第106話 女子トーク?

 王都ドクロア。五番街。

 とある豪奢ごうしゃな邸宅の前で、ギルティは緊張した表情を浮かべて立っていた。


「ここがベリ将軍の家……」


 鉄製の門扉の奥にそびえ立つ、白い壁の洋館。

 ベリ将軍は基本的に、魔王軍中央司令部の司令室で寝泊まりしているが、じつは本当の家は王都にあり、休日などはこっちで過ごしているらしい。


 魔王軍の兵士にベリ将軍の居場所をたずねたところ、昨日からこの家に帰っていることがわかった。


(彼女がここにいるなら、きっとグウ隊長も一緒にいるはず……)


 おそるおそる呼び鈴に手をのばす。


 ベリ将軍……ハチャメチャでヤバい人、という印象が強いが、はたして会ってもらえるだろうか。というか、生きて帰れるだろうか。


(ぶっちゃけかなり怖いけど、怖がってても始まらないわ。とりあえず突撃あるのみよ、ギルティ!)


 思い切ってベルを鳴らすと、使用人と思われる女性が出て、すんなりと中に通された。


「ベリ様は中庭にいらっしゃいます」


 全身に包帯をぐるぐる巻きにした、やたらインパクトの強いメイドがギルティを案内した。


 冬咲きのクレマチスがからみつくアーチを抜け、よく手入れされた美しい庭園に足を踏み入れると、日当たりの良い芝生の上にパラソルが立っていて、彼女はその下で紅茶を飲んでいた。


「いらっしゃい」

 テーブルセットに腰かけたベリ将軍が、やわらかく微笑んだ。


 いつものセクシーな軍服姿ではなく、小花柄のワンピースに、赤い毛糸のカーディガンという、清楚な格好だった。


「と、と、突然お邪魔して申し訳ありません、ベリ将軍」


「どうぞ、座って♪」


 ギルティはビクビクしながら席に着く。

 メイドが紅茶をれ、フルーティーな甘い香りが鼻をかすめた。


「ギルティちゃん、だっけ? 私に何かご用?」

 ベリ将軍はニコニコしながらたずねた。


「は、はいっ。あの、グウ隊長のことで、お願いしたいことがありまして」


「グウちゃんのこと?」


「はい」ギルティは緊張しながらうなずいた。「グウ隊長を、釈放していただきたいんです」


「ほお?」

 小首をかしげるベリ将軍。


「隊長が謀叛むほんなど企てるはずがありません。権力闘争とは無縁の人です。それは元上司である貴方もよく知ってらっしゃるはず。これ以上、取り調べを続けるのは無意味です。どうかベリ将軍のお力で、グウ隊長がはやく釈放されるように、お取り計らいいただけませんでしょうか」


「うーん」

 ベリ将軍は、つややかなラズベリーピンクの唇に人差し指をあて、しばらく考え込んだ。


 ギルティはドキドキしながら彼女の一挙手一投足を見守る。


 まともに会話をするのは、初めてだった。

 元魔王にして、魔王軍のトップ。魔界の超重鎮。

 思いのほかフランクな感じだが、どこか掴みどころがなく、何を考えているのかわからない。

 ただ……


(なんて綺麗なんだろう……)


 否が応でも目を奪われてしまう、その美貌。

 透き通るような真っ白な肌も、人形のように整った顔立ちも、思わず触れたくなるような、ふわふわの淡いピンク色の巻き毛も。何もかもが、目を惹きつける。


「うーん、ダメっ。まだ取り調べ中だからね♪」


 その答えを聞いたとたん、ギルティはしゅんと落胆の表情を浮かべた。


「どれくらいかかりますか?」


「どうだろ? しばらく終わらないかな♪」


 明るい調子で答えるベリ将軍。

 まるで釈放する気がなさそうな反応に、ギルティの胸の内に失意が広がっていく。


「……それじゃ、困るんです」

 ギルティはひざの上でぎゅっと拳を握りしめた。

「グウ隊長は……魔王親衛隊にとって、いえ、魔王城で働く皆にとって必要な人なんです」


 ここ数日、グウの代わりに隊長を務め、様々なトラブルや理不尽の嵐に見舞われながら、彼の存在の大きさを痛感した。

 グウが今までやってきてたこと――彼が築いてきた他の部署との関係性とか、彼がいたから融通が利く手続きとか……彼がいたから円滑にまわっていたことは、数えればキリがない。彼がときに壁となり、緩衝かんしょう材となり、自分たちを守ってくれていたのだと、身に染みて思い知った。


