第61話 悪夢サーカス

 そこは奇妙な円形の広場だった。


 叫び声を聞いて駆けつけたグウとギルティは、そこで繰り広げられている異様な光景に目を見張った。


 玉乗りをする異形の魔物。生首でジャグリングをするピエロ。軽快でどこか不穏な音楽を奏でる音楽隊。頭上では空中ブランコが振り子のように揺れ、首のない曲芸師が宙を舞っていた。

 広場の中心では、ダーツの的のような円盤に人間らしき男がベルトで手足を固定されて回転していた。

 その的に向かって、顔を白塗りにしたピエロがナイフを投げている。

 ナイフは次々と際どい場所に刺さり、男は回転しながら狂ったように叫んでいた。


「なんじゃこりゃ」

 

 思わず声を漏らすグウと、軽く眩暈めまいを覚えるギルティ。


 そのナイフ投げをしているピエロの横には、豪華なテーブルと椅子のセットが置いてあり、見物人が一人、腰かけていた。魔王である。


「魔王様!」

 二人が同時に叫んだ。


 呼ばれた魔王はギクッとした顔でこちらを振り返った。


「いや、違うんだって……これは、その……」

 彼はもごもごと言った。

「思ったより話通じない系で……たぶん俺じゃなくても説得できなかったと思う……」

 

 バツが悪そうに目をそらす魔王に、グウは困惑気味にたずねる。


「いや、あの、べつに責めないんで、とりあえず何やってるか教えてもらえます? てか何なんですか、この場所は」


「何って……『悪夢サーカス』だけど……」

 魔王はまるで既知の事実みたいに言った。


 魔界大百科、拷問の章。悪夢サーカス。

 魔王いわく、このサーカスに迷い込んだら最後、凶悪な魔族であっても数時間で発狂するという。


「だって、こいつ、一度追い払ったところでストーカーやめそうにないし、かといって殺せないし、もう精神崩壊させるしかないと思って……」

 魔王は苦々しそうに、回転している男のほうを見た。


 そのストーカー男――バジルはすでに白目をいて気絶した状態で回っていた。


「えぇ……ちょっと待ってください。いったんストップ。まだいろいろ聞くことがあるんで精神崩壊されたら困ります。魔界とのつながりについても確認しないと」


 グウがそう言うと、魔王が片手を上げて合図を出した。

 ナイフ投げは中止され、バジルの回転も止まった。


「魔界のことは、俺がもう尋問したぞ」

 と、魔王は言った。

「魔界とは何のつながりもないし、魔族とは一度も会ったことがないそうだ。こいつ自身も、ただの人間で間違いない。二階から落ちただけで気絶したし、人間の身分証も持ってた」

 彼はそう言って、テーブルの上を指さした。


 テーブルの上には、バジルのものと思われるスマートフォンや財布、カード類や鍵が散乱していた。

 グウはそのカードの中から、社員証らしき一枚を拾い上げた。

「バジル・グレイフォールド。バジルって本名だったのか」


「というか、グウ。そっちはどうなったんだ。お前が出て行ってすぐにこいつは来たし、お前の読みは外れたぞ」

 魔王がジトッとした目で言った。


「すみません。どうもそのようですね。こっちはやはり魔族がらみでした。で、俺も魔法で襲われました」


「なんだとっ?」


 グウはスーツの内ポケットから、傷ついた三つ目の小鳥を取り出した。回収した二号である。

「攻撃してきたのは魔法で操られた人形です。操ってた者は姿を見せず、人形自体も燃え尽きて、何の痕跡も掴めませんでした。あとで詳しく話しますが……」


 魔王はグウから二号を受け取った。

 二号は、ピゲッ、ピゲエッ、と何かを訴えるように鳴いた。


「怪しい仮面の奴がセイラの家の方向を見ていたので、接近したら撃ち落とされたと言っている」

 魔王が通訳した。

「つまり、バジルとは別に、魔族の誰かがこちらを監視していたということか」


「そういうことになるかと」


「監視って……セイラさんをですか? それとも、私たちを?」

 ギルティが不安そうな顔で言った。


 グウは腕を組んで考え込んだ。

 正直、わからないことだらけだった。

 わかっているのは、今回のストーカー騒動には、二つのアクターが存在していたという事実。

 つまり、ストーカー男バジルと、仮面の人形を操っていた魔族だ。


 グウはおもむろにバジルに近寄ると、彼のほほをペチペチと叩いて起こした。

「バジルさん、ちょっといいですか」


 目を覚ましたバジルは「ひいいっ」と叫び声を上げた。「やめろおおぉ、殺さないでくれぇ!」


「ええ、殺さないんで、ちょっと教えてください」

 グウは日常会話みたいなトーンで言った。

「一カ月ほど前から夜道でセイラちゃんをつけてたのは、アナタで合ってます?」


 とにかく状況を整理するため、何がバジルの犯行だったのかを確認したかった。


「ぅえ? は、はい?」

 バジルは叫ぶのをやめると、戸惑った表情で目をしばたかせた。


「どうなの?」


「え、ええと……初めて後をつけたのが、二週間くらい前だったと」


 微妙に期間のズレがある。

 となると、一カ月前からセイラを尾行していたのは、魔界関係者である可能性が出てくる。

 やはり、狙いはセイラか?


「セイラちゃんの部屋に侵入して、チェキを持ち去ったのもアナタ?」


「チェキ……? なんのことですか? 部屋になんて入ってませんよ」


「嘘をつくな。セイラの部屋に入ってチェキを持って帰っただろ」

 魔王が口を挟んだ。


「入ってませんって! 本当です! そんなことしたら不法侵入じゃないですか」


「不法侵入には罪の意識があるんだ……」

 ギルティがつぶやいた。


 バジルは部屋に侵入していないと主張。

 これも、嘘ではなさそうだ。


「そうだ、隊長!」と、ギルティが思い出したように言った。「オフショット流出の件も、出所を確認したほうがいいのでは?」


「あ、たしかに。この際、横流し犯も確かめとくか」

 グウはうなずいて、バジルにたずねた。

「セイラちゃんに送ってたオフショット、誰からもらったんだ?」


「SNSで声をかけてきた女の子から買いました」

 バジルは答えた。


「どんな子?」


「し、知りませんよ。会ったことないし。顔が映ってる写真は公開してなかったし」


 念のため実際のやりとりも確認することにし、魔王がバジルのスマートフォンを操作した。

 数字を入力するタイプのロック画面が表示されたが、バジルに番号を問い詰めたら解除できた。


「これでもう聞くこともないな。魔法も見られたことだし、サーカスの続きを始めるか」

 魔王が言った。


「あー、ちょっとお待ちください。発狂させてから人間社会に放すのは、いろいろ問題があるような。もう少し検討しましょう……」

 グウは慎重論を唱えた。


「あのっ! 精神崩壊させなくても、ストーカーをやめさせられそうな魔法があります!」

 ギルティが挙手して発言した。


「おっ、ほんとか、ギルティ」


「はいっ、お任せください」

 彼女は自信ありげに微笑んだ。

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