第102話 破滅

 武器を持ち、完全に武装した憲兵たちが、グウの両側にずらりと並んでいる。

 この謁見えっけんの間にたどり着くまでの間も、ずっと彼らが横をついて来たが、やはり相手が四天王ということで、誰も手出しはしてこなかった。


 やたらと厳粛な雰囲気の中、グウは赤い絨毯じゅうたんの上を進んでいき、玉座の数メートル手前でひざまずいた。

 ジャージから親衛隊の制服に着替えてきてよかった、と心から思った。


「お時間をいただき、ありがとうございます。魔王様」


「あ、うん。シレオンの件?」

 人がたくさんいるせいか、魔王はキョロキョロと落ち着かない様子だった。


「シレオン殿の訃報なら、すでに魔王様にお伝えしておるぞ」

 魔王の右隣に立つ、デュファルジュ元老が口を開いた。

「お前さんが殺したと皆が申しておるが、どうなんじゃ?」


「私ではありません。犯人は伯爵の秘書です」


 フン、と魔王の左隣にいるカーラード議長が鼻で笑った。

「たかが秘書ごときに、四天王たるシレオン伯爵が殺せるものか。だいいち動機がなかろう。もう少しマシな嘘をつけんのか、グウよ」


(やはりカーラード議長は邪魔してくるか。だが……)

 グウはまっすぐに議長を見返した。


「動機は私にもわかりません。むしろ、あなたのほうがよくご存じなのではありませんか? カーラード議長」


「何ぃ?」

 議長が思い切り顔を歪めた。


「議長はシレオン伯爵とずいぶん親しかったようなので。聞きましたよ。私を陥れるために、伯爵にいろいろと頼み事をしていたそうじゃないですか」


 今回ばかりは、言われっぱなしで黙っているわけにはいかない。

 カーラード議長には、言いたいことが山ほどある。

 いい機会だ。

 全部言ってやる。魔王の面前で。


 フンッと議長は一笑に付した。

「何の話だ。馬鹿馬鹿しい。なぜ魔王様の第一の配下である私が、ともに魔王様をお支えすべき、親衛隊長の貴様を陥れる必要があるのだ? そんなことをする理由がどこに? 作り話も大概にするがいい」


「ええ、理由なんかないはずですよね。あるなら、こっちが聞きたいくらいだ。私を親人間派と決めつけ、隊員を利用してまで潰そうとしてくる理由を!」

 グウは議長の圧に動じず、強い口調で言った。

「この際はっきり言わせていただきますが、私は人間に対して特別な思い入れもなければ、あなたみたいな政治的野心もない。勝手な想像で姑息こそくな嫌がらせをするのは止めていただきたい!」


 広間にいる全員の視線がグウに注がれた。

 あいつ議長になんてことを……という憲兵たちの慄然りつぜんとした顔。


「……若造が。この私に、よくもそのような生意気な物言いを……!」

 カーラード議長が怒りで声を震わせた。

「人間に思い入れがないだと!? 白々しい!! お前は魔導協会の手先だろうが!!」


「なっ」

 予想外のワードに、グウは動揺した。

(なんで魔導協会のことを!?)


 魔導協会との関係については、誰にも話したことがない。

 少なくとも魔族で知っている者はいないはずだ。


「落ち着けよ、二人とも」

 魔王が複雑そうな顔で止めに入る。彼はグウのほうを見て、こうたずねた。

「おい、グウ。いちおう聞くが、魔導協会と接触したことはあるのか?」


 グウは頭の中で素早く状況を整理する。

 落ち着け、俺。

 あの日、ダリア市のホテルでコーデリア・エルドールと会ったとき、誰にも話を聞かれないように、細心の注意を払ったはず。

 周囲には誰もいなかったし、会話の内容が漏れることはない。

 まさか魔導協会側が、宿敵である魔族に情報を流すとも思えないし。


 おそらく、これはカーラード議長の揺さぶりだ。

 取り乱したら負ける。


「いいえ。接触する理由がありませんので」

 グウはきっぱりと答えた。


「だそうだ、カーラード。俺もグウが魔族の敵と通じているとは思えん。そこまで断定するだけの根拠はあるのか?」

 魔王がたずねた。


「もちろん。グウが魔導協会と接触していたという証拠がございます」


(え、証拠あるのっ?)

 何だろう。密会写真とか?

 いや、万が一、写真を撮られたとして、一緒にいる女が魔導協会の人間だなんて、証明できないはず。

 魔導協会は秘密結社だ。協会員の素性は秘匿ひとくされている。だからこそ、コーデリアが魔族だらけのホテルにノコノコやって来れたのだ。


「これが、その証拠でございます」

 カーラード議長はふところから、片手サイズの黒くて細長い電子機器を取り出した。


(何だ、あれ?)


 その見慣れぬ物体がボイスレコーダーであることを、グウは音声が流れ始めてようやく理解した。


《申し遅れました。私は魔導協会ヴァルタ支部・支部長コーデリア・エルドール。お会いできて光栄です、グウ隊長》


 その場に響き渡るコーデリアの声に、グウの顔は凍りついた。


《単刀直入に申しますと、もう一度あなたと協力関係を結びたいのです》

《あなた方と付き合いがあったのは、もう150年以上も前の話だ。あの頃とはだいぶ事情も違います》


 紛れもない自分自身のセリフ。

 何で!? どうやって!? 動揺が止まらない。


《要するに、あなたは人間の味方であると、私は認識しています》

《魔王デメを倒すのは無理ですよ。魔力がケタ外れなのはもちろん、肉体もありえないほど頑丈で、運動能力もえぐい。ほとんど不死身の化物です》


 ひいいいいやああああ、とグウは心の中で悲鳴を上げた。

 恐ろしくて魔王の顔を見られない。


《それは……俺にスパイになれということですか?》

《要約すると、そういうことです》


 ブツッ、と音声はそこで途切れた。


 静まり返る室内。

 滝のような冷や汗が、グウの顔をつたう。


(ヤバい……ヤバすぎて吐きそう……)

 グウは思わず口をおさえた。

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