第80話 作戦、特になし

「ウオオオオッ! 何でだ! 何で黄金の牙は逃げないんだ!」


 そう叫びながら、ソファの上でクロールをする、緑の皮膚のマッチョ。

 外交課のゴゴン課長が、心労でおかしくなっていた。


 12日未明。

 38階、デュファルジュ元老のスイートルームのリビング。


 日付が変わり、攻撃予定日の当日になっても敵に動きがなく、昨日からやきもきしていた幹部たちは、ここに来て、やや情緒不安定になっていた。


(何で逃げないんだよ、マジで……)

 グウはご乱心のゴゴン課長を見ながら、心の中で嘆いた。


 本来なら、逃げた盗賊団を追って魔界へ行き、魔王軍の援助を得て、奇襲という有利な状況で戦えるはずだった。

 なのに、このまま行くと、魔王と魔王親衛隊だけで、しかも人間界で討伐を決行することになる。


 負ける心配はしていない。だが、確実に労力と消費カロリーが増える。


(なんで? なんで魔王が来るのに逃げないの? 馬鹿なの?)

 グウは理解ができなかった。

 首領である八角のダブは何を考えているのだろう。本気で魔王と戦うつもりなのだろうか?


「なぜじゃ。なぜ動かんのじゃ? 馬鹿なのか?」

 デュファルジュ元老が、たった今グウが考えていたのと同じことを口にした。


「やはり、どこからか作戦が漏れている可能性が高いですね。魔界に逃げると挟み撃ちにされると気づいたのでしょう」

 ジムノ課長は淡々とした口調で言った。


 気まずい空気になった。

 作戦が漏れたのだとしたら、誰か漏らした者がいるということになる。


「原因はともかく、問題は今日どうするかじゃ」

 デュファルジュ元老が苦々しげに言った。

「予告どおり奴らのアジトを攻撃するか、延期して様子を見るか……」


「延期は無理だと思います。魔王様が今日とおっしゃった以上、もう今日やるしかないかと……」

 グウがそう言うと、


「そんな! 冗談じゃありませんよ! 人間界で戦うなんて、ダリア市側から猛反対されるに決まってます!」

 ゴゴン課長が大きな身振りで反発した。

「いったん様子を見ましょう。グウ隊長、どうにか魔王様を説得できませんか?」


「無茶言わないでください。俺が殺されます」


「そこを何とか! お願いします!」


「無理ですよっ! そもそも、ダリア市側を黙らせたいから魔王様を引っぱり出そうって言ったのは、ゴゴン課長でしょ? 言うなら自分で言ってださい」


「うぐぐ……」


「やれやれ。もうやるしかなさそうじゃのぉ」

 デュファルジュ元老がため息まじりに言った。


「グウ隊長、戦うとなると、親衛隊と魔王様でということになりますが、どういった作戦でのぞむおつもりで?」

 ジムノ課長がたずねた。


「魔王様に八角のダブと戦っていただき、残りは親衛隊で片付けます」

 グウは答えた。


「……」


「……」


「え、それだけですか?」

 ジムノ課長がめずらしく驚いたような顔をした。


「それだけですけど?」

 グウは首をかしげた。


「ほぼ作戦ナシですね」


「あはは……綿密な作戦を立てたところで、どうせアイツら覚えられないんで。その場のノリでいきます」

 グウは頭をかきながら言った。


「そんな適当な……」

 ジムノ課長は唖然あぜんとした顔で言った。


「残念ながら、それが一番力を発揮できるんですよ、ウチは。粗末なチームワークなら、いっそないほうがマシだし。それに作戦がなきゃ、作戦が漏れる心配もありませんし」

 グウはにっこり笑った。



 そして夜が明け、ついに約束の12日の朝がやってきた。



 * * *



 ダリア市南部オレンジハーバー。ダリア市立博物館跡。

 30を超える展示室をもつ、3階建ての巨大な博物館だったが、10年前に黄金の牙が襲来した際に、ほとんどの所蔵品が運び出され、閉館に至った。


 ここが盗賊団『黄金の牙』の現在の本拠地だ。


「周辺に暮らす盗賊共も一緒に立てこもってるので、中にいるのは、ざっと700人くらいです」


 諜報課の若い魔族がそう報告した。

 彼はつい先ほどまで盗賊団に潜入しており、最も状況を把握している。


「700か。思ったより少ないですね」

