第101話 秘密の宝箱

 グウが会いに来た。

 きっとシレオン殺害についての申し開きに違いない。


「確かめたいことがある。少し待っていろ」

 魔王はそう告げると、部屋の出口に向かって歩き出した。


「魔王様!? どこに行かれるので!?」


 驚いたデュファルジュが後ろで何か叫んでいたが、かまわずに部屋を出る。


 仄暗ほのぐらい石造りの廊下。

 まわりに人がいないことを確認した魔王は、すっと右手を前に伸ばした。


「海よ」


 そうつぶやくと、魔王の人差し指にはまった指輪が、カッと強い光を放った。

 普段は暗い藍色をしている四角い宝石が、ウミホタルのほうに青白く輝いたかと思えば、その宝石から光るしずくがぽとりと落ちて、床に水たまりをつくった。


 神秘的な光を放つ青い水たまり。魔王はそこにぴょんと飛び込んだ。



* * *



 頭上には、明るく輝く水面。

 周囲は大きな岩に囲まれており、下を見ると深い縦穴が続いている。


 魔王が『海』と呼んでいるこの不思議な空間は、もちろん魔法で作り出された異空間である。


 秘宝・海耀石かいようせき

 魔王が常に身に付けているこの宝石は、シレオン伯爵のハンカチと同様、異空間を簡単に出現させるためのアイテムである。

 彼が魔王になる以前から持っていたものだが、自分で作ったのか、誰かに作ってもらったのか、そのあたりの事情は忘れてしまった。なにしろ300年以上前のことだ。

 

 魔王はゆっくりと縦穴の中を沈んでいった。

 そうすると、穴の先にまたしても揺らめく水面が現れた。


 ザパンッ


 水面をくぐり抜けた先には、巨大な洞窟が広がっていた。

 底には水が溜まっていて、その上に一隻の船が浮かんでいる。海賊船っぽい趣のある、大きな帆船だ。

 船に灯された多くの灯りのおかげで、洞窟の中は明るかった。


 魔王はゆっくりと、その船のデッキに降り立った。

 不思議なことに、髪も服もまったく濡れていない。


 デッキの上は、ごちゃごちゃしていた。

 あちこちに宝箱が積み上がっていて、そこからこぼれ落ちた宝石や、様々な時代の金貨が床に散らばっている。

 また、何に使うのかわからないガラクタや、アーケードゲームの筐体きょうたい、古いゲーム機とそのカセット類、表紙に『魔界大百科 第22巻』と手書きで書かれたノートなど、財宝とは言えない物も脈絡なく置いてある。


 それらは、これまで魔王が手に入れた戦利品や、蒐集品、何となく捨てられない物、人に見られたくない物、などであった。


 ここは魔王の隠れ家。

 秘密の宝箱なのだ。


 魔王はデッキを歩き、宝の山をかき分けて、ある大きな物を引きずり出した。

 黒いひつぎである。


 棺には金色の鎖が巻き付けられていて、ゴージャスな南京錠のような錠前がついていた。よく見ると錠前には、円の中に七芒星という魔法陣っぽいマークが刻まれている。魔王が手をかざすと、ガチャンと鍵がはずれ、重そうな音とともにふたが開いた。


 棺の中には、一体の干からびたミイラが横たわっていた。

 優美な白い服はそのまま残っているが、左目や右手など、体の部位が一部欠損している。


「おい、シレオン。お前は本当に死んだのか?」


 そう。このミイラこそ、シレオン伯爵の本体。300年前に封印された不滅王シレオンの真の姿――が乾燥した姿だった。


「本当は死んだフリしてるんじゃないの? お前が死んだと聞いて、俺が確認のために封印を解く。これが狙いだろ。ほら、今がチャンスだぞ? 動いてみろよ」


 万が一、動き出して襲い掛かってきたとしても、もう一度倒せる自信があった。

 シレオンは古の魔族の中でもトップクラスの生命力を誇り、体の一部からでも復活するため、倒すのに骨が折れる。が、それはそれでストレス発散になる。


「おーい。また封印しちゃうぞー」


 などとあおってみるが、ミイラはぴくりとも動かない。


「なんだ。本当に死んだのか」


 魔王はふうとため息をつき、棺を閉じた。

 それから魔法で棺を持ち上げると、静かに水の中に沈めた。


(あ、そういえば、アレどこにやったっけ……)


 魔王はふいに何かを思い出して、デッキの上で探し物を始めた。

 二つ、三つ宝箱を開けると、案外すぐに目当ての物は見つかった。


 それは、エメラルド色に輝く宝石に金の鎖がついた、美しいペンダントだった。

 親指より少し大きいくらいの楕円形の宝石で、中心部の色がより深い緑色になっているため、どことなく動物の目のような印象を与える。


 魔王はそれを持ち上げようとして、ふと動きを止めた。

 少し考え込んだあと、


「念のためだ」


 自分に言い聞かせるようにつぶやき、そのペンダントをガウンのポケットに入れた。



 * * *



 待たされること、三十分。

 ようやくグウに声がかり、謁見えっけんの間に通された。


 扉が開くと、そこには魔王のほかに、デュファルジュ元老や、中央司令部の憲兵隊がずらりと並んでいた。

 そしてもう一人、予期せぬ人物の姿があった。


(カーラード議長……!)


 玉座に座った魔王の隣に、赤黒い皮膚をした四本角の大男が立っていて、壇上から冷たい視線をグウのほうに送っていた。

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