Case9 職場恋愛は難しい

第100話 容疑者

 王都ドクロア。

 憲兵隊支部にて。



 閉塞感バツグンの狭い取調室の中で、グウは険しい顔をした尋問官と向き合っていた。


「いい加減に話してもらえますか、グウ隊長。なぜシレオン伯爵を殺したんです? いくら魔界とはいえ、貴族の殺害となると、さすがに捜査しないわけにもいかないんですよ」


「だからぁ、何回も言ってるじゃないですか。俺じゃないって。殺ったのは伯爵の秘書のデボラですって」


「だから、その秘書はその時間、人間界にいたことが確認されてるんですよ。異空間を通って絵の中から現れた、なんて馬鹿げた言い訳が通用するとでも?」


「だって本当にそうなんですから、仕方ないでしょう」

 グウはうんざりした顔で言った。


 かれこれ一時間くらい、ずっとこの繰り返しである。


「で、伯爵の部屋で倒れていたという娘は何者なんですか? 我々が駆けつけたときには、すでに姿はありませんでしたが。その娘も共犯ですか?」


「えぇ? そんな子いましたっけ?」


 グウはすっとぼけた。

 ビーズの妹は、憲兵が来る前に屋敷の外に逃がしたのだった。


 ダリア討伐の件を説明すると話がややこしくなりそうなので、この場では黙っていた。せっかく軽い処罰で済んだ反逆罪の件を蒸し返したくはない。


「とぼけないでください。二人の秘書が見たと証言してるんです。どこに行ったんですか?」


「あ、あー、思い出した。道でナンパした子だ。家に帰ったんじゃないかなぁ?」

 苦しい言い訳をしながら、グウは斜め上のほうに視線を泳がせた。


「どこに住んでるんです? 名前は?」


「さあ、知らないなぁ。ワンナイト的なアレなんで。詮索するのも野暮じゃないですか」


「ワンナイトでも名前くらい聞くでしょう。ていうか、なんで人の家に行くのに、途中で女を拾って行くんですか。おかしいでしょう!」

 バンッと机を叩き、声を荒げる尋問官。


「べつにいいでしょう! 行きずりの女と他人の家で寝るのが好きなんですよ! そういう性癖なんですよ!」

 わりと終わってる言い訳で応戦するグウ。


「いい加減にしろお!! そんな性癖の奴いるか!!」


「ちょっとぉ! 人の性癖を否定しないでくださいよ! 傷ついたので帰ります!」

 グウは無理やり話を切り上げて席を立った。


「待て!! まだ話は終わってない! 勝手に帰ることは許さん!!」


「許さん?」

 グウは立ち止まって振り返った。

「許さないなら、どうすると? 力づくで引きとめますか?」


「ぐっ……」

 尋問官はたじろいだ。

 いくら貫禄がないとはいえ、相手は魔界四天王。戦えば勝ち目はない。

「でしたら、正式に逮捕状を請求しましょう。あなたは魔王様直属の配下だ。議会を通して魔王様に引き渡しを要求させていただきます」


「どうぞ。どちらにせよ、戻って魔王様にきちんと説明するつもりですので」

 グウは毅然とした態度でそう答えると、取調室をあとにした。



* * *



 翌朝。

 魔王城。魔王の寝室にて。



「はっ? グウがシレオンを殺した?」


 デュファルジュ元老から報告を受けた魔王は、寝不足で充血した目を丸くした。


「何かの間違いだろ。ていうかシレオンって死ぬの?」


「まだ正確なことはわかりませんが、どうやらシレオン殿が亡くなったのは事実のようです」

 スケスケ頭のデュファルジュ元老は、深刻な表情で答えた。


「信じられんな。殺しても死ななかったから封印したのに」

 魔王は釈然としない様子で首をひねる。


 そのとき、コンコンとノックの音がして、扉の外で従僕がこう言った。


「魔王様、カーラード議長がお越しになりました。是非お目通り願いたいと」


「何? カーラードがっ?」

 デュファルジュ元老の顔がひきつった。


「珍しいな。通せ」

 と、魔王は命じた。


 そして、謁見の間。

 赤黒い肌をした四本角の大男――カーラード議長がそこで待っていた。魔王とデュファルジュ元老が現れると、彼は丁寧な挨拶を述べた。


「堅苦しい挨拶はいらん。用件は何だ、カーラード」


「是非ともお伝えしたいことがあって参りました。グウのことでございます」

 カーラードは低い声でゆったりと答えた。


「シレオンのことなら聞いてるぞ。俺にはアイツが殺したとは思えんが」


「シレオン伯爵の件だけではございません。グウには謀叛むほんの疑いがございます」


「謀叛? グウが? ははっ、まさか!」

 魔王は思わず笑った。


「憶測で申し上げているのではございません。魔王様、魔導協会を覚えておいででしょうか?」


「魔導協会? あー、いたな、そんな奴ら。たしか人間界の魔法使いの集まりだっけ」


「いかにも。人間界との戦争では、あちら側の最大戦力でした。そもそも打倒魔王を掲げて結成された組織であり、いまだに魔族を滅ぼさんと暗躍する、いわば魔族の宿敵ともいえる存在。グウはその魔導協会の手先です」


「いやいや、ないない」

 魔王はパタパタと手を振った。

「たしかに、あいつは妙に人間をかばうところがあるが、あれは思想とかじゃなくて、そういう性格なだけだろ。お前が心配するようなことはないぞ、カーラード」


「そうそう。思い違いではありませんか、カーラード議長」

 デュファルジュ元老も作り笑顔でうなずいた。


「私もそう思いたいところですが、残念ながら証拠もあるのですよ、デュファルジュ殿」


 カーラードが自信ありげな笑みを見せた直後だった。

 またしても従僕から知らせが入った。


「グウ隊長がお見えになりました。魔王様にお伝えしたいことがあるそうです」


「ちょうどいい。本人に直接聞いてみましょうぞ」

 カーラードがにやりと笑った。




********************

限定ノートに100話記念SSを公開しました。

1500字程度の日常おまけストーリーです。よろしければご覧いただけると嬉しいです。

https://kakuyomu.jp/users/aji_ayumura/news/16817330667087351375

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