第55話 お邪魔します
狭い駐車場のすみで、黒猫が一匹、昼寝をしていた。
セイラの住む家は、アパートと呼ばれる二階建ての集合住宅だった。
横長の建物にドアが並んでいて、寮みたいだなとグウは思ったが、寮とは違ってそれぞれが独立した住居らしい。
土地があり余っている魔界には、こういう家はあまりない。
「すみません、すっごく狭いんですけど」
セイラはそう言って階段を上がり、二階のはしの部屋へ黒スーツの三人組を案内した。
ミントグリーンの透け感のあるワンピースが動くたびにフワフワ揺れて、今日の彼女は何だか妖精みたいだった。
「ほんっとに狭いですよ」
と、念を押しながら鍵を開ける。
「お、お、お邪魔します!」
魔王はカチコチに緊張しながら言った。
予告どおり、セイラの家は狭かった。
玄関を入ってすぐに、廊下のようなキッチンと、バスルームがあり、その奥にこじんまりした部屋が一部屋だけ。
「どうぞ、座ってください。ベッドもぜんぜん座っちゃっていいんで」
そう言われても、ベッドに座るのは気が引けるので、男たちは小さな黄色のソファーに並んで座り、ギルティがベッドに腰かけた。
魔王はもちろんのこと、ギルティもなぜか緊張していて、不自然なほどに姿勢がよい。
(何この可愛い空間……これが人間の女の子の部屋……)
ギルティはパステルカラーのインテリアや、ウサギの目覚まし時計を興味津々でながめた。
「ギルティさんもコーヒーでいいですか?」
「はいぃ! ありがとうございます!」
思わず声が裏返るギルティ。
セイラは全員分の飲み物を用意すると、ギルティの隣に腰を下ろした。
ひざ丈のスカートが少し上にあがって、白くなめらかな足がのぞいている。
ギルティはストッキングに包まれた自分の足と、彼女の生足を思わず見比べた。
(なんでこんなに
そわそわと落ち着かないギルティと魔王を横目に、グウは本題に入ることにした。
「じゃあ、さっそくだけど、詳しい話を聞かせてもらっていいかな、セイラちゃん」
「あ、はいっ。よろしくお願いします!」
セイラは疑っていないようだった。
探偵だなんて、かなり無理がある設定だったが、意外にも信じてもらえたようだ。
昨日レストランで魔王が「探偵です」と名乗ったとき、セイラが明らかにキョトンとした顔をしたので、グウは「終わったな」と思った。
が、その直後に彼女はこう言ったのだ。
「すごい……! 探偵ってリアルで初めて会いました!」
セイラが純粋な娘で助かった。
バイト中に長話はできないので、翌日に改めて話を聞くことになり、今に至る。
今日は一日オフらしい。
「ストーカーされてるかもって感じるようになったのは、一ヶ月くらい前からです」
セイラはそう話を切り出した。
「夜、歩いてると、後ろから足音が聞こえてきて、振り返ると誰もいなくて……」
はじめは気のせいかと思ったが、何度も同じことがあり、気味悪く思っていたという。この時点では、相手が何者かわからなかった。
そして、SNS上でバジルという人物から頻繁に連絡が来るようになったのが二週間前。
「DM自体は、前からたまに来てたんですが、最近になって一日に何度も送って来るようになって……」
無視しても毎日メッセージを送ってくるし、やめてと拒絶しても効果はなく、ブロックしたところで、バジル1、バジル2……とアカウントを作り直してまで送ってくるらしい。
「そのバジルって奴だけど、面識あるの?」
グウがたずねた。
「はい。バジルさんはよくライブに来てくれるファンの人です……最初はこんなふうじゃなかったんですけど」
「あ、あの……」
魔王がおずおずと手をあげた。
「前回の配信で、インターフォンが鳴ったのは、もしかして宅配便じゃなくて、バジル……?」
「そうです……音声をミュートしたので配信には乗ってないですが、実際は10回以上インターフォンが鳴ってて……怖くて出られなかったんですけど、5分くらいしたら帰って行きました。そのあと、配信を見た事務所のスタッフさんが、バジルさんをライブ出禁にしたんです。家に押しかけたりするのはルール違反なんで」
「家を知られてるのは気持ち悪いですね」
ギルティが素直な感想を述べた。
「夜な夜なセイラさんを尾行してたのは、家を特定するためでしょうか」
「そうかも……」
と、セイラは不安そうに答えた。
「じつは、昼にも後をつけられたことがあって……先週、駅でバッタリ会っちゃったんですけど、そこからアパートの近くまでずっと話しかけられて……さすがにマズイと思ったんで、『これ以上ついて来たら警察呼びます』って言ってダッシュしたんですけど。もしかすると、こっそり後をつけてきて、この部屋に入るのを見られたのかも……」
「ひえぇ……」
ギルティが顔を引きつらせた。
「実際に警察には相談しなかったんですか?」
グウがそうたずねると、セイラは急に目を伏せて、「はい……」と答えた。
何だか歯切れが悪い。
なんだ? 言いにくいことでもあるのかな、と思ったそのとき――
ピンポーン。
突然インターフォンが鳴り、四人は顔を見合わせた。
「まさか、ストーカー?」
「こんなタイムリーに来る?」
「誰だろう……」
セイラは立ち上がってインターフォンの画面をのぞいた。
画面に映った人物を見て、魔王が「あっ!!」と叫んだ。
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《追記》2023.5.17 一部修正
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