第81話 食欲旺盛

 ガシャーンッ、と粉々に飛び散るガラスの破片。


 自動で開かない自動ドアを、ザシュルルト隊員がノコギリのような大剣で、思い切り叩き割った。


 まず目に飛び込んできたのは、絶滅したドラゴンの巨大な骨格標本。

 一階から二階まで吹き抜けになったホールの天井から、羽を広げた翼竜の骨がワイヤーで吊るされている。

 その下には「インフォメーション」と書かれた看板と、無人のカウンター。


 あちこちに博物館の名残はあるものの、床は泥だらけで、ゴミやガラクタが散乱し、控えめに言って汚いというか、路地裏の掃き溜めのような雰囲気があった。


 一見、敵の姿はない。

 ――が、

 ちょうど、ドラゴンの骨の真下まで来たとき、正面のカウンターの下から、マシンガンを構えた複数人の盗賊が姿を現した。


 ダダダダダッ、とけたたましい銃声が響く。


 さらに、二階の通路からは紫色の魔法光線が降りそそぎ、奥のエスカレーターや柱の陰からも、潜んでいた敵たちが魔法と銃火器で攻撃してきた。


 ギルティが素早くシールドを張って皆を守ったので、グウたちは無傷だった。

 だが、その幾何学模様のシールドの中には今、グウ、魔王、ギルティ、ガルガドスしかいない。

 あとの隊員たちは、シールドが張られる前に、すでに敵のほうへ突撃していた。


「フハハハハハ! これは掃除のしがいがあるぞ!」

 ゼルゼ隊員が巨大コロコロで、カウンターの中の敵を叩き潰しながら言った。


「ぜったい隠れてると思ったよ」

 そう言って、三叉槍さんさそうの先から二階へ向けて炎を噴射しまくるフェアリー隊員。

 二階の通路は火の海になり、魔法で攻撃していた魔族が火だるまになって落ちてきた。


「ギャアアアアアッ」と、前方のエスカレーターのほうで叫び声が上がる。

 巨大化したジェイル隊員が、エスカレーターの中に飛び込んで、敵を食い散らしていた。

 銃弾などもろともせず、牙をむき出しにして襲ってくる熊のように巨大な犬に、盗賊たちは後退するしかなかった。


退け!」

「退却だ! Aグループは二階へ、Bグループは奥へ!」


 盗賊たちはバラバラの方向へ逃げはじめた。

 何人かは、一階の右奥の展示室へ。何人かは、左奥の売店のほうへ。

 二階の展示室に逃げ込んだ者もいた。


「待て待てー! 逃げるなー!」

 ザシュルルト隊員が敵を追いかけて、「順路→」と書かれた矢印のほうへ走っていく。

「ワン」と一声吠えて、ジェイル隊員がそのあとを追いかけた。

 彼らは「展示室1」と書かれた部屋に消えていった。


「やけに退くのがはやいね」

 フェアリー隊員がつぶやいた。

 彼はいつの間にか、グラマラスな女性の姿に変身していた。


「ああ。誘ってるな」

 グウは言った。

「700人いるわりには出迎えが少ない。たぶん待ち伏せしてる。この広さと部屋数だ。俺たちを分散させて一人ずつ潰すのが狙いだろう」


「ザシュが釣られて行っちゃったわよ」

 ドリス隊員が、両手に持った二本の短剣をくるくる回しながら言った。

 剣についた血がピシャッと床に飛び散る。


「ジェイルもいるし、大丈夫だろう」

 グウは落ち着き払って言った。

「俺たちもハナから集団行動する気はないし、誘いに乗ってやるのもアリだな」


「あのー、もうコレ降ろしてもいい?」

 バーベキュー用コンロを担いだままのガルガドス隊員が、困り顔でたずねた。


「あ、ゴメーン。いいよ、ここに設置しよ」

 ドリス隊員が機嫌よさげに答えた。

「フェアリー、火!」


「あいよ」

 フェアリー隊員が三叉槍から火を出して、燃料に着火した。


「まさか本当に持ってくるなんて……」

 ギルティが引き気味に言った。


「だって、生だと食あたりが心配だし」と、ドリス隊員。


「獲ってすぐ食べるのは、魔界の戦場では常識ですぞ、副隊長」

 ちっちっち、とゼルゼ隊員が指を振る。


「ふつう、その場で調理はしないけどな」

 ビーズ隊員が小さくツッコんだ。


 彼らの言うとおり、戦場で倒した相手を食べるのは珍しいことではない。

 食べた相手の魔力を吸収できるという魔族の性質上、敵側に死体を横取りされると、相手が強くなってしまう恐れがある。そのため、とくに強敵を倒した際は、その場で捕食するのが一般的である。


「それに、隊長がいいって言ったもんね」

 赤毛の巨乳美女、フェアリー隊員がニッと笑う。

「ねえ、隊長。強そうな奴がいたら食っていいんでしょ?」


「どうせ食うなって言っても食うだろ、お前ら」

 グウはため息まじりに言った。

「まあ、生で食って腹壊されたら、それこそ戦闘不能だしな。ただし、調理は手短に。ダラダラ食うなよ」


「はーい」

 と、返事をする隊員たち。


「アタシ、一階の残党狩ってきていい? とりあえず暴れてお腹空かせたいの」

 ドリス隊員が言った。


「いいよ」

 グウは、もう好きにしろ、という顔で手をヒラヒラさせたあと、魔王のほうを見て、苦笑いを浮かべた。

「すみません、魔王様。食いしん坊ばかりで」


「かまわん。あとで八角のダブの肉も持ってきてやろう」


「やったあ!!」

 魔王のセリフに、フェアリーとゼルゼがハイタッチした。

「古の魔族の肉! 超レアじゃん! ぜったい魔力たっぷりだ」


「さて、じゃあ行くか。とりあえず二階へ行って、あとはまあ、順路どおりに見学させてもらおうか」

 グウは二階の案内板を見上げて言った。



 その様子を、ひそかに二階の通路から盗み見ていた盗賊は、青ざめた顔で展示室にいる仲間のところへ戻った。


「どうだ? 敵の様子は」

「あいつらイカれてる」

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