第84話 暗転

「展示室20」では、ギルティが黒装束の魔族たちを制圧しつつあった。


 繰り出される炎の攻撃に対して、彼女は水魔法で巧みに応戦した。


溺死の牢獄アクアプリズン!!」


 ギルティがそう唱えると、つえの先についた鳥の口から大量の水が放出され、火炎攻撃を使い手ごと飲み込んだ。

 水はまるで水風船みたいに形を保ち、黒装束の魔族たちはその中で次々とおぼれ死んでいった。


「よしっ。これで全員かな」

 彼女はふう、と息をついた。


「あ、副隊長だ。もう終わっちゃた~?」


 入り口のほうから声がして見ると、黒髪ロングの猫耳女装男子と、赤い皮膚の大男が展示室に入ってきた。

 ドリス隊員とガルガドス隊員である。


「はい! いま片付いたところです」


「なんだあ。一階はぜんぜん食べ応えありそうな奴いなくてさあ。こいつら強かった?」

 ドリス隊員は、展示室のあちこちに横たわる黒装束の死体をながめながら言った。


 ギルティは「うーん」と、首をひねる。「いちおう魔法使ってましたけど、一種類だけだったし、そこまで……」


「ふうん。まあ、それでも多少は魔力が摂取できるかなー。そこまで不味まずそうでもないし」

 ドリス隊員は死体のそばにしゃがんで、黒いフードをはずしたり、顔をのぞきこんだりした。

「よし、こいつら焼いて食べよー」


「ええっ、本当にバーベキューするんですか!? しかも今!?」

 ギルティは信じられないという顔で言った。


「だって、時間が経ったら傷んじゃうもん。大丈夫、心臓だけにするから。ガルガドス、取り出すの手伝って」


「しょうがないなあ」

 ガルガドス隊員がしぶしぶ手伝ってやる。


「はい。副隊長も運ぶの手伝って」

 と、ギルティの両手に一つずつ心臓をのせるドリス隊員。


「うわあ……」

 ギルティは引きつった顔でその食材を見つめた。



 数分後。

 一階のホールに、香ばしい匂いが漂い始めた。


 金網の上でジュージューと焼けていく魔族の心臓。

 サイドテーブルには、塩、コショウ、焼き肉のタレなど、調味料も準備してある。


 ドリス隊員は焼き上がった肉を紙皿にのせると、塩を振りかけて口に運んだ。

「んー! 美味しい~」

 頭の耳が喜びを表すようにピョコピョコと動く。

 

(何だろう、この状況は。いま絶対こんなことしてる場合じゃないわよね? あれ? 私がおかしいのかな?)

 ギルティは紙皿とフォークを持ちながら、自分を見失いそうになっていた。


「あの、私やっぱり、上の階の様子を見てきます」


「えー? 見に行かなくたって、どうせみんな勝ってるよ。副隊長がゲットした肉なんだから、焼きたてのうちに食べなよ」


「いえ、でも……あまり食欲が……こういうワイルドな料理って慣れてなくて」


「なに上品ぶってんの? 美味しいから食べてみなよ、ほら」

 ドリス隊員がトングで心臓の切れ端をつかみ、ギルティの皿にのせる。


「うう……」

 ギルティは思い切り顔をしかめた。


(どうしよう。ぜんぜん食欲が湧かないけど……でも、ここまでオススメされると断りにくいわ。一口くらい食べてみるべきよね……)


 ギルティは覚悟を決め、ぎゅっと目をつむると、思い切って肉を口に入れた。


「!!」

 衝撃が、彼女の脳内を駆けめぐった。

「美味しい……!!」


(素朴でコクのある味わいと、柔らかくてプリプリした食感……シンプルな塩の味付けがさらに素材を引き立て……ああ、何コレ。感動するほど美味しい)


