第85話 予想外

「お疲れーっす!」


 元気いっぱいの声とともに、ザシュルルト隊員が一階のホールに戻ってきた。

 顔も制服も返り血まみれだ。

 右手には巨大な片刃のノコギリを、左手には首のない死体を一体、ズルズルと引きずっている。


 さらに、その後ろからは、中型犬サイズに戻ったジェイル隊員が、千切れた魔族の腕をくわえてトコトコと走ってくる。


「おふはへー」

 ドリス隊員が肉をほおばりながら返事をした。


「おっ、良い匂い! もうバーベキューしてんすか! じゃ、これも焼いといてください」

 ザシュルルト隊員はそう言って、死体をコンロのそばに放り出すと、そのまま立ち去ろうとした。


「ちょ、焼いといてって……どこ行くんだよ、ザシュ」

 ガルガドス隊員が戸惑い気味にたずねる。


「そりゃ、強い奴を探しに行くんすよ! なんか勢いで一階で暴れちゃったけど、よく考えたら三階のほうが強い奴いそうっすよね! てことで、三階へレッツゴ――」


「三階はもう終わったよ」


 食い気味で声を発したのは、フェアリー隊員だった。

 動かないエスカレーターをトントンと下りてくる彼は、いつのまにか背の高い筋肉質の男性の姿になっていた。


「残りは八角のダブだけ。今、魔王様が戦ってる」

 フェアリーは手にずっしりとしたピンク色の肉塊――脳味噌を持っていた。


「美味そうなモン持ってんじゃん」

 ドリス隊員がペロッと唇をなめる。


「でしょ? 知り合いなんだ」


「なーんだ、三階終わっちゃったんすか。じゃあ二階へ行こっかなー」と、ザシュ。


「ゼルゼもビーズも戻って来てないってことは、もしかしたら、ちょっとは骨のある奴がいるのかもね」


 フェアリーの言葉に、ザシュの目がキラキラと輝いた。


「よっしゃあ! じゃあ俺の出番だ!」

 と、彼は勢いよく駆けだした。



* * *



 テラスの向こうの海を見ながら、八角のダブはため息をついた。


「まさか出不精で有名な魔王デメ様が、自ら出向いて来るとはねえ。どうせ討伐に来るなら、ベリに来て欲しかったぜ」


 急にベリ将軍の名前が出たので、グウは驚いた。

(こいつ、ベリ様と知り合いなのか?)


 しかし、よく考えてみると、二人とも超長生きなので、知り合いでも別段おかしくなかった。


「お前と会話をする気はないが、いちおう聞いといてやる。なぜ逃げなかった?」

 魔王は目玉だけをギョロッと動かして、背の高いダブを上目づかいににらんだ。


(それそれ。俺も気になってた)

 グウは頭の中で相槌あいづちを打つ。


 ダブは鼻で笑った。

「愚問だな。何でお前らの罠にはまってやんなきゃならねぇんだ?」


 やはり作戦が漏れていたのか、とグウは思った。

 その可能性は高かったので特に驚きはしないが。しかし、そうなると、気になるのは情報の出所だ。

 思い切ってたずねてみる。

「ちなみに、罠だって誰に聞いたんですか?」


「教えてやる義理はねえな」

 ダブは不敵に笑った。


 ですよね、とグウは思った。


「俺は本来、戦いが好きじゃねえ。自由に好きなように生きられれば、それでいい。だが――」


 ダブの巨大な右腕の手先の部分が、ガキンッ、ゴキンッと金属質な音を立てて変形し、先端が鋭くとがったやりのようになった。


「この自由な生き方を邪魔しようってんなら、相手が誰だろうとぶっ潰すしかねえな」


 赤銅色に光る槍の穂先を魔王のほうに向け、ダブはニイッと金色の牙を見せた。


「笑わせるな。弱者に自由などない」

 魔王は表情を変えずに言った。

「魔界で自由に生きられるのは、最強であるこの俺だけ。お前には自分の生死すら選ぶ自由がない。勘違いするな」


 彼がそう言いながら手の平を上に向けると、黒い文字が小さな虫のように、ぶわっとい出してきた。


「ハッ、じつに魔王らしいセリフだな。だったら俺が勇者に代わって、この独裁者を退治するしかねえな!」


 ギュンッ、とダブの腕が伸びて、強烈な槍の突きが繰り出された。

 魔王は腕を前に伸ばし、黒い半透明のシールドで防ぐ。


 ギギッ。


 ガラスを引っくような耳障りな音がして、シールドに亀裂が走った。

「!?」

 魔王の目が見開かれる。


 次の瞬間、シールドが粉々に砕かれ、槍が背後の壁を穿うがった。


「魔王様!!」

 グウは思わず叫んだ。


 魔王は壁に開いた穴の隣に、呆然ぼうぜんと立っていた。


 とっさに身をひるがえして攻撃をかわしたようが、予想外だったらしく、びっくりした顔で自分の手のひらを見つめている。

 手のひらには、スウッと一筋の切り傷ができ、青い血がにじんでいた。


(魔王様の皮膚に傷を……!?)


 グウは衝撃を受けた。

 そんな場面、今まで一度も見たことがない。


(このダブって人、予想以上に強いんじゃ……)

 心に一抹いちまつの不安がよぎる。


 前言撤回。

 思ったより順調じゃないかもしれない。



 * * *



「さてと、食後の運動に残党狩りでもしようかな」

 ドリス隊員がぐーっと伸びをしながら言った。


「もういないんじゃないかなあ」

 ボソッとつぶやくガルガドス隊員。


「正直、物足りなかったよね。昔より弱くなってる気がするなあ、この盗賊団」

 フェアリー隊員がつまらなそうに言って、肉をパクッと口に入れた。


「おい、お前ら! 何のんびり飯食ってんだよ。まだ作戦中だぞ」


 上のほうから声がしたと思ったら、紫の髪をした眼鏡の青年がエスカレーターを下りてきた。


「何だよ、ビーズ。手ぶらじゃん」

「収穫なし?」

 フェアリーとドリスが失望したような顔をした。


「不味そうな奴しかいなかったんだよ!」

 ビーズはむっとした表情で反論した。

「この呑気のんきな様子を見るに、もう大体終わったようだな」


 と、そこにザシュルルト隊員も戻ってきた。


「あらザシュ。はやかったね」


 ドリスが声をかけたが、ザシュルルトはなぜか呆然ぼうぜんとした様子だった。


「どうしたんだ? ぼーっとして」

 ガルガドス隊員が首をかしげる。


 ザシュは何か不思議なものでも見たような、釈然しゃくぜんとしない表情でこう言った。

「あの、ゼルゼ先輩が死んでるんすけど」


「は?」「なんて?」

 隊員たちが聞き返した。


「いや、だから……ゼルゼ先輩が二階で死んでるんすよ」

 ザシュはもう一度、ハッキリとそう言った。

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