第122話 おかえり

 日が傾き始めた頃、グウとギルティを乗せたジープが魔王城に到着した。


 城の裏手にある、人気のない駐車場。

 グウは車から降りたとき、何か違和感を覚えた。


 背後の森のほうから、視線を感じる。


「どうしたんですか? グウ隊長」


 ギルティが言葉を発した、その瞬間――、グウはヒュンと風を切る音を聞いた。


 ガッ!!

 と、彼女の耳の真横でグウが矢を掴んだ。


「え!? 矢!?」

 ギルティはギョッと目を見開いた。

 自分に向かって矢が射られたことを、また、それをグウが掴んで止めたことを、彼女はすぐには理解できなかった。


 うっすらと紫色を帯びた光の矢は、やがてグウの手の中ですーっと消えていった。


(この魔法、どこかで……)


 ザザッと物音がして、森の中から制服の集団が姿を現した。十人、いや、二十人はいる。黒い詰襟つめえりの制服は魔王軍のものだ。そして、白い腕章は憲兵隊の証。


「これはどういうことですか!」

 ギルティが彼らに向かって叫んだ。


「そいつの身柄を渡してもらおう!」

 やたらと声のデカい、大柄な男が言った。憲兵隊の隊長だ。


「なぜですか!? ちゃんと保釈は認められたでしょう!?」


「新たな容疑が浮上したのだ。その件でそいつを取り調べる必要がある」


「何の容疑ですか?」

 グウがたずねた。


「極秘事項なので、ここでは話せない」


 憲兵隊長の言葉に、ギルティが顔をしかめる。

「無茶苦茶だわ。グウ隊長、従う必要ないですよ」


 グウは眉間にしわを寄せて、困ったような顔をした。


「隊長?」


「従わざるをえないのですよ」


 急に女の声が割り込んできた。

 見ると、憲兵隊の制服を着て、顔に仮面をつけた女が前に出てきた。

 ギョロッとした目と、耳まで裂けた口。かなり不気味な仮面である。


「我々が憲兵隊として彼を取り調べようとする限り、彼は抵抗できないのです。やはり、あの緑の宝石を持つ魔王様に制約を解いてもらわないとダメなようですね。そうなんでしょう? グウ隊長」


(あの仮面、見覚えがあるな)

