第78話 血の海

 血を流してうずくまるヌシ殿のそばで、ガラの悪い魔族たちが彼の荷物を漁っていた。


 彼らこそ、盗賊団『黄金の牙』だった。

 人間から奪った車やバイクに乗って、こんなふうにオレンジハーバー地区の外にも出没することがたまにあった。


「携帯に、財布に……ん、何だこれ? いらね」

 盗賊の男がそう言って地面に捨てたのは、セイラの生誕祝いのメッセージカードがまとめられたアルバムだった。

 落ちた拍子にページが開いて、挟んであった魔王のメッセージカードが、風に乗ってひらひらと飛んでいった。


「このオッサン、もう食っていいか?」

「いいぞ」

「じゃあ、いただきま――」


 パアンッと、盗賊の頭がはじけ飛んだ。


 魔王は、気づけば指先から青白い光線を発射していた。


 ドサッ、とひざから崩れ落ちる仲間を見て、盗賊たちがどよめく。

「な、なんだ?」「急に頭が……」


「その人から離れろ」

 魔王は言いながら、彼らのほうに歩を進めた。


「デメっち……?」

 聞き覚えのある声に、ヌシ殿が顔を上げる。


「なんだ、このガキ?」

「お前がやりやがったのか?」

 体の大きい屈強そうな魔族が二人、前に進み出てきた。


「だめだ……デメっち……逃げなさい……」

 ヌシ殿は若い友人を巻き込むまいと、そう言った。


 二人のうち、赤いうろこに覆われた魔族がニヤニヤ笑いながら拳を振り上げる。魔法が使えるらしく、その拳はボッと謎の炎に包まれた。


 魔王は表情を変えず、虫でも追い払うように、さっと手を横薙よこなぎに払った。

 その瞬間、二人の魔族の体は真っ二つにちぎれ、駐車場の壁まで吹き飛んだ。


「えぇ?」

 ヌシ殿を蹴っていたゴブリン系の魔族が、頓狂とんきょうな声を出した。

 理解が追いつかないまま、ガキのほうを見ると、ピシャ、ピシャ、と血だまりの上を歩いて近づいてくる。

 目が合った瞬間、フリーフォールのように視界が落下した。


 ポタ、ポタ、と滴る鮮血。

 ゴブリン系の魔族の首は、いつのまにか魔王の手に握られていた。


 ポーンと、魔王はそれを盗賊たちのほうへ放り投げた。


「う、うわあああっ」

 数人が背を向けて走り出したが、逃走する者たちの頭を、魔王は容赦なく青い光線で撃ち抜いた。


 飛び散った仲間の肉片を前に、残された十数人は、戦うことも逃げ出すこともできず、その場で凍りついたように動きを止めた。


「ヌシ殿、大丈夫か?」

 魔王はそう言って、手を差し伸べた。


 おそらく魔族の爪で引っ掻かれたのだろう、ヌシ殿は背中から血を流していたが、幸いにも傷は浅いようで、出血は少なかった。

 ただ、彼はひどくおびえた表情で、ギョロッと目を見開き、普段の温和なヌシ殿とは似ても似つかない形相になっていた。

 彼はぶるぶると震える唇で、こう言った。


「ま、魔王……」


 魔王はハッと我に返り、そして、興奮のあまり魔力の調節を忘れていたことに気がついた。

 今、魔王の顔にはビキビキと青い血管が浮かび、頭には珊瑚さんごのような複雑怪奇な角が生い茂っている。


「ち、ちがう……これは……」


「来るな化物!! うわあああああっ」

 ヌシ殿は手足をジタバタさせながら立ち上がると、転がるように逃げていった。


 魔王は頭の中がぐちゃぐちゃになった。


(どうしよう……魔王だってバレた。このままじゃ……)

 最悪な想像が頭の中をかけ巡る。


 もしヌシ殿がほかのファンに話したら……

 もしSNSに書き込まれたら……

 もしセイラに知られたら……

 もし自分と関わったせいで、セイラの評判が悪くなったら……


(このままヌシ殿を行かせたらダメだ。この場で殺…………いや、何を考えてるんだ、俺は!! 最低だ!!)

 魔王は両手で頭を抱えてうずくまった。


 何て短絡的な思考回路……

 さっきも殺意が先にやってきた。

 心配やいたわりよりも先に、怒りと殺意が先にきた。


 所詮、己も魔族か。


「なんだ、コイツ。急に大人しくなったぞ!」

「い、今のうちだ! やっちまえ!」


 盗賊たちが威勢を取り戻す。魔法を使える者は魔力を練り、銃を持っている者は銃を取り出した。


 ドンドン!

 ダダダダダダ!

 ドカン!

 ゴオオオオッ!

 バン!


 銃火器と魔法のめちゃくちゃな集中砲火が魔王に浴びせられ、爆音と煙があたりに満ちた。


 さすがに殺っただろう、と盗賊たちは思った。


 だが、やがて煙の向こうに現れたのは、わけのわからない黒い半透明のドームだった。表面が波打っているように見えたが、よく見ると、黒い古代文字のようなものがカサカサと動きまわっている。

 文字がさっと左右にけ、中から先ほどの少年が姿を現した。


「お前ら、うんざりするほど魔族だな……」

 奇怪な角を生やした少年は、暗い光をたたえた目のまわりに、ビキビキと青筋を浮かべた。


「おい……ちょっと待て。見ろよ、あの角」

「コイツ、魔王じゃ……」

「まさか。こんなところにいるワケ……」


 ようやく何人かが気づいたようだったが、もう遅かった。



 一分後。

 血の海となった駐車場で、ただ一人、魔王だけがポツンとたたずんでいた。

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