第119話 ベリとの旅⑧ー戦場への帰還
人間界で唯一、魔界に渡る船に乗れる場所、パルネの入り江。
その場所を目指して、グウとベリは旅を続けた。
二人は――というか、ほぼベリだが、立ち寄った村で祭りに参加したり、宿や酒場で踊りを披露したりして、路銀を稼いだ。
音楽がないときは、彼女が自分で歌いながら踊った。
ベリは歌もそこそこ上手かった。
ちなみに、グウはまったく音楽ができない。
一時期カスタネットを持たされたりしたが、ヘタ過ぎてベリにキレられ、以後は集金係に徹している。
「なあ、ベリ。ちょっと南のほうに寄って行かないか?」
木陰で昼食のパンをかじりながら、グウが言った。
「さっき行商人から聞いたんだけどさ、デスコって村に伝わる、ズンドスコっていう踊りが面白いらしいんだ。せっかくだから習得していかない?」
村娘風の格好をしたベリが、パンをモグモグしながら「うーん、いいや」と答えた。「それより早く魔界に帰って戦いたい」
あっさり断られてしまった。
「踊りは好きだよ? 踊ってるときは戦いのこと忘れられるし。でも本当に好きなのはガチバトル。命の奪い合いが一番楽しいもん」
「そっか……」
グウは残念そうにつぶやいた。
* * *
町から町を渡り歩き、二人はついにパルネの入り江にたどり着いた。
切り立った
半年前に二人を乗せた船が着いた場所だ。
浜辺に下りる道は、急な坂道が一つだけ。そこを下りると、真っ白な砂浜と群青色の海が広がっている。
(終わってしまう……)
実感がグウの胸に押し寄せた。
魔界に帰れば、きっと二人とも死ぬだろう。
「よーし! レッツゴー!」
上機嫌で坂を下ろうとするベリ。
その腕をグウが掴んだ。
「どうした?」と、ベリが首をかしげる。
村娘風の白いエプロンがヒラヒラと風に揺れた。
「なあ……このまま人間界で暮らさないか?」
「は? 何言ってんだ?」
「魔界なんかデメにくれてやれよ。べつにいーじゃねえか、魔王になんかならなくたって。アンタが戻らなきゃ、北部にいる皆もさっさとデメに降伏するさ。そしたら無駄な争いも起こらなくて済む」
「え、何? どうしたんだよ、お前……」
そのとき、崖の下から叫び声が響いた。
何やら浜辺のほうが騒がしい。
まもなく、海賊の男たちが数人、慌てて坂を登ってきた。
「どうかしたのか?」
「魔族だ! 魔族同士がケンカをおっ始めやがった!」
「魔界から逃げてきたシレオンの軍の残党と、それを追ってきたデメの軍の奴らがドンパチやってんだ!」
「まったくいい迷惑だぜ!」
海賊たちは口々に言い、バタバタと避難していった。
二人は崖の下をのぞき込んだ。
海賊たちの言ったとおり、浜辺では、白い
その数、ざっと二百人。
(これは……騒ぎが収まるまで出航は難しそう……)
「おおおおおーっ!!」
ベリの目が宝石のように輝いた。
「見ろ、グウ! 乱闘だ! よしっ、行ってくる!」
「は!? 待って、行ってくるって何!? 乱入する気!?」
坂を下ろうとするベリの腕を、グイッと引っぱって止める。
「え? 当たり前だろ?」
「いや、なんで!? 敵同士の潰し合いじゃん、ほっとけよ! だいいち、どっちに付く気だよ!」
「どっち? 全員VS私に決まってんだろ」
張り切って前進するベリ。その腕をグウがまた引き戻す。
「いきなりハードじゃない!? リハビリしてからのほうがよくない!?」
「もおっ」と、ベリが
「待て!!」
今度は真剣なトーンでベリの肩をつかむ。
「沖を見ろ。あそこに船が二隻いる。あの青い旗はデメの軍だ。上陸のタイミングを計っているようだが、アンタがここで暴れたら、きっと魔界に引き返すぞ」
「うん? なるほど? OK!」
「OKじゃねえよ! 蛇王ベリが生きてると知られれば、きっと魔界で大軍に待ち伏せされる。帰った瞬間から戦争になるぞ!」
「アハッ、最高じゃねえか」
「なっ……もっとよく考えろよ、馬鹿! そんなんじゃ魔界に帰ったって、デメと戦う前に死んじまうぞ!!」
思わず声を荒げると、
「それがどうした!!」
ベリが怒鳴り返してきた。
カッと見開いた目の瞳孔が、爬虫類みたいに細くなる。
「さっきからシラけることばっか言いやがって! 私が戦いたいって言ってんのに、なんで止めんだよ! ちゃんと半年間ガマンしただろ!」
「でも、ベリ……」
「さっきもそうだ! なんで魔界に帰らないなんて言うんだ! やっと戦えるのに! なんで喜んでくれないんだ! 私が楽しいとお前も楽しいって言ったじゃねえか! なんで一緒に楽しんでくれねぇんだよ!」
「それは……」
グウは両手の拳をぎゅっと握りしめた。
「アンタに死んで欲しくないからだよ!!」
「は? なんで?」
「なんで?」
予想外の反応に、グウは
「なんでわかんねぇんだよ……」
「わかんねえよ。お前が何言ってんのか、全然わかんねえ……」
ベリは心から困惑したように、眉間に
「お前こそ、なんで私の気持ちがわからねえ……なんでこの光景を見て血が騒がねえんだ! テメエそれでも魔族か!」
ベリは興奮気味に叫んだ。
彼女もまた、グウの気持ちが理解できずに
グウはふーっと深呼吸をして、改めてこう切り出した。
「なあ、ベリ。前に俺のこと好きだって言ってくれたよな?」
小柄な彼女の目線に合わせるように背を屈め、両肩にそっと手を置く。
「それは、これからも俺と一緒にいたいっていう意味じゃないのか? 一緒に生きていきたいって、そう思ってくれたんじゃないのか? 俺は……俺は思ったよ。もっとアンタと一緒にいたいって。もっと一緒に生きたいって」
どうか伝わってくれ。
その思いを込めて、彼女の爬虫類のような瞳を一心に見つめる。
ベリもまた、何かを読み取ろうとするように、グウの瞳をじっと
彼女は少し考え、こう返事をした。
「お前のことは好きだ。私の一番のお気に入りだ」
お気に入り……
欲しかった言葉じゃないやつ……
「ずっと一緒にいて欲しい。死ぬまで一緒に戦って欲しい。私が死んだらお前に食って欲しいし、お前が死んだら私が食ってやる。それが私の『好き』だ。それじゃダメなのか?」
ああ、ダメだ。ダメに決まってる。
(俺はベリを食いたくなんかない……!)
