第58話 仮面の射手

 ストーカー男・バジルは人間であるという前提で動いていたグウたちは、「魔法攻撃」という言葉に驚きを隠せなかった。

 いったい何がどうなっているのか、グウは頭が混乱した。


「どういうことですか? 魔法攻撃って……バジルにやられたってことですか?」


「わからん……」

 魔王も困惑気味に答えた。

「怪しい奴を見つけたとたん、ピカッと光るものに撃たれて、ドサッと落ちたと……」


「全然わかんないんですけど」


「しょうがないだろ! 鳥に表現力を求めるな!」


「もし魔法で二号を攻撃したのだとしたら、バジルは魔族ってことか……?」


 グウのつぶやきに、魔王の表情がかげる。目つきが鋭くなり、額に青筋が浮かんだ。

 もし本当にバジルが魔族なのであれば、魔王は彼を八つ裂きにするだろうし、誰もそれを止めることはできない。


「あるいは、魔法が使える人間ということも考えられます」

 ギルティが別の可能性を示唆しさした。


「魔法使いの末裔まつえいか。たしかに、ありえなくはないか。魔王様、場所は? 二号はどこで撃ち落とされたんですか」


「北側の少し離れたビルの屋上だ。三号が場所を把握している」


「わかりました。俺が見てきます。まだバジルが近くにいるかもしれないし、何か手がかりが残ってるかも。魔王様は、今はセイラちゃんのそばにいてください。さっきのことで、きっと不安がってるはずです。よろしいですね?」


 少し間があったが、魔王は「……わかった」と返事をした。


「ギルティもここに残れ。魔王様のおそばを離れるな」


「わ、わかりました。お気をつけて」


 三号が空に羽ばたいた。確信を持って飛んでいく。

 グウは二階の廊下から飛び降りると、急いであとを追った。


 横断歩道を渡り、道路の向こう側へ。

 大きなマンションの前をいくつか通り過ぎ、雑居ビルの角を曲がる。思ったよりアパートから離れた。


「どこまで行くんだ?」

 と不安になった直後、三号はとあるマンションの前で止まり、真上に上昇しはじめた。


「ここの屋上か」

 グウは中に入ろうとしたが、エントランスの自動ドアが開かなかった。

「あれ?」

 単にオートロックなのだが、そんなハイテクなど知らないグウは壊れていると判断した。

 仕方なくマンション側面の階段から侵入することにする。

 侵入防止のためのさくがあったが、魔族のジャンプ力の前では問題にならない。ひざのバネだけで二階部分に飛び込むと、最上階の十階まで一気に駆け上がった。

 屋上へ続くドアには鍵がかかっていたが、壁をよじ登ってどうにか侵入する。


 屋上は室外機と貯水タンクしかない、だだっ広い空間だった。

 人が来ることを想定していないのか、転落防止用の柵すらない。


 そんな見晴らしのいい屋上のすみっこで、三号がくるくると旋回しながら飛んでいた。

 その真下には、一羽の小鳥。

 羽を負傷した二号が、コンクリートの床の上でピクピクしていた。


 グウは近づいて、二号を拾い上げた。


(ここにストーカーがいたのか……)


 来た方向を見渡すと、たしかにセイラのアパートが見えた。

 だが、どうしたことだろう。

 二階にあるセイラの部屋の窓は、ほとんど見えなった。

 距離的にも角度的にも、この屋上からだと、セイラに送られてきたあの写真は撮れない。


(バジルはここから写真を撮ったんじゃない……てことは、ここにいたのはバジルじゃないってこと……? え? じゃあ誰?)

 何が何だかわからず、グウはその場に立ちすくんだ。


 そんな彼に何かを訴えるように、頭上を旋回する三号がピゲーッと鳴いた。


 同時に、手の中の二号もピゲッと鳴いた。


 二号の額にある三番目の目には、三号の見ている光景が映っていた。

 そう。ちょうどグウの背後、貯水タンクの後ろから、全身黒ずくめの何者かがぬるりと姿を現す光景が。

 その人物は、フード付きの黒いローブで全身を覆い、顔に仮面をつけていた。茶色い木りの仮面で、ギョロッと飛び出した目と、耳まで裂けた口が不気味だった。


 仮面の男――現時点では男か女か判別不明だが、グウと同じくらいの身長なので、いったん男と仮定してもよさそうだ。男は静かに右腕を前に伸ばした。

 すると、その伸ばした腕の上に、半透明のクロスボウのような機構が現れた。

 無防備なグウの後頭部を狙って、紫色の光の矢が発射される。

 矢は空気を切り裂いて一瞬のうちに獲物に到達し、そして、命中した。


 コンッ

 

 やや気の抜けた音とともに、跳ね返った矢が地面に落ちて消えた。


「どちら様?」

 グウは振り返りながら聞いた。

「バジルさん……か?」


「…………」

 一切ダメージを与えられなかったことに驚いたのか、相手はしばらくクロスボウを構えたまま動きを止めていた。


「ちなみに俺はセイラちゃんの彼氏じゃないですよ。まあ、彼氏だったとしても、いきなり頭を射るのはどうかと思うけど」


 仮面の男は伸ばした腕を、スッと水平に線を引くように動かした。

 すると、屋上を取り囲むように光の幾何学模様が浮かんで、ガラスのような透明な壁が出現した。


(結界……こちらを閉じ込めつつ、周囲に被害を出さないようにするためか。こいつ、戦う気満々かよ……)


