第86話 見えない敵

 ザシュルルトの言葉を聞いて、隊員たちは一瞬ポカンとした顔をした。


「ゼルゼが死んでる……?」

「マジで言ってる?」

「敵に殺られたってこと? どいつが殺ったの?」


 ザシュは金髪の坊主頭をポリポリとかいた。

「ちょっと、わかんないっす」


「わかんないってことないだろ!」

 ビーズが声を荒げると、


「だってわかんないっすもん! 近くの敵は全員死んでるし、まわりの部屋も死体しかねーし!」

 ザシュもまた興奮して言い返した。


 隊員たちは困惑した表情で、互いに顔を見合わせた。


「でも、魔王様の結界があるから外には逃げられないし、ゼルゼを殺した奴はまだ建物の中にいるはずだよね?」

 ガルガドス隊員が言った。


「ああ……まだどこかに潜んでるのかも」と、ビーズ。


「ていうか、副隊長は? 戻って来てなくない?」

 ふと気づいたように、ドリスが言った。


「そういえば……」と、ガルガドス。


「ま、まさか、副隊長もどっかで……!?」

 ザシュの顔がショックで青ざめる。


「手分けして探そう」

 ビーズが言った。


「とりあえず隊長に報告じゃない?」とフェアリー。


「今は魔王様とダブが――」

 と、ビーズが言いかけたとき、


 ズドオオオオオン!!

 と、上のほうから轟音ごうおんが鳴り響き、建物が揺れた。


「……今、ダブの部屋に近づくのは危険だ」

 ビーズは続けた。

「ひとまず、俺たちで副隊長と、ゼルゼを殺った野郎を探そう。三階はさっき、敵が残ってないか俺がひと通り確認したところだ」


「一階と建物のまわりは、ジェイルが確認してくれたよ。それからは誰も降りてきてない。だよね?」

 ドリス隊員がジェイルに目配せした。


 キリッとした顔で「ワン!」とうなずくジェイル隊員。


「ジェイル先輩が探していないなら、一階はもういないっすね」


「じゃあ、二階だ。手分けして二階を探そう。俺はあの地図の右側のほう――ゼルゼが死んでたっていう古代のエリアを見てくるから、みんなは他の部屋を探してくれ」

 ビーズが壁の地図を指さしながら言った。


「了解」「わかった」


 そうして、みんなが捜索に出ようとした時だった。


「そういえば」


 ふと思い出したようにガルガドス隊員が口を開き、隊員たちは足を止めた。


「ドリスと合流する前、二階の分かれ道のところで、親衛隊の誰かが、ゼルゼが死んでた右のエリアに入ってくのが見えたんだけど、あれ誰だったの?」


 ガルガドスの問いに、隊員たちはキョトンとした。


「たしかに、僕たちのマント――黒くて裏地が赤いのが、ひらって見えたんだよね」


 彼はその“誰か”に対し、おーいと呼びかけたが、返事はなかったという。

 その直後に後ろからドリスに声をかけられ、一緒に左のエリアを探索してギルティと合流したらしい。


「俺じゃないっす」「俺でもないぞ」「僕チンも行ってない」

 ドリス以外の三人が、口々に答えた。


「何だよ……まさか、俺たちの中の誰かがゼルゼを殺ったって言うんじゃないだろうな」

 ビーズが眉間にしわをよせた。


「なっ、まさか! 違うよ……」


「ゼルゼ本人だったんじゃないの?」と、フェアリー。


「そうだよね。ゼルゼ……だよね」


「変なこと言うなよ」


「ごめん……」



 * * *



 ドーン、と地響きのような音が聞こえた気がした。


 ぼんやりとした意識の中、体に揺れを感じて、彼女は目を覚ました。


(地震……?)


 ギルティはゆっくりと目を開ける。


 白一色。

 くすんだ白い膜のようなものが視界を覆っていた。

 まゆの中? と思ったが、そんなメルヘンなものではなく、どうやら白いビニールシートをかぶせられているようだ。

 そういえば、こんなシートがかかった展示物があったけ。そうか、ここは博物館の中なんだ……


 まわりを確認しようとして、彼女はハッとした。


 動けない。

 さくに縛りつけられている。

 模型のまわりを囲む鉄柵を背に、ベルトで後ろ手に拘束されている状態。それも彼女自身の制服のベルトで。


「んん!? んー!?」


 しかも喋れない。

 自分のネクタイで猿ぐつわをされている。


(何なの、この状況!?)


 ギルティは気を失う前のことを思い出してみる。

 たしか、倒れているゼルゼを見つけて……その直後、頭にガンと衝撃が……たぶん、何者かに頭を殴られたのだろう。


(ゼルゼさん……そうだ、はやく皆に伝えないと……! ほかの皆も危ないかもしれない!)


 ギルティは思い切り腕を左右に引っぱってみたが、ベルトはびくともしなかった。

 彼女の腕力は、人間の成人男性より少し強いくらいなので、革のベルトを引きちぎるのはちょっと難しい。


(そうだ、つえは?)


 ギルティのデメント――人面鳥の杖が見当たらない。

 敵に取られてしまったのだろうか?


 杖がないと強力な魔法は使えない。

 そして、呪文が唱えられないと、複雑な魔法は使えないのだ。


(落ち着くのよ、ギルティ。杖がなくたって、簡単な魔法なら、呪文なしで使えるのがあるでしょ)


 頭の中でリストアップしてみる。


 風を起こす。

 火を出す。

 水を出す。

 水の温度を上げる、または下げる。


 ざっと思いつくのはこれくらい。

 水を出しても意味がないことは、すぐにわかった。


 火はどうだろうか。

 炎を発生させれば、ベルトを焼き切ることができるのでは?


(いや、ダメだわ。この制服、化学繊維だし絶対引火する。ベルトが焼き切れる前に私が火だるまになるわ……)


 試しに風を起こしてみると、バサバサーッと、まわりを覆っているビニールシートがはためいた――だけだった。

 運が良ければ、このシートだけも取れればと思ったが、しっかりと柵に固定されていて無駄だった。


(そうだ! 水を凍らせて叩き割ったら、なんかこう、刃物みたいになるんじゃ)


 氷を凶器にする。

 ミステリーのトリックでもよくある手法だし、いける気がした。


美味しい水フレッシュ・ウォーター!!)

 いちおう頭の中で唱える。


 空中に水が湧き出して、小さな滝のようにあふれた。


(よし、凍結!!)


 滝は氷の棒となり、地面に落ちてバキンと割れた。


 ギルティは、その破片を足でえいえいと手前に蹴って、どうにか後ろ手で掴んだ。

 鋭利な氷の先をベルトに当て、ガリガリと革の表面を削る。


(地道すぎる……ていうか、はやくも溶けてきたんだけど……)


 ツルツルと滑る切っ先。こんなんじゃ永久に切れない。

 なんでいけると思ったのだろう。


 どうしよう。

 彼女は途方に暮れた。


(私って、あの杖がないと、ただの役立たずだ……ちょっと魔法の知識があるだけの、平凡で非力な……)


 こうしている間に、仲間にまた犠牲者が出たらどうしよう。

 そもそも、呑気のんきにバーベキューなんかしてたから……自分がもっとしっかりしていれば、ゼルゼ隊員だって……


(私、副隊長失格だ)


 ギルティの目にじわっと涙がにじんだ。

 だが泣いても意味がないと思い、ぶんぶんと首を横に振った。

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