Case8 隠蔽したい <ダリア討伐編>

第67話 開幕

 魔界北部で最大の町、エグドール。


 この町にあるエグドール歌劇場・通称『魔界オペラ座』は、今夜も着飾った上流階級の魔族たちで一杯だ。


 今宵の演目は、有名なオペラ『騎士グラン』を元にした人気ミュージカル、『いばら誓紋せいもん』。

 舞台の上では、上半身に誓いの刺青いれずみを彫った青年――騎士グランが、女王デプロラに情熱的な愛の歌を捧げていた。


「思ったより、メロドラマだなぁ」


 二階のVIP専用のボックス席で、蝶ネクタイをしたシレオン伯爵がつぶやいた。


「彼らが恋愛関係にあったっていう史実はないんだけどね。人間界からの影響で少女漫画が流行ってるから、そのへんを意識した脚本なのかなぁ。ねえ、ベリちゃん」


 隣を見ると、舞踏会にでも行くような、ゴージャスな赤いドレスを着たベリ将軍が、目を閉じてスースーと寝息を立てていた。


「あれ、ベリちゃん?」


「ああ、ごめん。眠くなっちゃった」

 ベリ将軍はふにゃふにゃと言って、目をこすった。

「だって、このお話もう何回も舞台化してるんだもん。みんな好きだよねえ、ユーグレイス城の悲劇。私もう飽きちゃったなー」


「仕方ないさ。悲劇ってのは、昔から魔界の人気ジャンルだからね」

 伯爵は肩をすくめた。

「魔族にはハッピーエンドも勧善懲悪もウケない。人気があるのは、常に悲劇か復讐劇さ」


 彼の言う通り、魔族が好むのはスカッとする復讐劇か、嗜虐しぎゃく心を満たす悲劇だった。

 復讐劇では「自分を見くびった相手を強くなってボコる」というテンプレが重視され、悲劇では、美男美女が惨たらしく殺されるほど芸術的評価が高まった。


「どっちもあんまり興味ないなあ。剣闘士の試合のほうが面白いよ」


「まあ、そう言うなよ。この舞台の見どころは後半だ。最後に騎士グランが体を真っ二つにされて額縁がくぶちに飾られる場面、実際に演者の体を引き裂いて殺すらしいよ」


「へえ、あのイケメン俳優殺しちゃうんだ」


「いや、もちろん主演の俳優は殺さないよ。そのへんで捕まえてきたそっくりさんを身代わりにするのさ」


「あー、なるほど。でも私はやっぱり、一方的な処刑より、殺し合いが好きだな」


「ハハッ。相変わらず血の気が多いねぇ」

 伯爵は苦笑した。

「そうだ。殺し合いといえば、来月あたりにダリア市で大規模な魔族の殺し合いがあるらしいね」


「へえ、なんで? ダリア市って人間界でしょ? なんで人間界で魔族が殺し合うの?」


「何言ってんの、ベリちゃん。君のせいじゃん」


「えー?」


「ダリア条約の件、忘れた?」


「ん?」


「ほら、魔界に光ファイバーを引いてもらうかわりに、ダリア市の魔族を討伐する件だよ。君たち魔王軍がちっとも動かないから、かわりに魔王親衛隊が行かされるんだってさ」


 ベリ将軍は目をパチパチさせながら、コテンと首をかしげた。


「わーお、記憶にすらないんだ。グウが不憫ふびんで泣けてくるね」

 伯爵は呆れたように言った。



 * * *



 魔王城。

 魔王親衛隊の執務室にて。


 自席でスケジュール表を作成していたグウは「おや」と思った。

 そこには、各部署からの応援要請や、魔王の予定、隊員の休暇予定などがびっしり書き込まれていたが、一ヶ所だけぽっかりと空白の日があった。


(来月の12日、予定が何もない……だと!?)


 ボールペンを持つグウの手がふるふると震えた。


(休める……?)


 グウは最後に休みを取った日を思い出そうとしたが、思い出せなかった。

 いつだ?

 あの、日帰りでソロキャンプを決行してクソ疲れた日は。

 滅多に休みが取れないからって、有意義に過ごさねばと気負いすぎて失敗したあの日は、去年か? 一昨年か? 

 思い出せない。

 グウはぞっとした。


(やばい……そろそろ休まないと死ぬ!!)


 絶対に休もう。

 11月12日、絶対に休む。

 死ぬほどゴロゴロしてやる……!


 そう、決意を固めた直後――


 ジリリリリ!!


 と、無情なる黒電話の音が響いた。



 ちなみに、魔界に有給休暇という概念はない。

 休んだ分はしっかり給与から引かれる。

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