第107話 モヤモヤ

 画面に表示された「YOU DIED」の文字。


 もう何回目だろう。

 死にゲーとはいえ、さすがに死にすぎだ。


(ダメだな、今日は。集中力がゴミだ)


 魔王はゲームを終了し、ドサッとベッドに倒れ込んだ。

 ふと、枕元に置いた緑色の宝石のペンダントが目に入り、苦々しい気分になる。


(べつにショックとか受けてないし……魔族の忠義なんて、そもそも当てにならないし)


 そう自分に言い聞かせるものの、グウは魔王の中で、逆心を抱きそうにない臣下ベスト一位だっただけに、衝撃は大きかった。


 まだ、裏切ったと決まったワケではない……が、隠れて敵勢力と会っていたのは事実。しかも、かなり昔から関係を持っていたという。まったくそんな素振りなど無かったのに。

 少しも気づかなかった。

 それが何より腹立たしい。

 アイツを信頼し切って、色々と込み入ったことまで打ち明けていた自分が馬鹿みたいではないか……!


(何故だ?)


 自由を手に入れるため?

 人間のため?


 ――わからない。

 しかし、良い奴だって、裏切るときは裏切る。

 むしろ、良い奴ほど、妙な正義感に突き動かされて二心を抱きやすいのではないだろうか。主君が悪の親玉たる魔王であれば、なおさら。


 その点、カーラードは悪人だし、強者に従うスタンスだから、わかりやすい。

 自分が魔界最強である限り、カーラードはきっと裏切らない。


 そう。たとえ人望がなかろうと、1ミリも慕われてなかろうと、「強さ」さえあれば魔族の上に立つことは可能なのだ。


(でも、それは本当の味方と言えるのだろうか……)


 たぶん言えないだろう。

 この世で自分の味方など、一人もいないのかもしれない。


 もし仮にそうだとしても、とくに問題はなかった。

 誰が裏切ろうが、誰が敵に回ろうが、どうせ自分を倒せない。

 それが何より虚しかった。


 魔王は布団に潜り込んで丸くなった。


「セイラの声が聞きたい……」

 思わず心の声が漏れる。


 ネットを見る勇気がないから、ずっとCDを繰り返し聞いている。

 一語一句歌詞を覚えるほどに聞きまくった。


「新しいセイラの声が聞きたいっ」


 魔王は新しい情報に飢えていた。

 すがるような気持ちで、枕元のスマホに手を伸ばす。


(見るしかない……!)


 自分が情緒不安定なのはわかっていた。そして、その原因もわかっていた。

 ダリア市での一件以来、眠れない日が続き、思考力も精神力も日に日に低下している。


 この耐え難いモヤモヤに終止符を打つためには、ネットを確認するしかない。


 自分が魔王だとセイラにバレたのか、バレてないのか。

 そのことで騒動になっているのか、いないのか。


(いい加減、確認しなければ……!)


 たとえ、それがどんなに悪い結果でも。


 おそるおそるスマホの電源を入れ、まずは薄目でネットニュースを閲覧する。

 ……パッと見、ヤバそうな記事は見当たらなかった。


 続いて「セイラ」「魔王」「アイドル」「魔族」などの単語で検索してみるが、結果は同じ。

 SNSも確認してみる。 

 アプリを起動し、溜まった通知を確認するがとくに問題はな――


 ドクンッ、と魔王の心臓が跳ねた。


 ヌシ殿からDMが届いている……


 ドッ、ドッ、ドッ、ドッと心臓が激しく脈打つ。


 今は見る勇気がない。これは後回しにしよう……


 とりあえず、セイラの近況を確認することにする。

 画面をスクロールすると、いつもどおりの、セイラの「おはよう」の投稿が目に入った。


 とくに異常は起きてない?

 もしかして、ヌシ殿はあの夜の出来事を、誰にも口外していないのか?

 自分が魔王だと、セイラにもほかのファンにも、バレずに済んだのか?


 注意深くセイラの投稿をたどっていくと、一つの投稿が目に留まった。


「こ、これはっ!?」


《明日は私の特集記事が掲載された『月刊アイドルライフ』の発売日です。ぜひ書店でゲットしてくださいね!》


「セイラが雑誌で特集!? しかも明日発売だと!?」


 欲しい!! すぐに欲しい!!

 しかし、今からネット通販で予約しても、魔界まで配送されるのは早くても二週間後……。

(無理無理無理! 待てないって、そんなの!!)


 セイラの情報に飢えまくっている魔王には、到底我慢できなかった。

 今までの反動で、セイラに関するありとあらゆるトピックを摂取したいという欲求が、減量明けのボクサー並みの切実さで高まっている。


(くっ、どうすれば!? ……そうだ! グウに人間界まで買いに行ってもら――ってダメだ、グウは居ないんだったああああ!!)


 魔王は声にならない声を発しながら、頭をきむしった。



 * * *



 廊下のほうから足音が近づいてくるのが聞こえて、グウはベッドから身を起こした。

 少し眠っていたようだ。


 しばらくして、ガチャンと鍵が開き、誰かが部屋に入ってきた。

 何やら香ばしい匂いも一緒だった。


「起きてたの? そろそろ何か食べれるんじゃないかと思って、ゴハン持って来たよ」

 ベリ将軍の声がした。


 彼女の言うとおり、拷問中に受けた傷はかなり回復していた。

 ただ、まだ視力は戻ってなくて、目には包帯が巻かれている。


「はいっ、あーんして♪」

 弾んだ声で、何かを差し出すベリ将軍。


「いや、あの……自分で食べれますんで」

 困惑するグウ。


「えー、危ないよ?」


「危ない? 何持って来たんですか?」


「クソでかい海老の丸焼き。トゲが何十本もある」


「……食べにくそう」


 何でそれチョイスした?

 まだ全快じゃないんだし、おかゆとかでいいのに……


 私に任せなさい、とベリ将軍は張り切って、バキバキと海老をむしり始める。


「あの……マジでどういう風の吹き回し? 優しさが恐いんですけど……」

 グウはおびえながらたずねた。


「どうして? 私はいつも優しいでしょ? それに、昔、私が大怪我したとき、面倒みてくれたじゃん」


 ベリ将軍の言葉に、グウは驚いて固まった。


「……覚えてるんだ。そういう昔のこと、もう忘れてるのかと思ってた」


「失礼だなぁっ。私だって、さすがにここ二、三百年のことくらい覚えてるよっ。薄っすらだけど」


(薄っすらなんだ……)


「楽しい旅だったなあ」

 彼女はしみじみとつぶやいた。


「……そうだな」

 グウも噛みしめるように言った。

「楽しくて、ほろ苦い旅だった」


 閉じたまぶたの裏側に、過ぎ去った日々が蘇る。


 300年前、彼女と過ごした、短い旅路が。

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