第104話 暗闇の面会

 魔王軍中央司令部。

 憲兵隊本部。


 地下牢獄へ続く入り口の前で、ギルティは見張りの憲兵とにらみ合っていた。


「なんでグウ隊長と面会できないんですか!? ちょっとでいいから会わせてください!」


「まだ取り調べ中だ! さっきも言っただろ!」


「あれから二時間も経ちました! グウ隊長が謀叛むほんなんて起こすわけないんだから、取り調べなんてすぐ終わるでしょっ!」


「勝手なこと言うな! 何を言ってもダメなものはダメだ!」


 そうして追い返され、ギルティは「みいいいいっ」と独特な地団駄じだんだを踏んだ。

 追い返されるのは、本日三度目だった。



 * * *



 同じ頃、グウは地下の牢獄で、屈強な憲兵たちに囲まれていた。


「元親衛隊長グウ! 魔導協会との関係、およびシレオン伯爵殺害について、洗いざらい吐いてもらうぞ! どんな手を使ってでも自白させろと上から言われているからな!」


 やたらと声のデカい憲兵隊の隊長が、脅すようにそう告げる。


「上って誰ですか?」

 パイプ椅子に座ったグウは、手錠をはめられた両手のあたりに視線を落としながら聞いた。

「中央司令部の最高司令官は、ベリ将軍ですよね? でも今は遠征中で、帰ってくるのは明後日じゃなかったっけ? 誰がそんな注文つけたんですか? カーラード議長?」


「答える必要はない!!」

 憲兵隊長は急にクワッと恐ろしい形相になった。

「貴様にベリ将軍の予定を教えてやる筋合いなどないッ!!」


(え? そこ?)

 グウは思わず目を丸くする。


「そうだぞ貴様ァ!! ベリ将軍に取り調べてもらえると思ったら大間違いだ!!」

「ちょっとベリ様に気に入られてるからって、調子こいてんじゃねえぞぉ!」

 まわりの若い憲兵たちが口々に叫ぶ。


「え、あの、何の話……」


「ベリ様の部屋に入れてもらいやがって、この野郎!!」

「四天王だから手出しできずにいたが、ようやく憂さを晴らす時が来たぜ!!」

「今、抵抗できないんだってな! いい気味だ!」


(ちょっと待って……こいつら、ベリ将軍のことしか眼中にないんですけど!)

 尋常じゃない敵意を前に、ヤバい場所に来てしまった、とグウは思った。


「ベリ様とどういう関係なんだゴルァ!! 吐けぇ!!」


 バキッ、と木の棒で思い切り後頭部を殴られる。

 が、棒のほうが折れて、真っ二つになった。


「なっ! この野郎! 抵抗すんじゃねえ!」

 別の憲兵がナイフを抜いて、刃先をグウのほほに押し付けた。

「くっ、切れない!」


「なぜだ! 魔法による制約で、抵抗できないはずじゃないのか!」


「抵抗してねーし。ただ皮膚が丈夫なだけだし」

 グウはげんなりした顔で言った。

「無抵抗だからって、そう簡単に拷問できると思うなよ。つか、せめて反逆罪の件で拷問しろよ」


「ぐぬぬぬぅ……」

 憲兵たちは歯ぎしりしながら、腹立たしげな表情を浮かべた。


「なるほどな。これは手強そうだ」

 そんな中、憲兵隊長だけは余裕ありげな笑みを浮かべて見せた。

「だが、ここにはお前のようなタフな魔族の口を割らせるための、とっておきの装備があるのだ。おい、あれをよこせ!」


 ハイッ、と若い憲兵が返事をし、白い箱と金槌かなづちを彼に手渡した。


(金槌? 痛そうだけど、まあ大丈夫……)