「すっごく美味しいです!!」

 ギルティは顔をほころばせた。


「でしょー?」

 ドリス隊員が得意げに言った。

「昔、デュファルジュのおじいちゃんに連れて行ってもらった高級料理店で、とれたての心臓食べさせてもらってさ。それ以来、これが大好物なのー」


「あの、前から気になってたんですが、なんでドリスさんはデュファルジュ元老の専属みたいになってるんですか?」

 ギルティは二枚目の肉を皿に取りながら質問した。


「うーん、腐れ縁っていうか。恩返しっていうか」

 ドリスは口をモグモグさせながら答える。


「恩返し?」


「アタシ、もともと暗殺者でさ。デュファルジュのおじいちゃんを殺しに来たんだけど、グウ隊長に阻止されちゃってー」


「ええ!?」


「で、殺されそうになったんだけど、デュファルジュのおじいちゃんが『可愛いから殺すの勿体もったいないって』って言って、命拾いしたわけ」


「そ、そうだったんですか……」


「元老はドリスが男だって知ってるの?」

 ガルガドス隊員が聞いた。


「知ってるよ。でも、男だろうがアタシが一番可愛いじゃん?」

 ドリスは自信満々で言った。


(すごい自信。でも確かに可愛いから何も言えないわ……)

 ギルティはしみじみ思いながら、さらに肉を取ろうとして、ハッと我に返った。

(しまった! ふつうに雑談しながらバーベキューしてた! 完全に流されてるじゃない、ギルティ!)


「ごちそうさまです! 私、上の階を見てきます!」

 彼女はそう言って食器を置くと、有無を言わさぬ勢いで駆けだした。



 そして、再び二階。

「展示室15」まで戻ってきたギルティは、分かれ道の前で立ち止まった。


(そういえば、右側へ行ったゼルゼさんは、もう片付いたのかしら)


 案内版には「展示室16―19 古代」の文字。

 ギルティはまず、そちらから確認することにした。


(うわぁ……)

 中に入ったとたん、さっきまでの食欲が嘘のように消え失せた。


 死屍累々。

 床は血まみれで、原型をとどめていない死体がゴロゴロ転がっている。

 おそらく、ゼルゼ隊員の巨大コロコロですり潰されたのだろう。


(ゼルゼさん、もう全員倒しちゃったみたいね……)


 展示室の中は静かで、戦闘が続いている気配はなかった。


 一番奥の「展示室19」まで来てみたが、そこにも死体しか見当たらない。


 ちょうど部屋の真ん中に、見覚えのある魔族の死体が転がっていた。

 頭の潰れた女の魔族の死体で、腕が二十本くらいある。たしか、ナイフを投げてきた奴だ。


 この状態を見るに、ゼルゼ隊員はすでにこのエリアの敵を殲滅せんめつし、三階へ向かったものと思われる。


 ギルティも三階の様子を見に行こうと思い、来た道を引き返そうとした――そのとき。


 古代文字が刻まれた大きな石板のレプリカの陰に、二本の足が投げ出されているのが目に入った。

 黒いブーツに、紺色の制服。

 ギルティはドキッとした。


(あれは……)


 そばに寄って、おそるおそる、石板の後ろをのぞき込む。


 そこには、緑色の肌にサングラスを二つかけた男が、変わり果てた姿で横たわっていた。

 心臓のあたりに刺し傷があり、制服に血がにじんでいる。

 そして左腕が、肩のあたりから大きくえぐり取られて無くなっていた。

 そばには、魔力を失って小さく縮んだコロコロがポトリと落ちている。


 生きているようには見えなかった。


(嘘でしょ……?)


 ギルティは真っ青になって、後ずさりした。

 目の前の光景が信じられない。


 まさか……まさか、この作戦で隊員に犠牲が出るなんて……そんなこと思いもしなかった。

 ゼルゼ隊員を……魔界最強の部隊である魔王親衛隊を倒せるような敵が、黄金の牙にいるということ……?


 動揺のあまり、その場に立ち尽くしていると――


 ゴッ。


 突然、背後から後頭部に衝撃を受けた。


 何が起きたかわからないまま、彼女の視界は暗くなっていき、やがて意識が途切れた。

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