第108話 ベリとの旅①ー乱世

 約300年前。

 魔界北部で最大の町、エグドール。


 今では『魔界オペラ座』と呼ばれているエグドール城の一室で、蛇王ベリの幹部たちが作戦会議を行っていた。


「このまま南下を続けると、ヘルデンシア高原あたりでシレオンの軍と決戦になりそうですね」

「敵の軍勢はおよそ三万か……」

「魔王シレオン本人が出てくる可能性もある。こちらも最大戦力でのぞむべきかと」

「しかし、このエグドールの守備もおろそかにはできん」


 机に広げた大きな地図を囲んで、いかついよろいを着た幹部たちが口々に意見を述べる。


 このとき、魔界は乱世の真っただ中だった。

 魔界の派遣を狙う三つの勢力――


 北東部を中心に暴れまわる蛇王ベリ。

 南部で急激に勢いを増している新興勢力、暴君デメ。

 そして、いまだに魔界の大部分を支配する第12代魔王シレオン。


 彼らは日夜激戦を繰り広げ、勢力図は日々刻々と変化していた。

 のちに三国戦争時代と呼ばれる、激動の時代である。


「大変です! 先日攻め落としたばかりのザッハルト城が、シレオンの軍に奪還されました! グリル殿から援軍の要請が入っています!」

 遅れてきた幹部の一人が、悪い知らせを運んできた。


「またぁ?」

 眠そうに頬杖ほおづえをついていたピンク髪の少女が、呆れ顔で言った。


 魔界最強クラスの戦闘力を誇る蛇王ベリ。

 近ごろ人間界で流行っているという、レースやリボンをたっぷり使った豪華なドレスを着込んだ彼女は、とても戦場にいるとは思えない華やかさを放っていた。


「くっ、ベリ様が離れたとたん、これだ……」

 苦々しそうな顔をする幹部たち。


「守備の兵を増やさないとダメかな。ぶっちゃけ、攻めるだけなら一人でもいいんだけど。やっぱり魔王になるには人手がいるなあ」

 ベリはため息まじりに言った。


 一人で大軍を壊滅させられるほどの戦闘力を持つ彼女が、わざわざ自分の軍勢を率いている理由が、それだった。

 ひたすら敵を蹴散らすだけならベリ一人でも可能だが、奪った領地を守りながら勢力を拡大するとなると、それなりに人手がいる。


「じゃあ、モンジャとヴィヴィンバ、援軍に行ってあげて。で、カルボとジェノベはここに残ってエグドールの守りを固めろ」

「はっ」

「承知いたしました」


「それだと、ヘルデンシアで戦うのがベリ様とラザニアさんと俺だけになります。さすがに少なすぎませんか?」


 そう進言したのは、粗末な茶色いマントに身を包んだ旅人のような男――グウだった。


「俺だけでは頼りないと言いたいのか?」

 大きな下顎したあごから鋭い牙を生やした大隊長ラザニアが、ムッとした顔をした。


「シレオンは狡猾こうかつな魔王です。どんな手を使ってくるかわからない。用心するに越したことはないかと」


「フンッ。自分がシレオンと戦う自信がないからって、弱気になりやがって。ベリ様のお供はこのラザニアがいれば十分だ。そんなに怖いなら、貴様は後方支援でもしてな」

 ラザニアは見下したように言った。


「少ないくらいで丁度いいんだよ、グウ」

 ベリはニッと歯を見せて笑った。

「簡単に勝てたらつまんねーからな。せっかくの大戦なのに、私が楽しめなかったら意味ねえだろ?」


 彼女の強気な言葉に、家臣団は大いに沸いた。


「何という余裕!」

「さすがベリ様!」

「かっこいいです、ベリ様!」


 家臣団というか、ベリのファンクラブみたいだった。



 * * *



 十日後。

 ヘルデンシア高原。


 何もない荒地であるこの土地は、普段は見晴らしのいい場所だったが……


「霧で何も見えねえな」

 白いドレスを着て、白い馬にまたがったベリがつぶやいた。


