第103話 隊長、クビになる

 音声を再生し終わったカーラード議長は、

「お前の声に間違いないな、グウ」

 と、勝ち誇ったように言った。


 魔王の右隣では、デュファルジュ元老が額に手をあてて、あちゃーという顔。


 グウはダラダラ冷や汗を流しながら、スゥー……と歯の隙間から息を吸うしかなかった。


「ひ、ひとつだけ弁解させていただきますと……若干、編集に悪意を感じるというか……最終的には、この話は断っておりまして……」


 おそるおそる魔王の顔を見上げる。きっとブチ切れているに違いない。

(殺される……ぜったい殺される……)


 だが、グウの予想に反して、魔王はショックを受けたような顔で固まっていた。


「まさか、本当に会っていたとは……」


 愕然がくぜんとした顔でつぶやく魔王に、グウは居た堪れない気持ちになった。


「お前は今まで、事あるごとに、人間を殺すなと言ってきたな……ハナから人間の回し者だったのか……150年も前から」


「違います、魔王様!」

 グウは慌てて首を横に振った。

「たしかに、以前、魔導協会と関わりがあったことは事実です……ですが、今回は本当に会っただけなんです。信じられないと思いますが、本当に!」


「じゃあ、なぜ黙っていた!! やましいことがないなら、なぜ隠れてこっそり会ったりするんだ!!」


「それは……」


「魔王様のおっしゃる通り」と、横からカーラード議長。「隠していたのは、逆心がある証拠。さきほどの会話からもわかる通り、こやつが魔導協会と組んで魔王様を亡き者にしようと画策していたのは明白です。おおかたシレオン伯爵を殺害したのも、この秘密を知られたことによる口封じかと」


「違います! 俺はそんなこと企んでないし、伯爵を殺したりなんかしてない!」


「いかにも無害そうな顔をして、なんと恐ろしい奴であろう。そう思いませぬか、デュファルジュ元老?」


「ええ、まったく」

 同調してうなずくデュファルジュ元老。

 とてもかばい切れないと判断したらしい。


(くっ、あっさり見捨てられたか……)


「もうよい。連行せよ」


 カーラード議長が憲兵に命じると、彼らはグウを取り囲んで、いっせいに長いやりを向けてきた。


「待ってくれ。まだ話は終わってない」


 グウが槍を掴んで押しのけると、憲兵たちはひるんで後ずさりした。


「情けない兵どもだ。捕まえやすいよう、私が手足をちぎって動きを封じてやろう」

 そう言って、壇上から降りるカーラード議長。

 邪悪な笑みを浮かべて近づいてくる。


「くっ」

(どうする!? ここで議長と戦うとか無理! でも、捕まるわけにも……)

 

「二人とも動くな」


 ふいに魔王の声が響く。


 壇上を見上げたグウの目に飛び込んできたのは、彼の手に握られたペンダントが放つエメラルド色の光だった。鮮やかな緑色の瞳に似た、世にも美しい宝石。


「それは……!!」

 グウは大きく目を見開いた。

「お待ちください! 魔王様!」

 思わず憲兵をかき分けて、前に身を乗り出す。


「動くな!!」


 その瞬間、ズキッと胸に激しい痛みが走った。

「う゛っ」

 体を内側から刃物でえぐられるような耐え難い痛み。

 グウは胸をおさえてその場にうずくまった。


「一切の抵抗を禁じる。大人しく取り調べを受けろ」

 魔王は冷たい声でそう命令した。


 グウは地面に這いつくばったまま、小さく「……はい」と答えた。


 憲兵に連行されていくグウから目を背けるように、魔王は玉座のほうに向きなおった。


「魔王様、その石は一体……?」

 広間から憲兵たちが出ていったところで、カーラード議長がたずねた。


「これは……何ていったっけ……ナントカの目。昔、ベリを倒したときに戦利品として奪ったものだ。もともとはベリがグウを従わせるのに使ってたらしい」


「なるほど。では、それがある限り、奴は魔王様に逆らえぬというわけですか。それでグウは、その石を取り戻すべく、人間の手を借りて魔王様を討とうと……フッ、なんと愚かで哀れな奴よ」


「…………」


「しかし、この場でお手討ちになさらないとは、魔王様は情け深いお方だ」


「……あいつには、いろいろと世話になったからな」

 魔王は暗い表情で目線を落とす。


「しかし、特別扱いはいけません。取り調べの結果、有罪が確定すれば、そのときは、すみやかに処刑すべきかと」


「むろん、そのつもりだ」

 魔王はそう言って、出口に向かって歩き出した。

 そして、扉の前まで来ると、ふと足を止めて振り返った。


「お前は裏切るなよ」


「何ですと?」


「力任せに暴れるしか能の無かった俺を、王にまで押し上げたのはお前だ。頼りにしているぞ、カーラード」


「有難きお言葉。恐悦至極に存じます」

 カーラード議長は満足げに微笑んだ。



 * * *



 朝10時。

 魔王親衛隊執務室。


 その日は、始業時刻の9時になってもギルティが姿を見せず、隊員たちは不思議がっていた。

 ようやく彼女が現れたのは、一時間後。


「珍しいですね、副隊長が遅刻なんて」

 ガルガドス隊員が言った。


「隊長が復帰したら言いつけちゃおっと」

 フェアリー隊員がニヤニヤしながらからかう。


「隊長は……」

 ギルティは呆然とした表情で、口を開いた。

「隊長は逮捕されました」


「はっ?」「え?」


「グウ隊長は、本日付けで魔王親衛隊長を解任され、さきほど私が隊長に任命されました……」

 彼女はほとんど放心状態で、隊員たちにそう告げた。

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