第62話 チェリー狂

「ようはセイラさんに対する執着さえ無くなればいいわけですよね?」


 ギルティは持ってきたつえを体の前に構えた。

 すると、杖は金色に光り出し、柄の長い魔法杖ロッドに変化した。先端についた人面鳥のギョロリとした目が相変わらず不気味である。


「催眠魔法を使って認識をすり替え、セイラさんやチェリー☆クラッシュに対する執着をべつの何かに転移させます」


「執着を転移? そんなことができるのか?」

 グウが驚いた顔でたずねる。


「はい。たとえば執着の対象を……そう、果物のチェリーとかに。実物か写真があればいいんですけど」


「写真なら出せるぞ」

 魔王がバジルのスマートフォンを使って、さくらんぼの画像を検索した。

「これでいいか?」


「はい! いけそうです」

 ギルティは杖を地面に突き立てた。

 パアアアアッ、と紫色の光で足元に魔法陣が描かれる。

「ついでに、このテント内での出来事も夢だって催眠かけときます」


「な、何をする気だ……! やめろおおお」

 ナイフ投げの的にはりつけにされたまま、バジルが大声で叫びはじめた。

「なんで俺がこんな目に! 俺が何をしたっていうんだあぁ!」


「うるさい。俺の推しを苦しめたお前が悪いのだ。殺されないだけマシだと思え」

 魔王がムスッとした顔で言った。


「なんでだ! 俺はただ、セイラのために……そりゃ多少は見返りを求めたかもしれないが、そんなの誰だってそうじゃないか! アンタだってそうだろ!」


「は?」


「アンタだってセイラの特別になりたいんじゃないのか! そうだ、だから俺を悪者にして、ヒーローぶって、セイラに取り入ろうとしてるんだ! 俺と何が違うんだぁ!」


「違う!! 俺は……!」

 魔王は勢いよく椅子から立ち上がった。

 だが、その顔には動揺の色が浮かんでいた。

「俺は…………」


「いえ、あなたと魔王様は全然違いますよ」

 ギルティが平然と言った。

「だって、セイラさんは魔王様のことは嫌がってませんもの。たとえ気持ち悪さは同じでも、相手がどう感じているかの違いは大きいと思いますけど」


 魔王が驚いたような表情でギルティを見た。


「だから! それはセイラの誤解で……」


「もうやっていいぞ、ギルティ」

 グウが言った。

「俺たちは裁判官じゃないんだし、言い分をぜんぶ聞いてやる必要はない。魔王様のご機嫌を損ねた者が生きて帰れるなんて、むしろラッキーだと思ってもらわないと」


「いきます!」

 と、ギルティは杖をバジルに向けた。

改竄の振子リライト・ペンデュラム!」


 人面鳥の口がガバッと開いて、奥から二本の黒い腕が出てきた。

 片手に水晶のついた振子を持ち、もう片方の手でさくらんぼの画像が表示されたスマートフォンを掴むと、それをバジルの目の前に突き出した。


「うわああああっ!! 何だこの手は!!」


「今からあなたの推しは、このチェリーです」


 ギルティがそう告げた直後、振子が強烈な紫色の光を放った。



 * * *



 インターフォンを鳴らすと、セイラとエレナが勢いよく玄関から飛び出してきた。


「良かった……! 戻って来ないから心配してたんです。外を見ても誰もいないし。今、近くを探しに行こうかと話してたところで」


「すみません、遅くなっちゃって!」

 ギルティは慌てて謝った。

「あの、ちょっと来てもらっていいですか?」


 駐車場に下りてきたセイラとエレナは、地面に横たわるバジルに驚きの声を上げた。


「えっ!?」

「バジルさん!? な、何があったんですか?」


「あ、大丈夫。ちょっと催眠術で眠ってるだけなんで」

 駐車場で待っていたグウが言った。


「催眠術!?」


「そう、じつは彼女はプロの催眠術師なんです」

 と、グウはギルティを紹介した。


「プロ……の催眠術師?」

 エレナが疑わしげに眉をひそめる。


「はい。私の催眠術で、バジルさんの心からセイラさんへの執着を取り除きました。これで彼はもうセイラさんにストーカーはしません」


「えっ!? そんなことができるんですか?」

 セイラは大きく目を見開いた。


「ホントに大丈夫なん? こういうストーカー気質って、簡単には治らんと思うけど……」

 エレナが心配そうに言った。


 そのとき、バジルがふいに目を覚まして、ムクッと起き上がった。


「あっ」

 セイラがビクッとして後ずさりする。


「ん? なんで俺はこんなところに……」

 バジルはきょろきょろと周囲を見回した。

「たしか俺は……チェリーに会いに……いや、チェリーを買いに来たはず……」


 そして視界にセイラが映った。

 目と目が合って、セイラは息をのんだ。


「ああ、セイラか……あれ? なんでセイラの家に来たんだっけ……」


 目が合っても、まったく感情の動きが見られないその表情に、セイラは以前との明確な違いを感じ取った。


「それより、すぐにチェリーを買いに行かないと! 誰かに買われる前に、俺が買うんだ。チェリーは俺のものだ!」


 バジルはそう言って立ち上がると、どこかへ向かって駆けだして行ってしまった。


「あのとおり、セイラさんへの興味は失っていますので、もう付きまとわれる心配はないはずです」

 ギルティはそう説明してから、ちょっと申し訳なさそうな顔をした。

「ごめんなさい。ファンを一人減らしちゃって」


「いえ、そんな! いいんです、それは」

 セイラは顔の前でブンブンと手を振った。

「ファンのことはみんな大事に思ってるし、バジルさんにも、最初は本当に感謝してたけど……でも、あの人の思いには絶対に応えられないから……離れたほうが、きっとお互いのためなんだと思います」


 魔王は少しうつむいて、何か考え込んでいるようだった。


「セイラちゃん、ちょっと確認してもらいたいんだけど」

 グウはそう言って、バジルのスマートフォンを見せた。

 当然のように返していなかった。

「バジルにオフショットを送ってたのは、このアカウントの子みたいなんだけど、心当たりある?」


 スマホの画面には、『マロン』というアカウント名が表示されていた。

 出会いを求めるような文面と、写真が何枚か投稿されていたが、すべて首から下だけ。それも胸の谷間だったり、太ももだったり、何だかセクシーな写真ばかりだ。


「うわ、なんかいかがわしいアカウントじゃない? 裏垢女子的な」

 エレナが顔をしかめた。

「あれ? でも、なんかこの服見覚えがあるような……」


「この部屋……」


「セイラ? どうしたの?」


 エレナの声にも反応しないほど、セイラは画像に見入っていた。

 彼女の視線は、写真の一角に映り込んだ、うさぎの目覚まし時計に注がれていた。

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