第75話 ニュース速報
10日正午。
ヴァルタ国営放送。
「ここで速報です。魔族討伐作戦が予定されているダリア市に、魔王が到着したとの情報が入りました」
女性アナウンサーが原稿を読み上げる。
画面には『魔王 ダリア市入り』のテロップ。
「午前11時頃、魔王を乗せた軍艦がダリア港に入港しました。明後日に行われる魔族討伐作戦に参加するものとみられます。現地と中継がつながっています」
画面は港の映像に切り替わり、「こちらダリア港です」と若い女性レポーターが告げる。
「あちらの黒い帆船が魔王が乗っているとみられる軍艦です。現在、船のまわりは軍隊が警備しており、報道陣は近寄れない状況ですが――あ! 出てきた! 今、魔族が出てきました!」
カメラがぐーんとズームになり、
まず出てきたのは、紺色の制服に黒いマントを羽織った、体格も皮膚の色もバラバラな風変わりな部隊。
「魔族たちが続々と階段を降りてきます。同じ制服を着て、なぜか全員サングラスをかけています。ええっと、どれが魔王でしょうか。あ、最後に黒い毛皮のガウンを羽織った、頭に……なんだ、あれ……ものすごい角が生えた魔族が今、階段を降りてきました。やはりサングラスをかけています。とにかく皆サングラスです」
午後2時。
ワイドショー『グッドアフタヌーン』。
「えー、専門家の話によりますと、この頭に
ダリア港の
「死亡説も流れていた魔王ですが、ついに公の場に姿を現しました。これは本物と思っていいんでしょうか、先生」
「たぶん」
と、魔族の研究をしている大学教授が答えた。
「たぶん?」
「確認のしようがないんでね。現魔王について、映像はおろか、写真の一枚すら出回ってない。ただ、私が20年以上かけて魔族から集めた証言と、だいたい特徴が一致しますので、本物である可能性は極めて高いと思います」
「なるほど」
と、キャスターはうなずく。それからカメラに向かって、
「では、そもそも今回どういう経緯で魔王がダリア市に来ることになったのか、おさらいしたいと思います」
カメラが彼の手元のフリップを映す。
そこには、ダリア市長の発言が時系列でまとめられていた。
先月10日
『いつになったら魔族の立ち退きが完了するのか』という記者の質問に対し、『引き続き魔界にしっかり要請していく』と回答。
先月25日
『大規模な討伐作戦を予定している』
今月3日
『作戦決行予定日は12日』
7日
『討伐作戦には魔王の参加が予定されている』と発表。ただし、『ダリア市から参加を要請したわけではない』と会見で発言。
「えー、ということで、かなり急な発表だったわけですが、どう思われます? パリッピーさん」
キャスターはそう言って、ギャル風の若い女性タレントに話を振った。
「そうですねー。つか、そもそも魔族に頼らず、軍隊とか警察でどうにかできなかったのかなーって思うんですけど」
「それは難しいでしょうね」
と、大学教授が答えた。
「魔族っていうのは、とにかくタフで、銃で殺せない奴もいるわけですよ。そうなってくると、生身の人間ではなかなか対抗できない。かといって、ミサイルなんか撃ち込みますと、町に壊滅的な被害が出て、復興が困難になりますからね。なかなか退治が難しいわけです。その点、同じ魔族にやらせるというのは、効率的な方法ではありますね」
「なるほど。ただ、市長の発言を見てますと、『魔王まで出てこいとは言ってない』というふうに聞こえるのですが」
「ええ、言ってないでしょうね。魔王のほうが危険ですから。たぶん、市長も焦ってると思いますよ」
「会見を見てると、どうもそんな感じですね」
キャスターはそれから、カメラに向かって真面目な顔でこう締めくくった。
「魔族の立ち退きが急がれる一方、ある意味、それ以上の脅威を招き入れることになった市長の対応について、今後責任が問われることになりそうです」
* * *
午後3時。
ダリア市南部、オレンジハーバー。
《このあと、魔王は滞在先であるダリア観光ホテルに移動しました》
酒場には、テレビの声だけが響いていた。
いつもなら、昼間から魔族たちが酒を飲んで騒いでいるのに、この日は数人の客しかおらず、言葉を発する者も少なかった。
黄色い外壁が印象的なこのバーは、もともと人間が経営していたが、主人が避難してしまって以来、魔族のたまり場になっている。
「まさか本当に魔王が来るとは思わなかったぜ。どうするよ……」
カウンター席に座った魔族の男が、途方に暮れたような顔で言った。
「どうするも何も、ダブ様次第でしょ。アタシはダブ様が動かないなら、ここから動かない」
頭に青いバンダナを巻いた魔族の女は、そう言ってグラスに酒を注いだ。
