第70話 黄金の牙

 盗賊団『黄金の牙』の歴史は古い。


 約二千年前、いにしえの魔族『八角のダブ』によって結成され、現存する組織の中では、魔界最古の盗賊団だといわれている。


 彼らは各地を転々と放浪しながら、自由奔放じゆうほんぽうに暴れまわってたきた。

 時の支配者と対立することはなかったが、かといって服従することもなかった。


 そんな彼らがダリア市に入ったのは、ほんの10年前。


 もともとダリア市には、戦時中から傭兵ようへいくずれの魔族が住み着いて問題になっていたが、そこに『黄金の牙』がやって来てからというもの、街の治安は悪くなる一方だった。


 そもそも、彼らはどのように人間界に侵入したのか。


 通常、人間界に行くには、魔界の門を通らねばならない。


 なぜなら、魔界と人間界の間には、魔力を帯びた『別れの森』が広がっており、容易に通り抜けることができないからだ。


 魔界の門とは、文字通り巨大な門であり、関所である。

 魔王軍所属の屈強な門番が守っていて、事前に申請のない者は決して通さない。


 よって、『黄金の牙』のような犯罪集団は、本来なら人間界に入れないはずなのだ。

 そう、地上からは。


 その抜け道が、海路である。


 魔界南東部からガザリア海を舟で渡れば、一日でダリア半島にたどり着いてしまうのだ。

 そうして、この地に住み着いた盗賊は、2000人とも3000人ともいわれている。


 現在、彼らはダリア市立博物館の跡地を拠点とし、その勢力をどんどん拡大しているという。




「ねえ、アタシたちを退治しに魔王が乗り込んでくるって噂があるけど、本当かな」


 粗末な釣り小屋の茣蓙ござの上でゴロゴロしながら、魔族の娘が言った。

 青いバンダナをヘアバンドみたいに頭に巻いたその女盗賊は、上半身にはTシャツを着ていたが、下半身はパンツ一丁だった。


「魔王が? 来るわけねーだろ。誰に聞いたんだよ、そんな話」

 隣で釣り糸を垂らしている魔族の男が鼻で笑った。


 博物館の裏手の海岸には、海にせり出すような形で、雑な造りの釣り小屋が並んでいる。この辺りはよく魚が獲れるのだ。


「通りすがりの郵便屋。魔王城の近所に住んでる奴らが噂してたんだとよ」

 女はそう答えて、手に持ったサイダーをぐびっと飲んだ。


「どうせ脅しさ。実際には来ねえよ」


「そうそう。魔王軍だって警告してきただけで、結局来なかったしな」

 釣り小屋の親父も、タバコをふかしながらそう言う。


「こんな楽園、手放してたまるかよ。ここはもう俺たちの土地さ」

 魔族の男は黄ばんだ歯を見せて笑った。


 この男は昨日、若い人間のカップルを食い殺して、バイクを奪った。


 ここでは、人間から奪えば、何だって手に入る。

 食料も、服も、住むところも。

 水や電気でさえ、そのへんの家や施設に押し入って、勝手に拝借している。


 本当は魚なんか釣らなくたって、近くの町へ繰り出して、コンビニを襲ったり、レストランを襲ったりすれば食糧は手に入るのだが、この海の魚はなかなかに美味いので、のんびり釣りをするのも悪くなかった。


 この街は奪い放題だ。


 なんの制約もない、自由気儘きままな生活。

 これこそ、魔族の理想の生き方だ。


 と、そんなことを思いながら、盗賊の娘はサイダーのびんを海に投げ捨てると、また寝転がってウトウトし始めた。



* * *



「以上が、盗賊団『黄金の牙』についての情報だ」

 隊員たちの前でグウは言った。


 ダリア市への出発を一週間前にひかえ、魔王親衛隊は、朝から会議室でオリエンテーションを行っていた。


「また、元メンバーであるフェアリーの話では、『黄金の牙』のメンバーは流動的で入れ替わりが激しいらしい。組織内にはこれといったルールがなく、無秩序な感じだが、首領『八角のダブ』の地位だけは絶対的で揺るぎない。そうだな、フェアリー?」

 グウはそう言って、二列目に座ったフェアリー隊員のほうを見た。


「まあ。僕チンがいた15年前の話だけどね。だから、人間界に移動してからのことはよく知らないよ」

 フェアリー隊員は肩をすくめた。


「でも、どうせ戦わないんですよね?」

 隣のゼルゼ隊員がダンディな声で聞いた。


「一応その方針だが、戦う心づもりは必要だぞ。相手が引かなかった場合、戦うしかないからな。全員ちゃんと準備を……て、あれ? 全員……?」

 グウは何かに気づいて、部屋を見渡した。

 会議室には、グウ以外に八人の隊員が集合していた。

「そういえば、ダーツは? そろそろ退院じゃなかった?」


 もはや幻の存在になりつつあるダーツ隊員を、グウは思い出した。


「あ、それなんですが、隊長……」

 ギルティが気まずそうに手を挙げて発言した。

「昨日、病院から連絡がありまして、隣のベッドの患者と大ゲンカしたらしく……内臓破裂により全治三カ月だそうです」


「またかよ。あいつ、退院する気ねえだろ」

 グウは呆れ顔で言った。


 気を取り直して、八名に向かって話を続けようとすると、一番前の席で、坊主頭がゆらゆら揺れているのが目に入った。


「おい、ザシュ! 起きろ。まだ話は終わってねえぞ」


「ほわっ!? はい! 起きてるっす!」

 ザシュルルト隊員がビクンッとして目を開けた。

 彼の髪型は現在、金髪の五分刈りになっている。


「まったく。こっからが重要な研修なんだからな」


「研修?」

「ぐえ。勉強っすか?」

 隊員たちはあからさまに嫌そうな顔をした。


「そうだ。何のために会議室なんかに集合したと思ってる。命にかかわることだから、しっかり聞くよーに!」

 そして、グウはコホンとせき払いをした。

「えー、では、これよりコンプラ研修を始めます!」


「うん?」「こん……ぷら?」

「こんぷら?」「何それ?」「知らない」

 首をかしげる隊員たち。


「ゴミの分別の話っすか?」とザシュ。


「違います」

 グウは真顔で否定した。

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