第92話 グウの剣
長らく掃除されていないガラス張りの天井から、
巨大なドラゴンの骨格標本の影が床に映るホールで、二人は剣を構えて対峙した。
ひりついた空気が流れ、隊員たちは
ビーズの剣は、両手持ちのロングソード。
真っ直ぐな両刃の剣で、先端が細く鋭利な青白い刀身は、どことなく
対して、グウは
刀身は細く、片刃でわずかに反りがある。
前者は魔王の骨を、後者は牙を材料に混ぜた、魔王親衛隊専用武器『デメント』。
切れ味、強度ともに申し分なく、どちらも魔界最高峰の剣であることに違いはなかった。
「グウ隊長の戦いを見るの、何年ぶりだろう……」
ギルティが応急処置を施している最中に、ゼルゼ隊員がつぶやいた。
(そんなに戦ってないんだ、グウ隊長……)
そういうギルティも、グウの戦いを見たのは一度きりだ。
シビト子爵家の葬儀のときだったが、あのときは一瞬のことで、ほとんど何も見えなかった。
「あの、すごく当たり前のことかもしれませんが、グウ隊長って……強いんですよね?」
ギルティは、前々から思っていた疑問を口にした。
「当たり前じゃん。アタシたちが弱い奴に従うわけないでしょー」
ドリス隊員がけだるげ答えた。
たしかに、グウの魔力は
それは魔力を借りたことがあるギルティもよく知っている。
(でも、グウ隊長の魔法は、人間界じゃ絶対に使えない。剣だけでビーズさんと戦えるの……?)
相手は魔王親衛隊の中でも一、二を争う実力者。
彼女は不安をぬぐい切れなかった。
グウはビーズに対し、体を斜めに向け、剣を持った右腕をまっすぐに伸ばしていた。
直立不動のシンプルな構えだが、まったく
ビーズは
実のところ、グウがどういう剣術を使うのか、ビーズは知らないのである。
そもそも、グウが剣を抜くほどの事態なんて、滅多に発生しない。
たとえ魔王城の中で
「勝てるのか?」
ふいに、グウがたずねた。
「え?」
「お前は俺を倒すために、ゼルゼとザシュを食ったと言ったな。でも、アイツらの魔力をぜんぶ吸収したわけじゃなくて、腕を食っただけだ。それで俺に勝てると思うか? 勝算があってこんなことをやってるのか?」
この期に及んでまだ上司っぽい物言いをするグウを、ビーズはキッと
「たしかに、あんたは強いよ。けど、もう何年もまともに戦ってないだろ。ずっと管理系の仕事ばっかしてて、現場に出てないもんな」
ビーズは自信を誇示するように、口元に笑みを浮かべて見せた。
「それに比べたら、俺たちのほうが断然、戦闘の機会は多いし、城外でほかの魔族を食って強くなってる。あんたは止まってるけど、俺たちは成長してるんだ」
「まあ、それは、そう……」
グウは言いながら頭をかいた。
「それに、あんたは魔法を一つしか使えないらしいじゃねーか。しかも、使いどころがない禁断の技。いくら魔力で勝っていても、それを活かせないんじゃ意味ないぜ!」
そのセリフを言い終わるや否や、ビーズの長剣が青く光り出した。
「
彼は勢いよく剣を横薙ぎに振るった。
鋭利な氷の結晶が、グウに向かって一斉に放たれる。
グウは素早くホールを駆け、結晶はその後を追うように床に刺さった。
ビーズは様々な角度から何度も
さすがに動きが速いな、とビーズは思った。
彼は遠距離攻撃ではグウは仕留められないと判断し、氷華弾を放った直後に駆けだした。
あっと言う間に距離をつめ、結晶を避けた直後のグウに斬りかかる。
グウはバランスを崩しながらも、サーベルで受け止めた。
激しい打ち合いになった。
スピードは互角のように見えた。
ビーズの剣は我流だったが、おそらくそれは相手も同じことだろう。
魔界にもいちおう剣術道場があるらしいが、ほんの数か所だけで、そこでしっかりと技術を学んだ者など、数えるほどしかいない。
(結局のところ、剣の腕どーこーより、身体能力がものを言うのが魔界。俺は速さでは隊長に負けてない。勝機は十分にある!)
ビーズは長剣を握る両手に力をこめた。
素早く足を前に踏み込み、体重をのせた斬撃を打ち下ろす。
ガキンッと剣が弾かれ、グウのサーベルの切っ先が下方に流れた。
その隙を逃すまいと、ビーズが刺突を繰り出そうとした、次の瞬間――、
グウがぐるんと手首を返して、斜め下から高速でビーズの顔面を斬り上げた。
「うっ!?」
恐ろしく滑らかで無駄のない切り返しだった。
とっさに後ろに上半身を反らして避けたため、
「さすがの反応速度だな」
グウは冷静にそう言うと、ゆったりと左に歩を進めた。
ビーズと一定の距離を保ったまま、じりじりと円を描くような足運びをする。
横に回り込まれては困るので、ビーズも合わせて動かざるをえない。
(もう一度、
氷の結晶を飛ばすためには、一定方向に全力で剣を振りぬかなければならない。
どうしても大きな隙ができる。さっきの剣速でそこを突かれたら終わりだ。
ビーズが攻めあぐねていると、グウがいきなり右手を振り上げた。
斜め上から斬り下ろすサーベルの斬撃。
ビーズは長剣を横に構えて受け止める。
近距離での
ザシュッ!!
鋭い爪がビーズの脇腹を
「くっ」
ビーズは顔を歪めながら、後退して剣を構え直した。
不意を突かれたが、傷はそこまで深くはない。
(焦るな……! まだ致命的な攻撃は食らってない。相手の動きを見極めろ。攻撃に転じるときの隙を狙うんだ……!)
グウはまた、ゆったりと左方向に移動を始めた。
こちらに剣を向けたまま、間合いを計るように動く。
次は斬撃か、突きか、冷静な眼差しからは何も読み取れない。
そして、ふいに足を止めたかと思うと、また右手を大きく振り上げた。
(そこだ!!)
剣を振り上げたときにできる、右脇腹の隙を狙って、ビーズは斬撃を繰り出した。
――が、それはグウのフェイントだった。
彼は
「え」
思わず声が漏れるビーズ。
ガキイィン!!
剣を弾かれ、一瞬バランスを崩すビーズ。
グウは再び手首を返しながら、同時に前に踏み込んで、テニスラケットでも振るように、バックハンドでビーズの
「ぐっ!!」
ビーズはよろめきながら、グウから距離を取った。
かなり息が上がっている。冷や汗も絶え間なく流れた。
対して、グウは一貫して落ち着いた様子。
(一撃も浴びせられない……剣技のレベルが違う……!)
グウの動きは、身体能力に頼った自分の我流剣術とは違う、高度な技術を身に付けた、達人の動きだった。
(強い……)
剣では勝てないと、彼は悟った。
しかし、だからといって、ここで止まるわけにはいかない。
もう自分には道がないのだ。
(剣で勝てなくても、まだ俺には魔法がある!!)
ビーズは真上に高く剣を振り上げた。
「
すると、氷の結晶が大量に舞い上がり、キラキラと光を放ちながら、竜巻のように彼を取り囲んだ。
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