* * *
午後4時。
アーキハバル。
イベントの控室にあるテレビで、夕方の情報番組が流れていた。
《この紺色の制服の魔族たちは、魔王親衛隊と呼ばれる精鋭部隊だそうです》
《見た目だけでいえば、あの赤くてデカいほうが魔王っぽいですよね》
《それより、あのグラサンを二つかけてる奴が気になるんですけど。どうなってんのアレ?》
「ふーん。魔王って生きてたんだ」
スタッフのつぶやきに、スマートフォンを見ていたセイラは顔を上げた。
「ニュースですか?」
「そう。魔王がダリア市に来たんだってさ」
「魔王?」
セイラは振り返って、テレビ画面に目をやった。
そこには、魔王が船から降りてくる映像が流れていた。
《横にいる魔族がめちゃくちゃデカいので、魔王がより小柄に見えますね》
と、男性タレントがコメントした。
「んん? なんだか、どこかで見覚えのあるシルエット……」
サングラスをかけた魔王の映像を見ながら、セイラは首をかしげた。
しかし、魔王を見かける機会などあるはずもないので、気のせいだろうと思った。
* * *
「ちょ、お前のせいで、俺がチビだと思われてるではないか!」
テレビを見ていた魔王が、ガルガドス隊員に向かって叫んだ。
「今度から俺の横を歩くな!」
「ええっ」
ガルガドス隊員は泣きそうな声を出した。
彼はいまだにサングラスをかけたままだ。
(理不尽……)
グウはガルガドスに同情した。
(というか、べつにコイツはサングラスかける必要ないんだけどな。なんかノリで隊員全員かけたけど……)
現在、グウたちはダリア市南部の『ダリア観光ホテル』の最上階、魔王のために用意されたスイートルームにいた。
地上38階建てで、最上階と37階を魔族関係者で貸し切っている状態だ。
といっても、オレンジハーバーから近いこのホテルは、黄金の牙のせいで他の宿泊客はほとんどいないらしいが。
最も広い魔王の部屋は、ベッドルーム、リビング、ダイニングに加え、会議室まであった。今はその会議室に、グウ、ギルティ、ガルガドス隊員のほか、デュファルジュ元老やジムノ課長も集まっている。
「じゃ、俺はもう寝るから」と、魔王は途中で席を立った。
「魔王様、諜報課から合図があれば、すぐ出発しないといけません。そのときは、ちゃんと起きてくださいよ」
「わかってる」
魔王はそっけなく言うと、会議室を出ていった。
現在、諜報課のメンバーの一人が黄金の牙に潜入していて、動きがあれば情報を伝えてくれることになっている。
「はやくも船が何隻か港を離れたようですが、八角のダブは依然として博物館跡地のアジトに留まっているようです」
諜報課のジムノ課長は言った。
「雑魚は放っておくがよい。ダブさえ逃がさなければ問題ないわい」
デュファルジュ元老はゆったりと紅茶を飲みながら言った。
「思惑通りに動いてくれればいいですが……」
グウはそう願った。
しかし、結局、夜になっても黄金の牙に目立った動きはなかった。
移動するとしたら夜中ではないかと、ジムノ課長は言っていた。
夕食時、グウは隊員たちに、むやみに外を出歩かないように念を押した。
敵のテリトリーは目と鼻の先。
作戦前に、何かトラブルがあってはならない。
そして、夜9時頃。
今日はもう動きはなさそうなので、グウは自販機でエナジードリンクを買って、自分の部屋に戻った。
グウの部屋は、魔王の部屋ほどではないが、じゅうぶん広くて快適だった。
眺めは良すぎるほど良いし、むしろ、高すぎてちょっと怖いくらいだ。
上着を脱ぎ、ネクタイをはずし、ベッドに腰かけてテレビをつける。
ニュース速報が流れた。
《速報です。さきほど、ダリア市のオレンジハーバー地区で、火災がありました》
女性アナウンサーが冷静に告げる。
《すでに火は消し止められましたが、一軒のバーが全焼しました。現場には複数の魔族の死体があったということです》
画面に火災直後の映像が流れた。
激しい炎に包まれる、黄色い壁の飲食店。
窓から半分飛び出した魔族の死体には、モザイクがかけられている。
そして、燃え盛る店の中から、サングラスをかけた三人の魔族が両手に酒瓶を持って現れた。
ブーッと、グウはエナジードリンクを噴き出した。
《この火災が魔族同士の抗争によるものなのか、討伐作戦に関係するものなのか。現在、確認中とのことです》
店から出てきたサングラスの三人組。
酒瓶をラッパ飲みしながら楽しそうに歩くその三人組は、私服に着替えてはいたが、どう見てもフェアリーと、ゼルゼと、ザシュルルトだった。
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