第69話 快適なネットライフを
魔王は基本的にROM専だ。
つまり、見る専門。セイラがゲーム実況のライブ配信をしていても、コメントを書き込むことはなく、視聴に徹するタイプのリスナーである。
ただ、この日はそのスタンスが揺らぐことになった。
「今日はこのゲームで、視聴者参加型のカスタムマッチをやりたいと思います! どしどし参加してくださいねっ」
画面の中から、セイラがキラキラした笑顔で呼びかける。
(あ、このゲーム、昔よくやってて得意だ……どうしよう、参加してみようかな……)
いつもは視聴に徹している魔王も、得意なゲームでセイラと遊べるチャンスを前に、参加したいという欲が出てきた。
「た、たまには参加してみるか」
魔王はパソコン上でゲームを起動した。
ところが、久々に起動したゲームの画面には《アップデートが必要です》の文字が。
急ぎアップデートを開始するが、その間に一戦目が始まってしまった。
「くっ! アップデートが終わらない……!」
配信画面の中では、二戦目、三戦目と、セイラがほかのリスナー達とゲームを楽しんでいる。
「おい! はやくしろ、はやくうううう!」
魔王は机の下で足をバタバタさせた。
しかし、無情にもアップデートは中断されてしまい、《インターネットの接続状況を確認してください》の文字が表示される。
「魔界の回線がゴミすぎる!!」
そして、ようやくアップデートが完了したときには、すでにセイラはほかのリスナー達と共に最終ラウンドを開始していた。
「うおおおおおっ」
魔王は悔しさで天を仰いだ。
「クソォッ! いつになったらネットが速くなるんだ!」
彼は席を立って、壁に設置された内線電話の受話器を取った。
「デュファルジュを呼べ!!」
* * *
「魔王様に御出陣いただく? 本気で言ってるんですか?」
グウは
「そうじゃ。魔王様にダリア市に入っていただき、魔族共に退去命令を出す。さすがに魔王様が出てくれば、敵は逃げ出すしかあるまい。現時点で魔王デメに勝てる者はこの世におらんからの。戦わずしてダリア市は平和になるじゃろ」
デュファルジュ元老は余裕たっぷりの笑みを浮かべた。
「いや、魔王様が行けばそうなるでしょうけど……行くわけないじゃないですか。あの魔王様ですよ? 最近ようやく部屋から出るようになったとはいえ、遠征なんて……セイラちゃんのイベントでもない限り、絶対行かないと思いますけど」
「いや、行っていただきましょう……!」
外交課のゴゴン課長が険しい顔で言った。
「行っていただくしかない! これは魔界の
「ええ、まあ。魔界でも流れてますし」
ゴゴン課長の話によると、ダリア市側は『もはや魔王は死亡しており、魔界は統治能力を失っているのではないか』と疑っているらしい。
まったく失礼極まりない、と課長は鼻息を荒くする。
「統治されてるからこそ、人間界が無事なのにね」
ドリス隊員が言った。
「その通り! なのに、ダリア市の市長ときたら! 『魔王は本当に生きてるんですか?』とか『なぜ盗賊ごときをすぐに退治できないんですか?』とか『魔王軍は盗賊より弱いんですか?』とか、言いたい放題ですよ! こうなったらもう、魔王様を出して、黙らせてやりたい……!」
ゴゴン課長がグググッと拳を握りしめた。腕の筋肉が盛り上がり、ピチピチのスーツが今にも破けそうである。
「うむ。この際、生きているお姿を全世界に見ていただこう」
デュファルジュ元老が
「というわけで、グウ。ちょっと魔王様を説得して来てくれ」
「なんで俺が!? 自分で行ってくださいよ!」
「お前さん得意じゃろ、説得」
「得意じゃねーよ!!」
面倒事を押し付け合いながら騒いでいると、コンコン、とノックの音が響いた。
「デュファルジュ様、魔王様がお呼びです」
元老の秘書がそう知らせると、部屋の中は一瞬しんと静まり返った。
「ほら、説得するチャンスですよ、元老」
グウが目配せをした。
「ぐぬぬ。仕方がない……」
元老は重い腰を上げ、部屋を出て行く。
(絶対に無理だ。魔王様が行くはずない)
グウはそう確信していた。
――10分後。
デュファルジュ元老は戻ってくるなり、こう言った。
「魔王様、ダリア市行くってさ」
「うそおおおおおおお!?」
こうしてダリア討伐作戦は動き出し、グウの休暇取得の夢は霧散した。
* * *
外交課のゴゴン課長は「人間側と調整してきます!」と、張り切って去っていった。
「俺の休日……」
グウは遠い目をして窓の外を見つめた。
悲しいほどに澄んだ青空が目に染みる。
「まあ、魔界の未来のためだと思って、しっかりやりなされ。オホホ」
デュファルジュ元老が満足そうに微笑んだ。
「魔界の未来ねぇ」
グウはため息まじりに
「俺には、その光ファイバーってやつの重要性がイマイチわかりませんがね。パソコン持ってる奴なんて、魔界じゃごく一部だし。それも魔王様みたいに趣味で使ってる奴がほとんどだ。そんなに差し迫った必要性は感じないけどな」
「わかっとらんなぁ。必要になってからじゃ遅いんじゃよ」
ホホッ、と元老は笑った。
「お前さん、いつまでも魔界が“奪う”だけで存続していけると思うかの? これからの魔界の発展に、通信網の整備は不可欠じゃ。頼んだぞい」
デュファルジュ元老は透明な頭の横でひらひらと手を振ると、自分の書斎に戻っていった。
(クソジジイには違いないが、魔王様のそばには必要な人だとわかる――けど、クソジジジイだな)
グウはそう結論づけて、ドリスと共に親衛隊の執務室に向かって歩き出した。
「はあ。面倒なことになったなぁ。みんなで遠征するとなると、来月に向けてスケジュールとか調整しないと」
グウは特大のため息をついた。
「本当に戦わずに勝てるのかなあ。どうせだったら戦いたかったなあ」
ドリス隊員がぐぐーっと伸びをしながら言った。
「元気だな、お前。その『黄金の牙』って奴らがどんな盗賊団か知らないけど、さすがに魔王様と一戦交えるほど命知らずじゃないと思うぞ。まあ、万が一、戦うことになった場合にそなえて、情報収集は必要だけど」
「黄金の牙のことなら、フェアリーに聞いてみたら?」
「なんでフェアリー?」
「だって、黄金の牙の元メンバーでしょ」
「え!? そうなの!?」
初耳だった。
だが、そこまで驚くことでもない。
魔王親衛隊の求人は、基本的に経歴不問。
強ければOKで、過去は問わない。よって、盗賊出身の隊員はべつに珍しくはないのだ。
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