「グウ隊長は……四天王って呼ばれてるけど、威厳とかはなくて、ゆるくて、話しやすくて、だから皆にいろいろ頼まれて、振り回されて、いつもヘロヘロだけど……私たち部下のことを、ちゃんと見守ってくれてて……どんなに偉い人が相手でも、言うべきことはちゃんと言ってくれて……だからみんな、安心して働けるんです」


 ギルティの目にじわっと涙が浮かぶ。


「隊長がいなきゃダメなんです。お願いします。グウ隊長を返してくださいっ」


 ベリ将軍はキョトンとした表情で、ギルティの顔を見つめていた。

「そっかあ。慕われてるんだね、グウちゃん」

 それから、ちょっと身を乗り出して、テーブルに頬杖ほおづえをつくと、いたずらっぽくたずねた。

「ギルティちゃんって、もしかしてグウちゃんのこと好きなの?」


「えっ!!」

 ドッキーン、と心臓が脈打った。

「ち、ちちちち違います!! ただ上司として尊敬してるだけでっ!!」


(ヤバいわ! 男性として意識してるなんてバレ――じゃなくて、勘違いされたら、殺されるかも……!)


「アハハハッ。そんなに慌てなくてもっ。わかりやすぅ!」

 ベリ将軍はケラケラと笑った。


(あれ? 怒ってない?)


「べつに好きになってもいいんだよ? グウちゃんのこと」


「え?」

(いいの!?)


 ギルティはこの際、思い切って聞いてみることにした。


「あの、ベリ将軍は、その……グウ隊長と、どういうご関係というか……恋人同士だったりするんですか?」


「ううん。違うよ」

 笑顔で否定するベリ将軍。


「そうなんですか!」

 なぜかほっとしている自分がいた。


「うん。グウちゃんは私のものだけど、私、恋愛とか興味ないし。だから、べつにギルティちゃんが好きになってもいいよ」


(ん? んん!? どういうこと!?)

「えっと……それは……隊長はベリ様のものだけど、ほかの女がちょっかい出しても、気にしないってことですか?」

(二股OKってこと!? それとも、私ごときがグウ隊長に相手にされるわけがないと確信しているが故の余裕……?)


「ううん。そういう意味じゃなくて。うんとねー、私のものっていうのは、所有物っていう意味!」


「しょ、所有……?」


「わかんない? 所有って言葉、むずかしいかな。そうだなあ。たとえば、カブトムシは見つけた人のものだし、魚は釣り上げた人のものでしょ? そういう感じ。グウちゃんは私が見つけて、私が捕まえたから、私のもの! ちょっと、私、説明うまくない!?」


 ギルティはポカンとした。

 この人は何を言ってるのだろう。


「す、すみません、よく意味が……隊長は虫でも魚でもないですし、誰のものとかじゃなく、自由で独立した個人だと思いますけど……」


「ん? 自由じゃないよ? 首輪なしで放し飼いにしてるだけ。てゆーか、首輪ごとデメちゃんに取られちゃったんだよねー」

 将軍は不満そうにぷくっとほほをふくらませた。

「でも、牢屋にぶち込んだってことは、もう要らないってことかな? 要らないなら、返してもらってもいいよね?」


 彼女はそこで、急にギルティの目をじっと見た。


「ねえ、そう思わない?」


 ギルティはゾクッとした。


 なんだろう、この奇妙さは。

 会話は成立してるのに、話が通じてない感じ。

 敵意も悪意もまったく感じないのに、なぜだろう……すごく怖い。


「ダ……ダメ、です」

 ギルティは本能的にそう答えた。


「えー、ダメかなー? じゃ、ギルティちゃんがデメちゃんの意思を確認してきてよ!」

 ベリ将軍は思いついたように、ポンッと手を打った。

「憲兵本部に『保釈申請書』っていう紙があるから、それにデメちゃんのサインもらってきて! そうしたら返してあげてもいいよ。そもそも逮捕を命じたのはデメちゃんだしねー」


「ほ、保釈申請書ですね。わかりました」

 ギルティはおびえながらも、コクリとうなずいた。


「うん。よろしく♪」

 ベリ将軍はニコッと華やかに微笑んだ。



 ガシャーン、と門扉が閉まる。

 敷地から出たギルティは、ふーっと息をついた。


(こ、怖かったー……)


 正直、最後のほうは生きた心地がしなかった。


 でも、どうにかグウを救出するための糸口が掴めた気がする。

 保釈申請書。


(待っててください、隊長。必ず魔王様のサインをもらってみせます……!)


 ギルティは心の中でそう誓い、颯爽さっそうと歩き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る