「おたく魔族? 呪文も道具もなしに魔法使ってるってことは、魔族だよね?」


 仮面の男は答えずに、またしてもグウに向かってクロスボウの照準を合わせる。

 ドドドドドドドドッ

 と、今度は機関銃のような勢いで矢が連射された。


 げっ、と思いながら、グウは地面を蹴って駆けだした。

 この程度の攻撃で傷を負うことはないが、普通の人間がエアガンで撃たれるくらいの痛みはあるのだ。


 ドドドドドドドドッ


 矢の弾幕が追ってくる。

 避けた矢は結界に当たると、はじけるように消えていった。

 攻撃を避けても周囲に被害が出ないのは、グウとしても都合がいい。

 相手を翻弄ほんろうするように駆けまわり、貯水タンクを蹴って一気に距離をつめる。

 クロスボウを構えた腕の死角に滑り込んだところで、相手の足を払うように蹴りを繰り出すと、仮面の男は空中に飛び上がって避け、半透明の結界に蜘蛛くものようにピタっと張り付いた。


 あきらかに人間離れした動きに、グウは相手が魔族だと確信した。

 魔族であれば、手加減は必要ない。殺さないよう配慮が必要な『魔法使いの人間』なんて存在よりは、よほど戦いやすい。


(とはいえ素手か……)


 そもそも魔族と戦闘になるのは想定外だった。

 目立つから剣は持ってきてないし、もちろん唯一の魔法も使えない。人間界に魔界のくずを解き放つなんて、あってはならないことだ。


 接近して素手で倒すしかない。

 グウは相手に向かって走り出した。


 仮面の男は壁にはりついたまま矢を連射した。


(イテテテテテテ)

 グウは至近距離から何本か矢を食らいながら、顔の前にきた一本を掴み取ると、走りながらそれを相手に向かってぶん投げた。


 ビュンッ、と猛烈なスピードで飛んできたそれを、仮面の男は壁を離れてギリギリ避ける。

 ――が、避けた先にグウが待ち構えていた。

 鋭い爪の生えた指先に力をこめ、右フックのように繰り出す。


 男のひじから先が勢いよく吹っ飛んで、半透明のクロスボウとともに屋上のはしに落ちた。

 バランスを崩した男が倒れる前に、グウはその胸倉を掴んで持ち上げた。


「お前、バジルじゃねえだろ。誰だ」


 仮面の男の態度は、どこか淡々として機械的だった。

 SNSに投稿された自我丸出しのバジルの文面とは、印象がかけ離れている。


「誰の手の者だ。言え」


 カキンッ


 手の甲に何かがぶつかった。

 仮面の男が左手に握った矢で、グウの手を突いたのだった。

 だが、やはり彼の丈夫な皮膚には傷をつけることはできない。


 グウは大きく腕を振りかぶると、仮面の男を思い切り結界に投げつけた。

 ドォン、とものすごい音がして、男はズルリと落ちてきた。


 グウはビクビクと痙攣けいれんしている男に歩み寄ると、その上に馬乗りになった。


「目的は何だ。誰を狙ってる。セイラちゃんか、魔王様か、俺か」


 詰問しながら、男の頭をフードの上から掴む。


「言わないと頭を握りつぶすぞ。え?」


 そこまで言っても、男は一言も発さず、押し黙っていた。


(ぜんぜん動じない……命が惜しくないタイプか?)


「……とりあえずツラを拝ませてもらおうか」


 グウは男の仮面をはぎ取った。

 その瞬間、ブチッという音がして、仮面の下からどろりと黒い液体があふれ出した。


「!?」


 男の体がみるみるしぼんでいく。

 まるで、水風船から水が抜けていくように……


 仮面の下には何もなかった。

 しいて言えば、それは革をい合わせて作られた、のっぺらぼうの人形だった。


(何だよこれ……)


 やがて人形はぺたんこになり、あとには革の抜け殻と、黒い衣服だけが残された。

 はぎ取った仮面を見ると、裏に魔法陣が描かれていた。


(魔法? 魔法で操られた人形だったってことか……?)


 ボッ。


 いきなり仮面が紫色の炎に包まれた。

「わ!?」

 思わず手を放す。仮面は一瞬のうちに真っ黒な炭と化し、まもなく人形の抜け殻や黒いローブも発火して燃えはじめた。


 グウはなかば呆然として、その炎を見つめた。

 相手の正体も、目的も、何ひとつわからないまま、すべての証拠が燃え尽きる。


 しかし、それとは別にショックなことがもう一つあった。


(俺、今まで喋ってたの、ぜんぶ独り言じゃん)


 遠隔操作か、自立制御かは不明だが、相手は感情を持たない人形だった。

 その人形を脅迫したり、威圧したりしていたことになる。


(ずっと人形相手にすごんでたんだ、俺……)


 グウは無傷だったが、改めて客観視したときの自分のダサさに、若干の精神的ダメージを負った。

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