第90話 仲間意識

 ギルティは急いでエスカレーターを駆け下りた。

 まったく理由は不明だが、なぜか殺し合っている同僚たちに向かって叫ぶ。


「何やってるんですか、みなさん!? やめてください!!」


 しかし、隊員たちは戦いに夢中になっていて、ギルティの声はまったく届いていないようだった。


「ちょっと、みんな! 止まって! ねえ!!」


 唯一、負傷してうずくまっているガルガドス隊員だけが気づいて、はっとした顔でこちらを見た。

「副隊長……? 良かった、無事だったんですね!」


「ガルガドスさん! 大丈夫ですか!?」

 ギルティは彼のほうに駆け寄った。

「いったい何があったんです!? なんでこんなことに……」


「ううぅ、違うんです。止めようとしたんです……止めたかったのに……ううう……」

 ガルガドスは両手で頭を抱えてうなだれた。


 ギルティはさらに困惑する。


「ワン!!」

 と、ジェイルが一声鳴いて、どこかに向かって駆け出した。


 その直後、

 ザシュルルトが勢いよくふっ飛んできて、ドオンッと壁に叩きつけられた。


 壁にヒビが入るほどの衝撃だったが、彼はすぐに立ち上がって、肩にひょいと大剣をかついだ。

 ――が、さすがに出血が多すぎるのか、ふらふらしている。


「ザシュルルトさん!! もうやめてください!!」

 ギルティは駆けよって彼の腕を引っぱった。

「大怪我してるじゃないですか! 動いちゃダメですよ!」


「放せぇ!!」

 ザシュルルトは乱暴に腕を振りほどいた。


 ギルティは大声にビクッとした。


「今いいとこなんだよ! 邪魔すんじゃねえ!」

 ザシュは血走った目をカッと見開き、とがった歯をき出しにした。


「もうボロボロじゃん。死んじゃうよ?」

 二本の短剣をひゅんひゅん回しながら近づいてきたドリスは、ニイッと狂気じみた笑みを浮かべた。


「フフフッ、逃げてばっかじゃ勝てないよ?」

「そっちこそ、狙うの下手すぎだぜ!」

 その背後では、素早く移動しながら、激しい攻防を繰り返すフェアリーとビーズ。


 炎を噴射しまくるフェアリーも、それを軽々とかわすビーズも、目が爛々らんらんと輝いていて、かなりハイな様子だった。


 ギルティは愕然がくぜんとして、隊員たちを見つめた。


 それは、いつも一緒に働いている、よく知っている同僚たちではなかった。

 まるで血に飢えた獣。獰猛どうもうな肉食獣のようだった。

 もはや理性すら失ってしまったかのように見える。


 正直、恐かった。

 これが魔族の本性なのか。


 闘争本能が人間の十倍とも二十倍ともいわれる魔族。一度その本能に火がつけば、我を忘れて戦いに没頭してしまう。

 戦いの中では、仲間意識など一瞬で吹き飛んでしまうのか。

 いや、むしろ最初から仲間意識など存在しなかったのだろうか。


(違う……そんなことない!!)


 ギルティはぎゅっと拳を握りしめると、思い切り息を吸い込んだ。


「やめなさああああい!!!!」


 そう叫びながら、両手を天に突き上げる。

 すると――、


 バシャーン!!


 みんなの頭上から、まるでバケツをひっくり返したように水が降ってきた。


 一瞬でずぶ濡れになった隊員たちは、さすがに動きを止めて、驚いた顔でギルティのほうを見た。


「なんで? なんでこんなことになっちゃうの……?」

 ギルティはボロボロと大粒の涙をこぼしながら言った。

「仲良くしてたじゃないっ! みんなでご飯食べたり、飲み会したり……ううっ、仲良くしてたじゃないっ」

 うわあああん、とギルティは大声で泣き出した。


 それを見て、ザシュルルトは急にオロオロと狼狽うろたえだした。

「ご、ごめんっ、副隊長! 俺、熱くなっちゃって……泣かないで欲しいっす!」


「ていうか、副隊長いるじゃん。無事だったんだ」

「ホントだ。生きてて良かったね、副隊長」

 フェアリーとドリスも、ようやくギルティを認識したらしい。


 水を浴びて頭が冷えたのか、みんな我に返ったようだ。


「ううっ、みなさん……ずびっ」

 ギルティはさらに顔をくしゃくしゃにして泣いた。


「吾輩も生きてるぞおおおおおおっ!!」


 突然、エスカレーターの上から大声がした。

 聞き覚えのある声に、みんなが一斉に顔を向ける。


「え?」「は?」「嘘!?」


 そこには、サングラスをかけた緑色の皮膚の男が、エスカレーターの手すりにつかまって、フラフラしながら立っていた。


「ゼルゼさん!? 生きてるんですか!?」

「ちょっと、ザシュ! どういうこと!?」

「ええっ? だって、どう見たって死んでたんすよ! だって、あの状態っすよ!」


 ザシュの言う通り、ゼルゼは心臓を貫かれた上、左腕を根こそぎ千切ちぎられて、骨まで見えているひどい状態だった。この状態でピクリともせず倒れていれば、死んでいると思われても仕方がない。ギルティもてっきり死体だと思ってしまった。


「みんな、気をつけろ……! 吾輩をこんな目に合わせたのは、あいつだ!!」


 ゼルゼは一階の奥のほうを指さした。


 隊員たちは、ぎょっとした顔でその方向を見る。

 そして、まさか、という表情を浮かべた。


 だが、フェアリーだけは、細い目を見開いて、まだ呆然とゼルゼを見つめていた。


「何だよ、お前……生きてんじゃん……」


 彼は今まで見せたことのない、完全に気が抜けたような、ポカンとした顔でつぶやいた。


「おい、フェアリー!! 後ろ!!」

 ゼルゼが叫んだ。


 ズンッ


 フェアリーの胸を、青白く光る刀身が突き破った。


 ズシャーッと、大量の血をまき散らしながら、フェアリーはひざから崩れ落ちた。


「嘘でしょ……?」

 ギルティは信じられない気持ちで、その人物を見つめた。


 血の滴る剣を手に、眼鏡の奥から冷たい目でフェアリーを見下ろしている、ビーズ隊員の姿を。



 * * *



「ワン! ワン! ワン!」


 グウと魔王がいる三階のダブの部屋に、突然ジェイル隊員が飛び込んできた。


「どうしたんだ? 何かあったのか?」

 グウはジェイルの尋常じゃない吠え方に、ただならぬものを感じた。


「ワン!」

 ジェイルは肯定するように吠えると、グウのマントをくわえて、しきりに引っぱった。


「わかった、わかった、行くよ。魔王様、そろそろ」


 グウが呼んだとき、魔王はまだダブの死体の前にたたずんでいた。


「先に行け。俺はこいつを解体してから行く」

 背をむけたまま、魔王は言った。


「解体、ですか?」


「ああ。あいつらにダブの肉を食わせてやるって約束したからな。俺じゃないと硬くてさばけないし」


「しかし……」

 そう言われても、魔王のそばを離れるのは躊躇ためらわれた。


「行ってこい。俺は少し疲れた。しばらく一人にさせろ」


「……承知しました。行こう、ジェイル!」

「ワン!」


 グウは気がかりに思いながらも、瓦礫がれきだらけの部屋に魔王を残して、ジェイルとともに駆けだした。

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