第83話 八角のダブ

 銀色のよろいに、トゲトゲしたデザインの長いつえ

 騎士なのか魔導士なのか判然としない格好の二人組は、グウのほうを見ると、こう言った。


「なんだ、まだ親衛隊が一人残ってるじゃないか」

「だが、目論見どおり隊員を分散させるのには成功したようだな」


 彼らは同じタイミングでニヤリと笑った。


「そっちも分散しちゃってるけどね」

 グウは言った。


「それでも数の上ではこちらが圧倒的に有利。親衛隊さえ排除すれば、ダブ様が必ずや魔王に勝ってくださる」


 よろいの二人は杖を高々と持ち上げた。

 グウはサーベルの柄に手をかける。


「例え魔王は倒せずとも、我ら雷神兄弟の名に賭けて、貴様だけは始末する。食らえ、雷撃の――」


 杖の先端がカッと緑色に光った。と、同時にグウは地面を蹴った。

 何か大技が繰り出される雰囲気だったが、その前に二人の胴体を杖ごと切断する。


「サンダーバーストォォォ」と、斬られたことに気づいてない敵の上半身が、セリフの続きを叫びながら床にずり落ちた。

「ゴフッ……あれ?」

 と、まだ喋っていたが、無視して先に進む。

 どれだけ回復力があっても、首か胴体を切断すれば、人型の奴らは大概死ぬのだ。


 さて、残るはダブがいる最後の部屋だけだ。

 グウは真鍮しんちゅうのドアノブに手をかけた。ギイッとドアが開いた、その瞬間――


 ドガシャーン、と内側からドアが粉々に粉砕され、ゴツゴツした金属のかたまりのようなものが飛び出してきた。


 グウは剣で受け止めたが、腕がしびれるほどの衝撃だった。

(硬い……!)

 グウのサーベルもまた、他の隊員の武器と同じく、魔王の体の一部を材料とする『デメント』である。魔王の牙を刀身に使った、魔界で最高峰の切れ味を誇る剣。切れないものは滅多にないのだが……


「ノックもなしに入ってくるとは、無礼な野郎だな」


 ドスの効いた声がして、金属の塊がスーッと部屋に引っ込んでいった。


 カフェを改造した、リゾートホテルのような解放的な部屋。

 テラスに面したガラス戸は開け放たれ、バサバサと白いカーテンがはためいている。

 そのテラスの向こうは、青く輝くガザリア海。

 魔王が張った半透明の結界がなければ、さぞかしいい眺めだろう。


 おぼろげな結界越しの日差し。

 その中に、大柄な男のシルエットが一つ。


 金属の塊に見えたのは、右腕の一部のようだ。

 体に対して異様に大きな、ゴツゴツした右腕。

 赤みを帯びた光沢があり、まるで銅板でできた鎧をつけているように見えるが、どうも、その鎧自体が腕らしい。

 それが、まるで生き物のようにグネグネとうごめいて、ドアを攻撃した塊をスーッと吸収していった。


 左腕はなかった。


「これは失礼。どうも、お邪魔します」

 グウは剣を体の前に構えた。


「人の城でだいぶ暴れまわってくれてるようじゃねえか」

 八角のダブは歯を見せて笑った。

 チラリと見えた二本の牙のうち、一本が金歯だった。


 派手な男だな、とグウは思った。


 傷だらけの顔に、左目の黒い眼帯。

 ライオンのたてがみを思わせる金色の長髪。

 ヤギのような反りのある長い角が、頭のてっぺんから後頭部にかけて八本生えている。

 人間でいえば40歳前後の、不精髭ぶしょうひげを生やしたワイルドな雰囲気の中年だった。


 格好も派手だ。

 派手な花柄のシャツの上に、色鮮やかな民族衣装っぽい羽織を着ていて、ズボンも赤だし、とにかく派手だ。

 

(見た目が濃い……)

 グウは彼を見ているだけでカロリーを消費しそうな気がした。


「グウ」

 と、魔王が静かに呼んだ。

「俺がやる。下がってろ」


「承知しました」

(やった……!!)

 グウは心の中でガッツポーズをした。


 魔王が宣言どおり、八角のダブと戦ってくれる。

 これで今日の仕事は八割くらい終わったようなものだ。


 あとは隊員たちが好き放題に暴れて、戦いへの渇望かつぼうと食欲を満たしてくれればそれでいい。

(でも、さっき倒したよろいの二人組が黄金の牙のナンバー2だとしたら、少し物足りなく感じるかもな、アイツら)


「お前が魔王デメか。ずいぶん地味な奴だな」

 ダブが言った。


「…………」

 魔王は無言だった。


 グウは壁際に避難した。

(恐れ知らずめ……)


 だが正直、八角のダブが情報通りの場所で、ラスボスらしくじっとしていてくれたのは、ありがたかった。

 最も戦闘力のあるこいつがどこかに隠れていて、分散した味方を暗殺者のように襲っていくという展開が、いちばん厄介だと思っていたから。

 まあ、このド派手な男を見れば、そんなタイプではないことは一目瞭然りょうぜんだが。


 すべてが順調だ。


 あとは、昼までに敵を片付けて、ゆっくりバーベキューをするだけ。

 ……のはずだ。

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