「ベリ将軍の蛇の牙を混ぜて鋳造ちゅうぞうした、特注品だ」

 憲兵隊長はそう言って、パカッと白い箱を開けた。


 そこには、長くて太い、大量の五寸釘が入っていた。


「将軍の魔力がたっぷりこもったこの釘の前では、どんな分厚い皮膚も一発でブスリだ」


「うーわ……」

 グウは思い切り顔をしかめた。

「すみません。さっきのナシで。やっぱ拷問とか良くないと思います」

 彼はあっさり前言を撤回した。



 * * *



 次の日の夜。


 二日間にわたって何度も憲兵隊本部に頼みこんだ甲斐あって、ギルティにようやく面会の許可が下りた。


 見張りの憲兵がうんざりした顔で、「ついて来い」と告げ、彼女は地下牢獄へと続く階段を下りていった。


 地下へ下りると、薄暗くジメジメした通路に、独房がずらりと並んでいた。

 独房はそれぞれ、重たい鉄の扉で閉ざされている。


 近代的な刑務所とはまったく違う、中世の牢獄をそのまま使っているような雰囲気だった。


 案内の憲兵は、一番奥の独房の前で止まった。

 どっしりとした黒い鉄の扉に、ポストのような細長いのぞき穴がついており、憲兵はそこから中へ声をかけた。


「お前に面会だ」


 しばらくして、中から声がした。


「面……会……?」


 何だか弱々しい声だった。


「そう、お前んとこの副隊長が――あ、今は隊長か。何度も押しかけられて鬱陶うっとうしいから、一度だけ許可してやる」


 少しの沈黙のあと、こんな返事があった。


「明かりを消してくれ」


「明かりを? 何でだ」


「いいから。頼む」


 まあいいだろう、と憲兵は言って、外から独房内の明かりを消した。


 扉は開けてもらえず、どうやら、こののぞき穴越しに面会しろということらしい。

 ギルティは細い穴を覗き込んだ。


 中は真っ暗で、何も見えなかった。

 覗き穴から差し込む光が、わずかに床の一部を照らしているに過ぎない。


「隊長? あの……」

 暗闇に向かって、声をかける。

 そういえば、何を話そうかまったく考えてなかった。

「お、お元気ですか?」


 気の抜けた質問をしてしまう。

 ややあって、暗闇の中から応答があった。


「うん。元気だよ」


 普段と変わらない、ゆるいトーンだった。


「ほんとに? ちゃんとご飯食べれてますか? ベッド固くないですか?」


「うん。部屋は寮とたいして変わらないかな。むしろこっちのほうが快適かもしれない」


 明るい調子で答えるグウ。

 このジメジメした地下牢獄が本当に快適なのかは疑わしかったが、元気そうな声に、とりあえずホッとする。


「親衛隊の皆は変わりないか? ビーズは妹に会えたのかな?」


「はい。ちゃんと会えましたよ。落ち着くまで、しばらく女子寮で預かってくれるって、寮母さんが言ってました」


「そっか。よかった」

 安堵したような声。それから少し申し訳なさそうに、

「ごめんな。急にこんなことになって……」


「いえ。私、信じてますから! 隊長が魔王様を裏切ったりするはずないもの!」

 ギルティは自信満々に言った。


「……ああ。俺は魔王様を裏切ってない。ただ……魔王様の信頼は裏切ってしまったかもな……」


 少し悲しげな声に、ギルティは返答に悩む。

 なんとか励まさねばと思った。


「大丈夫ですよ、隊長。ちゃんと話せば、きっと魔王様も分かってくれるはずです。私、明日にでも魔王様にお願いしてみようかと思ってて! いえ、むしろ、今からでも……!」


「待て! 無茶するな、ギルティ!」


 ガタッと中から物音がした。

 同時に、ジャラ、と鎖が擦れ合うような音が聞こえて、ギルティは不安になった。


「隊長……?」

 覗き穴に顔を近づける。

 地下牢のかび臭い匂いに混じって、血の匂いがした。


「今、魔王様に意見するのは危険だ。俺が思い切り機嫌を損ねてしまったから。それに、下手に動いたら、お前までカーラード議長に目をつけられかねない」


 独房の中は、血の匂いが充満していた。

 目を凝らすと、わずかに光が差した床に、緑色の血痕が見える。血痕は扉の近くから闇の中へと点々と続いていた。


「隊長……本当に大丈夫ですか?」

 ギルティは震える声でたずねた。


「ああ、大丈夫だ。俺のことはいいから、親衛隊の皆のことを頼む」


 グウの声は優しく落ち着いていたが、その言葉だけでは、到底安心できるはずもなかった。


「来てくれてありがとな。お前の声が聞けて、なんかこう……気分転換になったよね」


 ギルティは泣きそうになった。

 恐さ、不安、もどかしさ……いろいろな感情がごちゃ混ぜになって、胸が苦しかった。


「隊長、きっとすぐに出られますから。私、待ってますから」


 彼女は最後に「また来ます」と告げて、その場を後にした。



 憲兵隊本部を出るとき、見張りの兵のこんな会話が耳に入った。


「ベリ将軍だが、明日の朝にはこちらに到着されるそうだ」

「そうか。久々にお姿を拝見できるな」


 ギルティはふと思った。


 ベリ将軍。

 魔王軍中央司令部の最高司令官であり、軍のアイドル的存在。


 彼女なら、もしかするとグウを助けられるんじゃないだろうか。


 無茶するなと言われたが、何もしないで待ってなんかいられない。

 自分がなんとかしなければ、と彼女は思った。

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