 グウはセイラのストーカー事件のときのことを思い出した。

 たしか、マンションの屋上で襲ってきた奴が同じような仮面をつけていたような……


「どなたですか? こんなミステリアスなお姉さん、憲兵隊にいましたっけ?」


 誰だろう、とグウは考えた。

 仮面の女は黒い髪を後ろで一まとめにしている。

 今のところ、黒髪ロングで怪しい女性といえば、シレオン伯爵を殺したデボラだが、髪型と声だけでは、イマイチ確証が持てない。


「もしかして、最近までどっかの社長の秘書とかやってました?」


「さぁて、何のことでしょう。人違いではありませんか?」

 グウの問いに、女は笑いを含んだ声で答えた。


「なりふりかまわず俺を殺しに来たか。たしかに今なら楽に殺せるもんな」


「フフフ、取り調べだと言ってるでしょう? 大人しくしたほうがいいですよ、可愛い副隊長さんを巻き込みたくなければね」


 ギルティは腰に差したつえを抜いて、前に構えた。

「見くびらないでください。グウ隊長は私が守ります」


 ギルティの言葉は頼もしかったが、仮面の女がデボラである場合、シレオン伯爵を殺したときのように、強力な魔法を使ってくるかもしれない。

「ギルティ、待て――」

 グウが止めようとした、その時だった。


「ちょおっと待ったー!!」


 急に城壁の上から聞き覚えのある声がした。


「ウチの隊長に何の用だコラァ!!」

 声の主はド派手な短髪の男、ザシュルルト隊員だった。いつの間にか、金髪に緑のメッシュが入っている。


 そして、城壁の上にいるのは、彼だけではなかった。


「テメェらどこ中だコラ! ああん!?」

 意味不明な啖呵たんかを切る、四ツ目のグラサン男、ゼルゼ隊員。


「隊長にケンカ売るつもりなら、このダイナマイトに火をつけるよ?」

 なぜか筒状の打ち上げ花火を見せつけてくる、赤毛のぽっちゃり男、フェアリー隊員。


「みんな、威圧するだけで、手は出しちゃダメだよ!」

 彼らを保護者のように見守る、身長二メートルのガルガドス隊員。


「邪魔だよー。どいてどいてー」


 けだるげな声とともに、駐車場に巨大な犬が突っ込んできて、憲兵隊を何人か弾き飛ばした。犬の背には、黒髪をなびかせた猫耳の女装男子、ドリス隊員が乗っている。


「ああ、言ったそばから……」

 と、ガルガドス隊員が赤黒い顔を手で覆う。


「お前ら……!」

 ずらりと集結した紺色の制服の集団、と犬。

 いきなり現れた部下たちに、グウは驚きを隠せない。


「チッ、急にうじゃうじゃ沸いてきやがって」

 憲兵隊の隊長が舌打ちをする。


「親衛隊がこれだけ集まると、さすがに不利ですね。今回は引きましょう」


 女の言葉を合図にして、憲兵隊はあっという間に引き上げて行った。


「ワン!!」

 巨大化した犬のジェイル隊員が、勢いよくグウに飛びついてきた。


「うわっ、びっくりした! お前ら、出迎えに来てくれたのか?」

 グウはジェイルのフサフサの毛をでながら、部下たちを見回した。


「そうそう。出所祝いに花火と爆竹で驚かそうと思って、スタンバってたんだよ」

 大量の火薬類を手に、フェアリー隊員が言った。


「ほぼ嫌がらせだな」


「隊長、お勤めご苦労様っす!」


「お勤めって言うな」


「どうですか、娑婆しゃばの空気は?」

「バッチリ仕事溜めてるよ」


(ああ、ツッコミが追いつかない……)

 だが、この雰囲気。

 良くも悪くも、すごく“帰ってきた”という感じがする。


 そんなグウの心の内を読んだように、ギルティは満足げに微笑んで、こう言った。

「隊長、おかえりなさいっ」


「ああ、ただいま」

 グウは犬にベロベロと顔をめられながらうなずいた。



* * *



 たとえ、どれだけショボい部屋だとしても、自分の部屋に帰ってくると、何となく安心するものだ。


 治安の悪い寮なので、念のため何か盗まれていないか確認する。

 貴重品なんてほとんど置いてないが、ロッカーの中にはちゃんと剣も残っていた。


 一息つきたいところだが、今はくつろいでいる時間はない。


 早急に魔王のところへ行き、あの“目”の制約を解除してもらう必要がある。

 なに、複雑な手順は必要ない。ただ、あの“目”を持って、命令とは逆のこと――つまり、「不当な取り調べには抵抗してよい」と言ってもらえば済む。


 グウは親衛隊の制服に着替え、黒いマントを羽織って部屋を出た。


 ちょうど男子寮を出たところで、「隊長!」と、これまた聞き覚えのある声に呼び止められる。

 ダボッとしたセーターを着て、眼鏡をかけた青年。ビーズ隊員だ。

 まだ謹慎中のため私服だった。


「おーっ、ビーズ。元気そうだな!」


 彼と最後に会ったのは、シレオン伯爵が殺された日だった。

 夜中にドクロアから戻ってきたあと、急ぎビーズに妹の件を伝え、翌朝、魔王のところへ申し開きに行ったら逮捕されたのだ。


「隊長、すみません。俺のせいで隊長にシレオン伯爵殺害の容疑がかかることに……」


「お前のせいじゃねえよ。あれは俺が迂闊うかつだったんだ」


「でも、俺がダリア市であんなことをしでかさなきゃ、隊長が伯爵の家に行くこともなかったし、その上、クソ妹のことでも手間をかけちゃって……」

 ビーズは申し訳なさそうに顔を伏せた。


 グウは苦笑いを浮かべた。

「手間なんて言うなよ。生きててよかったじゃねーか。こんな魔界で家族が生きてるなんて、ラッキーなことだぞ。妹はどうしてる?」


「女子寮の寮母さんが腰を痛めてるとかで、代わりにいろいろ手伝ってるみたいです。厳しくしごかれて、ちょっとはマトモになればいいですが。あ、そうだ。拉致されたときの状況、妹に聞いておきました。やはり俺と同じように、落とし穴に落とされたらしいんですが、相手は仮面をつけてて、顔はわからなかったそうです。ただ、声や背格好から女じゃないかと」


 グウはあごに手を当てて考え込んだ。

「そうか。ありがとな」


 空間魔法を使える仮面の女。

 たしか、シレオン伯爵の秘書たちは、弟子でもあると言っていた。


 グウの中でまた、仮面の女=デボラ説が濃厚になった。

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