「ミアが言ってたな。お前を愛してるなら大切にしろと。でも私は愛なんてわかんないし、お前を大切になんてしない。だって、私もお前も魔族だから」
ベリは怖いほど真っすぐにグウの目を見つめて言った。
「魔界で価値があるのは力だけだ。魔族なんてのは、それを奪い合って、食い合うだけの肉の塊に過ぎない。私の命も、お前の命も、等しく価値がない。そうだろ?」
グウは返す言葉が出てこなかった。
自分の甘さを思い知る。
ベリを理解したつもりになっていた、自分の甘さと愚かさを。
これがベリの本質。
これが
「私は何も大切になんてしない。ただ闘争心の
ベリは笑ってグウの手を振り払うと、勢いよく崖から飛び降りた。
「ベリ!!」
伸ばした手は虚しく宙を掴んだ。
彼女は砂を舞い上げて浜辺に着地すると、乱闘中の魔族たちに向かって叫んだ。
「よお! 私も混ぜてくれよ!」
「あ? なんだ? 人間の女?」
「かわいい……」
魔族たちが彼女に気づいた。
皆、彼女より体が大きく、凶暴そうに見える。
「旨そうだな。若い女の肉はやわらかくて味もいい……ジュル」
「あの白い肌……爪で引き裂いたら最高に気持ち良さそうだ」
「服をはぎ取ってペロペロしてやろうか、お嬢ちゃん。ゲヒヒヒヒ」
「生きたまま腸を引きずり出そうぜ。泣き叫ぶ顔を想像したら、ああ……興奮してきちまった」
下卑た笑い声が沸き起こる中、それに共鳴するようにベリも笑った。
「フフフフッ。いいねえ、お前ら。最高に魔族って感じがするぜ。人間の悪党共は必死に生きてて可哀想になるからなぁ。やっぱ魔族が一番だ!」
メリッ、と彼女の頭の両側から黒くて
「魔族?」
ベリは五指を広げた右手を前に突き出した。
「食い破れ」
次の瞬間、周囲にいた魔族の体を蛇が突き破った。
まるで、いきなり体から蛇が生えてきたように、胸や腹や顔から十数匹の蛇が湧き出し、大量の血を流して彼らは倒れた。
「よしよし、魔法も使える♪」
ベリは満足げに微笑んだ。
そこからは、一方的な殺戮だった。
飛び散る血と肉片、増えていく死体。
シレオンの軍もデメの軍も、もはや敵対することを忘れ、突然現れた化け物への対処に追われている。
グウは浜辺に下りて、その様子を
(地獄だ……)
戦意を喪失した者も、
そこには何の
彼女は本当に魔族の命など鼻クソくらいにしか思っていないのだろう。
グウは浜辺に打ち上げられた流木に腰を下ろし、ぼんやりとその光景を見つめた。
血の匂いを乗せた潮風が
夏の終わりの生温かい空気。
(俺は傷ついてるんだろうか……)
泣きたい気分といえば、まあ、そうだ。
若ければ泣けたかもしれない。
けど、そんなエネルギーはもう自分の中には無かった。
今、心の中にあるのは、自分とベリの感情は永遠にすれ違い続けるだろうという、虚しい確信だけだった。
ベリは裸足になって浜辺を駆け回り、笑いながら魔族を殺しまくった。
その姿は、踊り子として
「楽しそうだなあ……」
グウはぼんやりとつぶやいた。
* * *
魔界南部の陸地が近づいてきた。
「思ったとおり、お迎えがたくさんいるな」
グウは浜辺にずらりと並んだ青い鎧の軍隊を見渡して、ため息をついた。
「いいじゃねえか。これくらい
ベリの表情はいたって晴れやかだ。
船が陸地に接近すると、敵の魔法部隊がバンバン攻撃してきたが、ベリが陸地に大蛇を放って蹴散らした。
相手が食われている間に、船が
二人は長い船旅を終え、半年ぶりに魔界の地を踏んだ。
「一番強そうなのは私が殺るから♪ お前は雑魚共で我慢しろよっ」
ベリはグウの顔を見上げてニッと笑った。
グウは剣を抜いて、
「ベリ様のお望み通りに」
と答えた。
ベリの瞳が少しだけ揺れたような気がしたけど、どうせ気のせいだろう。
風が吹き、血と屍肉の匂いが鼻をかすめる。
懐かしい魔界の匂い。
こうして二人の旅は終わり、蛇王ベリは魔界に帰還した。
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