 あたりは濃い霧で覆われ、視界はせいぜい十メートルといったところ。

 敵の動きが分かりづらいが、それは相手も同じことだろう。


 大隊長ラザニアは馬でベリの隣まで駆けてくると、こう報告した。

斥候せっこうの話では、わが軍が順調に押しているとのこと。どうもシレオンは本陣から動いてないようです」


「なーんだ。シレオンは打って出てこないのか。だったら、こっちから出向いてやってもいいけど」

 ベリはどこか楽しげだった。

「そういえばグウは? 後衛か?」


「はい。あの腰抜けには後方で補給経路と退路の確保を任せております。まあ、我々が撤退することなどありえませんが! ガハハハッ……おや?」

 ラザニアは急に何かに気づいた様子で、前方を指さした。

「ベリ様!! ご覧ください! あちらに何か……!」


「ん? 何? なんも見えないけど――」


 ズドオオンッ!!


 突然、まばゆい光線が、背後からベリの体を貫いた。


 腹部に大穴が空き、馬から落ちるベリ。

 そこをラザニアの部下たちが一斉に取り囲み、槍を向けた。


「かかったな。ベリ」

「ラザニア?」


 自分を見下ろしてほくそ笑む家臣に、ベリはキョトンとした顔をする。

 状況が理解できずにいると、

 ザッ、ザッ、ザッ

 と、近づいてくる大勢の足音。

 やがて霧の向こうに、大軍勢の影が浮かび上がった。


 その影の中心に、錫杖しゃくじょうを持ち、王冠をかぶったシルエットを見つけ、ベリはようやく悟った。


「シレオンか……なるほどね。寝返ったのか、ラザニア」

 彼女はニッと笑みを浮かべた。


 まんまと罠にめられたわけだが、ちょっと体に穴が空いたくらいじゃ再生能力に秀でたいにしえの魔族は死なない――はずだが、どういうわけだろう? 傷がふさがらない。

 何か特殊な魔法で攻撃されたようだ。


「どうだいベリ? 僕が編み出した腐食光線は。再生力を上回るスピードで、傷口が壊死していくだろ? 古の魔族を殺すために、五十年もかけて開発した必殺技だよ」


 霧の向こうで、魔王シレオンが誇らしげに言った。


 ベリは傷口を見つめる。

 周辺の皮膚が黒ずんで、どんどん傷が広がっていく。

 血が止まらず、力が入らない。


「さて、トドメだ」

 霧の向こうで、魔王が錫杖を高く掲げる。


 ベリは数百年ぶりに死を身近に感じた。


 ――そのとき。


 ざわざわ、と霧の中で何かがうごめいた。

 魔王シレオンはぴたりと動きをとめ、前方を見つめる。


「何か来る……」


 そうつぶやいた、次の瞬間。

 霧の中から津波のように植物のつるが押し寄せてきた。

 蔓は一瞬にしてその場にいた兵たちを飲み込み、爆発的なスピードで荒地を覆っていく。


「なんだ、この草はッ――」と、叫びながら緑の波に飲まれていく大隊長ラザニア。


 シレオンは魔法で周囲に炎を起こし、草を焼き払った。

 彼のまわりだけ、ぽっかりと焼野原が広がる。


「ベリは?」


 完全に蔓植物に覆われた荒地で、その姿を見つけるのは困難だった。

 そして、かすかに聞こえる、遠ざかっていく馬のひづめの音……


(逃げたか……)


 家臣の誰かが助けにきたのか?

 しかし、これほどの魔力を持つ者が、ベリの家臣団にいただろうか。


(誰だ?)


 魔王シレオンは赤く光る瞳で、霧の向こうを見つめた。




********************

地名が増えてきたので、限定ノートに地図を公開しました。

https://kakuyomu.jp/users/aji_ayumura/news/16817330669117561404

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