解できない心情だったが、強固な意志だけは伝わったので、グウとギルティは何も言えなかった。


「それと、今日決めたデートプランに沿って、二人で下見というかシミュレーションしてきて欲しい」


「ええっ!?」

 二人は同時に驚きの声を上げた。


(そ、そ、それってつまり、私と隊長がデートするってこと!?)


「ギルティにデートデビューを先越されるのはしゃくだが、この際やむをえん。俺のデートが成功するかどうかは、お前たちにかかっている! 頼んだぞ、二人とも!」

 魔王は合戦前のような気合いで言った。



 そうして、デート対策会議はその日遅くまで続いた。




 * * *



 12月1日。午後3時。

 私服に着替えたギルティは、そわそわしながら魔王の寝室の前に立っていた。


 アーキハバルへの移動。

 本来なら、車と電車を乗り継いで三、四時間かかるところだが、魔王がシレオン伯爵にもらった絵を使うと、たった数分で行けるらしい。驚くべき時短だ。


(どうしよう、緊張する……私、この格好、ダサくないかな?)


 ギルティは自分の服装を改めてチェックした。

 白いえりのついたレトロなワインレッドのワンピースに、黒いタイツ、茶色のチェック柄のコートという、いかにも優等生のお嬢様らしい格好。


(じつは私も流行とか知らないのよね……魔王様にとやかく言えないわ)


 髪型もいつもと少し変えて、編み込みのハーフアップにしている。


(気合入れすぎかな? 引かれたらどうしよう。グウ隊長はどんな感じで来るんだろう……)


「ごめん、お待たせー」


 ゆるい挨拶とともに現れたグウを見て、ギルティは衝撃を受けた。


(ジャージ!?)


 グウは学校指定の体操着かと思うような青いジャージの上下に、厚手の黒いジャージの上着を羽織っていた。


(ジャージ・オン・ジャージ!!)


「おおっ。私服だとお嬢様感が増しますな。じゃ、行きますか」

 なぜか敬語になりつつ、扉を開けるグウ。


「は、はいっ」

 ギルティは動揺が収まらないまま、彼の後に続いた。

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