 グウはそう言って、近代的でシャープな博物館の建物を見上げた。


「明け方までに雑魚が100人くらい船で逃げたので。あと、魔力増強のために、あちこちで共食いが起きてて、そのせいかと」


「へえ。思ったより敵はやる気なのかな」

 グウはそう言って、同じくやる気満々な隊員のほうに目をやった。


 彼らはウキウキしながら、なぜか車のトランクからバーベキュー用コンロを運び出したりしていた。


「強い奴いるといいなぁ! はやく突入してー!」

 そう言って、目を輝かせるザシュルルト隊員。

 彼は「遊びじゃねーんだぞ」と冷ややかに言うビーズ隊員に、

「緊張してんすかぁ、先輩」

 と言って、殴られていた。


 グウは黒塗りの車に近づくと、コンコンと窓ガラスをノックして、

「魔王様、そろそろアレをお願いします」

 と言った。


 いつもに増して顔色の悪い魔王が、のっそりと車から降りてきた。


「魔王様、ひどいクマですが、大丈夫ですか?」

 ギルティが心配そうに魔王の顔をのぞき込んだ。


 ここは立ち入り禁止区域で、報道陣も入れないため、もうサングラスで変装する必要もなかった。


「だ、大丈夫。ちょっと寝不足で」

 魔王はそう言って、目をそらした。


「まあ。スマホ買ったからって、あんまり夜中まで見てちゃダメですよ。なんだっけ、ブルーライト? ってやつが良くないらしいです」

 ギルティは人差し指をピンと立てて言った。


「……そうだな」


 魔王はそう返事をしたが、実際はあれから一度もスマホを見ていなかった。

 もし、ヌシ殿がネットに何か書き込んでいたら……もし、セイラに何か迷惑をかけていたら……そう考えると、怖くて見れなかった。

 見れないけど、気になって仕方がない。

 だけど、確かめる勇気はない。

 そんな調子で、一睡もできなかった。


 魔王は充血した目で博物館を一瞥いちべつすると、すっと右手をかざした。

 すると、黒い半透明の幕が、ズンッと一瞬で博物館を取り囲んだ。

 黒い文字がザワザワとうごめく、どこか不吉な結界の完成。


 結界が張られたのを見て、グウはひとまず安心した。

 これで盗賊共が近くの町に逃げ込む心配はないし、万が一、魔王が大魔法を使っても、周辺に被害を出さなくて済む。


「うおおっ! なんじゃこりゃ、すげー! さすが魔王様!」

 ザシュが興奮気味に言った。


「フフフッ、思う存分暴れていいぞ」

 魔王はめずらしく笑った。


(今日は不機嫌じゃないけど、変にテンション高いな……)

 グウは魔王の様子がおかしいことに、若干の不安を覚えた。

(正直、この状態の魔王様を戦闘に参加させるのは心配ではあるが……魔王様が八角のダブと戦わないと、俺がダブと戦わなきゃいけなくなる……!)

 それは絶対に嫌だった。勝てる保証もないし。



 そして、時刻は午前10時。

 攻撃開始の刻限だ。


「ハイ注目! じゃ今から突入しまーす!」

 グウはそう言って隊員を集めた。

「敵は盗賊団『黄金の牙』、約700人。再三の警告を無視し、人間たちに多くの被害を出してきた犯罪集団、情けは無用だ。しかも、奴らは魔王様の退去命令すら無視するという、非常にめ腐った愚行に出た。よって、首領のダブは魔王様が御自ら成敗なさる。諜報課の話では、ダブは三階の一番奥の部屋にいるらしい。我ら親衛隊の役目は、そこまで魔王様を安全にお連れしつつ、賊共を一人残らず殲滅せんめつすることだ」


 グウはそこまで言うと、8人の隊員たちの顔を順番にながめた。

 みんな、はやく戦いたくて仕方がないという顔だった。


「敵を蹴散らし、魔王様の前に道を作れ。行くぞ」


「はっ!!!!」

 今までにないくらい素晴らしい返事とともに、隊員たちは各々の武器を構えた。


 大柄なガルガドス隊員は、なぜか武器の斧に加えて、バーベキュー用コンロを持たされていた。


 かつては美しかったであろう荒廃した庭園を、ギラギラと殺気立った紺色の制服の集団が歩く。そして、その集団に囲まれて、黒い上下に黒いガウンを羽織った少年が、濃い影のようについて行く。


 彼らは正面玄関から堂々と博物館に突入した。

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