第73話 本当の作戦

 グウが出発前に聞かされていたダリア討伐作戦とは、魔王がダリア市に行くことで、戦わずに盗賊団『黄金の牙』を市から追い出す――というものだった。


「そこまでは同じですよ」

 と、諜報課のジムノ課長は言った。

「八角のダブとて、魔王様との戦闘は避けたいはず。魔王様が来たことをメディアが報じれば、盗賊共は急いでダリア市から逃亡するでしょう。八角のダブという魔族は、今までも魔王側との直接衝突を避ける傾向にありましたから」


「あ、そういえばフェアリーが言ってたかも。魔王軍とめそうになったら、さっさと逃げるって」

 ドリス隊員が、元・黄金の牙であるフェアリー隊員の証言を伝えた。


 どうやら、黄金の牙という盗賊団は、そうやって魔界の覇者との衝突を避けながら、のらりくらりと二千年も存続しているらしい。


「しかし、デュファルジュ元老の言われたとおり、奴らは一度逃亡しても、我々が去ったあとに、またダリア市に戻ってくる可能性があります」

 ジムノ課長は言った。


「そうなっては、わざわざ魔王様にダリア市まで足を運んでもらう意味がないからのぉ」

 デュファルジュ元老がしわがれた声で言った。

「黄金の牙が二度とダリア市に足を踏み入れぬよう、徹底的に潰す必要がある。とくに首領のダブは絶対に殺しておかねばならん」


「よって我々は、逃亡する盗賊共の船団をこの軍艦でひそかに追いかけ、魔界に待機している魔王軍と共に、これを挟み撃ちにします」


「挟み撃ち、ですか」

 グウは、ジムノ課長の言葉にちょっと驚いた顔をした。


「ええ。そもそも黄金の牙という盗賊団は、ダリア市だけに拠点があるわけではありません。最大勢力はダリア市にいますが、魔界各地にアジトを持っています。ダリア市から逃亡した八角のダブがまず向かうとすれば――」


 ジムノ課長はテーブルの上に地図を広げた。


「このブブル海岸にあるアジトです」

 と、彼は地図の上を細い指でトントンと叩いた。


 そこは、グウたちがこの軍艦に乗り込んだマルゼント港より、少し南に進んだ場所だった。


「そして、このアジトの裏の林に、魔王軍南方司令部の一個大隊を潜伏させておき、ひそかにアジトを包囲。ダブ達が逃げてきて一息ついた頃、奇襲をかけます」


「南方司令部……この軍艦の艦長といい、魔王様が出てきたとたん、急に協力的になりましたね」

 そこで兵を出すなら、最初から軍が全部やってくれりゃあいいのに、とグウは思った。


「そりゃあ、自分たちがサボっているせいで、魔王様のお手をわずらわせることになったんですから、名誉挽回に必死でしょう」

 ジムノ課長は言った。


 まあ、魔王がいれば確実に勝てるだろうから、安心して兵を出せるというのもあるだろう、と彼は付け加えた。


「さて、南方司令部の奇襲ですが、海岸に面したこちらの側だけ、あえて包囲を薄くしておき、海に逃げるように誘導します。ダブはここでも魔王軍との衝突は避け、船で移動しようとするはず」

 ジムノ課長は、地図上のアジトと思われる×印から、指をスススと海のほうへ動かした。

「しかし、その海岸で待ち構えているのが、魔王様と親衛隊のみなさん。逃げ場を失った八角のダブ、および黄金の牙の賊どもはあなた方と戦わざるをえず、全滅することになるでしょう」


「てっきりダリア市で戦うと思ってたのに。魔界でやるんだ」

 ドリス隊員が言った。


「ええ。万が一、魔王様と八角のダブが戦闘になった場合、周辺地域に被害が及ぶ可能性がぬぐい切れませんからね。ダリア市側も、そこは懸念を示していました。魔界で戦えば、そんな心配もいりません」


 ジムノ課長は、そうして作戦のすべてを淡々と語り終えた。

 前にギルティから聞いた“冷静で合理的”という人物評と、同じ印象をグウも受けた。


「話は大体わかりました。まあ……確実に勝てるでしょうし、その作戦に従いましょう。ただっ……」

 と、グウの声に力がこもった。

「先に言っといてくださいよ……!!」

 嘆きと怒りが入り混じった、切実な叫びが船室に響く。

「戦うのはウチの隊員たちなんですから! 魔王様がいる以上、100%勝てるとはいえ……こっちだって、心積もりってもんがあるんです!」


 デュファルジュ元老は、オホホと穏やかに微笑んだ。

「悪いのう。仕方がなかったんじゃ。奇襲は事前にバレちゃったら意味がない。情報が漏れるリスクをなるべく排除する必要があっての。敵をあざむくには、まず味方からって言うじゃろ?」


 クソジジイ……!!

 グウは机の下で拳を握りしめた。

 もう一生信用するもんか、と思った。



 * * *



 その夜。

 グウは自分の船室に向かって、艦内の薄暗い通路を歩いていた。


 そのとき、ふと、

 ヒタヒタヒタ――と、後ろから小さな足音が聞こえたような気がした。


 振り返ると、そこには、白いドレスを着た少女が悲し気にたたずんでいた。

 長い茶色の髪をした、まだ幼い少女だ。


 グウは心臓のあたりが冷たくなるのを感じた。

 息をすることも忘れて、その場に立ちすくむ。


 少女は、自分の名前を呼んで、こう言った。

「忘れないで」


「!!」

 グウは目を開けて、ガバッと起き上がった。


 視界には、低い天井と、掛布団。

 ベッドの上だった。


 夢か。


 大きく息をつく。

 こんな夢を見るなんて、よほど疲れているのだろう。


 部屋はガルガドス隊員と同室で、彼はすでに下段のベッドでいびきをかいて眠っている。


 少し外の空気が吸いたくなって、グウは寝間着のジャージのまま部屋を出た。

 ちなみに彼は服装に無頓着なので、寝間着も、部屋着も、普段着も、私服はすべてジャージである。


 夢と同じ、薄暗い通路を歩いていると、ふいに前方で扉があいて、中から白っぽい人影が姿を現した。


 白い服を着た、髪の長い少女。


 グウは凍りついたように動けなくなった。


 幻だ。

 きっとまだ夢を見ているのだろう。

 そう思って目を閉じた。


 忘れないで。


 頭の中に声が響く。


「忘れてないよ……」

 自分に言い聞かせるように、小さくつぶやく。


「何を忘れてないんですか?」


 聞き覚えのある声に、グウははっと目を開けた。


「隊長? どうしたんですか?」


 そこにいたのは、ギルティだった。

 白いワンピースみたいな寝間着を着て、髪をほどいている。

 いつもの三つ編みじゃないので、彼女だと気づかなかった。


「なんだ、ギルティか……」

 グウは胸を撫で下ろした。

「完全に幽霊だと思った」


「ふぇっ」

 彼女はショックを受けたような顔をした。


「ていうか、こんな時間にどこ行くの?」

 グウはたずねた。


「デッキです。窓からヒカリトビウオの群れが見えたので、つい見たくなっちゃって」


「ヒカリトビウオ?」


「あれ? ご存じありません?」

 彼女は目を丸くした。

 それから、急にモジモジした様子でこう続けた。

「よ、よろしければ、少しだけ、一緒に見ませんか?」

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