第120話 チョコレートフォンデュの失敗

 王都ドクロア。五番街。


 ギルティは緊張した面持ちで、ベリ将軍の屋敷の前に立っていた。


(この屋敷のどこかにグウ隊長が幽閉されているはず。でも、これがあればきっと……)


 彼女は両手で大事そうに抱えた封筒を見つめた。

 中には、魔王の署名入りの保釈申請書が入っている。


(グウ隊長、今助けに行きます!)


 制服の赤いネクタイをきゅっと締め直し、気合を入れて、いざ、呼び鈴を鳴らす。


 しばらく応答がなく、少し経ってからメイドが出てきた。

 前回と同じく、全身に包帯をグルグル巻きにしたインパクトの強いメイドだったが、今日は何やら慌てた様子だ。


「大変お待たせ致しました。少々、取り込んでおりまして」

「何かあったんですか?」

「ええ、まあ……とにかく、こちらへ。ベリ様は食堂にいらっしゃいます」


 メイドは多くを語らず、スタスタと屋敷の中を歩いた。

 ギルティは不安を覚えつつ、その後に続く。

 建物内には、ほんのりと甘い香りが漂っていた。


 廊下の突き当りまで来ると、大きな観音開きの扉があって、その前にもう一人、メイドがオロオロした様子で立っていた。

 彼女もまた全身に包帯を巻いており、ほぼ同じ出で立ちだった。背格好も似ていて、縦ロールのツインテールか、ボブかという髪型の違いでしか見分けられない。

(この包帯、ここの制服なのかしら……)

 と、ギルティはそう思い始めた。


「どう? 中の様子は?」

「きわめてクレイジーな状態よ。後片付けが大変そう」

 メイドたちは深刻そうに会話を交わした。


「あ、あの、いったい何が……グウ隊長は無事なんでしょうか?」


「……」「……」

 メイドたちは顔を見合わせた。

「言葉では説明しにくいので、どうぞ、ご自身の目でお確かめください」

 メイドはそう言って、ギルティを扉の前に導いた。


 おそるおそる扉に近づくギルティ。甘い匂いがますます強くなる。

 中からは、ガタガタという物音と、人の話し声が断続的に響いている。

「ベリ様! お止めください、これ以上は無理でございます!」

 メイドらしき女性の声。

「いいから! このまま動かし続けて! もっとトロトロにしなきゃダメなのっ」

 ベリ将軍の声だ。

「そ……んなこと言っても……くっ、もうカチカチで動かないって」

(グウ隊長の声!! よかった、無事だったのね! でも、なんか苦しそう?)

 ギルティは扉に聞き耳を立てる。


「こんなんじゃダメ! もっと強くっ! もっと熱くしてっ」

「ダメだって……これ以上激しいと壊れちゃうから……」


(!?!? 何!? 何をやってるの!?)

 ギルティの顔の彫りが深くなる。さらにピタリと扉に耳を密着させる。


「休んじゃダメ! もっと力を入れて、ホラっ」

「や、やめろ! それ以上やったら折れるッ! 折れるって!」


(こ、これは、拷問!? それともプレイ!? どっち!? 開けていいやつなの!?)


「えいっ」「だから折れ、あ……」

 ボンッ!!!!

「うわあっ」「きゃああああ」


 謎の爆発音と叫び声に、ギルティは思わず扉を開けて、食堂の中に飛び込んだ。


「こ、これは……」


 彼女の目に映ったものは――、

 壁に飛び散ったパステルピンクの液体と、テーブルの上にそそり立つ、高さ二メートルほどの噴水ふんすいのような物体。そして、ピンクの液体まみれになったメイドやベリ将軍の姿だった。


(何コレ……)


 部屋には甘ったるい香りが充満している。


「ギルティ? どうしてここに……」


 グウの声がしたほうを見ると、噴水のそばに、折れたハンドルのようなものを握ったピンクの塊がいた。

 彼は、白いシャツにジーンズにエプロンというカフェ店員みたいな格好で、全身にピンクの液体を飛び散らせて呆然と立っている。

 幽閉されてもなければ、拘束されてもない。


「グウ隊長……何してるんですか?」

 ギルティはポカンとした顔で聞いた。


「何って……チョコレートフォンデュ……に失敗したところ」


「正確には、いちごチョコレートフォンデュだけどね♪」

 フリフリのエプロンをつけたベリ将軍が、噴水の後ろから顔を出した。

 彼女の顔にもやはりピンク色が飛び散っている。


「チョコレートフォンデュ……」

 ギルティは改めて室内を見回した。


 たしかに、よく見ると、そのドロッとしたパステルピンクの液体はいちごチョコレートだった。言われてみれば、匂いもいちごチョコだ。

 テーブルの上には、皿いっぱいに盛られたフルーツや、ドーナツや、マシュマロなどが並んでいる。


「思いのほかチョコが固まるのが速くて、うまく流れませんでしたね」

「やはり噴水が大きすぎて、熱が伝わらなかったのでは?」

 食堂内にいた二人のメイドが、冷静につぶやいた。

 もちろん、彼女たちも包帯グルグルである。


「そもそも手作りで手動回転って時点で、無理があるんだって」

 グウが手に持った木のハンドルを見ながら、ため息まじりに言った。


「…………楽しそうですね」

 ギルティは遠い目をした。


「ていうか、ギルティ。お前、何でこんなところに?」


 グウにそう聞かれ、ギルティはドキッとした。


「えっと、私はっ……」

 彼女は思い切って、手に持った封筒から書類を取り出した。

「私はこの保釈申請書をベリ将軍に提出しに来ました!」


「保釈?」

 グウが驚いた顔をする。


「ベリ将軍。約束通り、魔王様のサインをもらってきました。これでグウ隊長を釈放してもらえるんですよね?」

 ギルティは真剣な表情で、申請書をベリ将軍に差し出した。


「へえ。本当に持ってきたんだ」


「ちょっと待て、何だ、その話……聞いてないぞ、ベリ様!」

 グウがサッと顔色を変えた。

「ギルティ、お前、まさか魔王様に直談判に行ったのか!?」


「すみません、隊長! 無茶するなって言われたけど、私……どうしても、じっとしてられなくて。だって、そうしてる間にも隊長が厳しい取り調べを受けてるかと思うと……」

 彼女はうつむいて、制服のスカートをぎゅっと握りしめた。


「ギルティ……」


「けど……」

 と、彼女は顔を上げ、

「迎えに来ないほうがよかったですか?」

 急にスンッと虚無の表情を浮かべた。


「え!? なんで!? なんでそんなドライな目で俺を見るの!?」


「楽しそうですよね、なんか……」


「いやいやいや! 全然楽しくないから! 今もこうして意味不明な遊びのために駆り出されて強制労働させられてるし!」


「…………」

 ギルティの怪訝けげんそうな視線。


「違うからね!? ぬくぬく遊んでたわけじゃないからね!? 昨日だって、それはもうヒドい拷問を受けて、あやうく窒息死するところだったんだから!」


「えー! あれは拷問じゃなくて、首絞めプレイだよ!」

 ベリ将軍が不満そうに訂正した。


「ウソつけ!! 完全に本気だっただろーが!!」


「……なんか迎えに来てすみませんでした」

 ギルティが遠い目をして言った。


「違う!! 誤解だ、ギルティ!!」


 グウが必死に弁解するも、しばらくギルティの目に光が戻ることはなかった。


 こうして、二人の再会は少し気まずい形で果たされた。

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