第54話 魔王探偵デメ

 アーキハバル。

 カフェ&ダイニング『アクアブルー』。


 水槽の青い光が揺れる店内を、真っ黒なスーツに身を包んだ三人組が歩く。

 そのうち二人はまだ高校生くらいにしか見えず、就職活動中の学生にしても若すぎるため、すれ違う人間たちに奇妙な印象を与えた。

 しかし、まさか彼らの正体が、魔王とその従者だとは誰も思わないだろう。


「魔王様。セイラちゃんが今日シフトに入ってるというのは、確かなんですか?」

 席に着くなり、グウは不安そうな顔で言った。


「ああ、間違いない。セイラのSNSや配信中の発言、イベントの予定、配信スケジュールなどを加味すると、今夜は九割五分の確率でバイトを入れているはずだ」


「すごいです、魔王様。ストーカーにも引けを取らぬ情報収集能力……!」

 ギルティは感動したように目を輝かせた。


「ストーカーと比べるな! ほかにもあるだろ、探偵とか刑事とか」

 魔王はジトッとした目で言った。


 自称・節度のあるオタクである魔王は、ストーカーと一緒にされるのは不満らしい。


 そもそも、バイト先で待ち伏せしたりせず、ストーカーにならってセイラに直接メッセージを送ってはどうかとグウは提案したのだが、「ストーカーに倣ってたまるか」と魔王はかたくなに拒否。

 あくまでレストランに食事に来たという体で、自然に会おうとしているわけだが、結果として、よりストーカーっぽい行動に走っている魔王に、グウはもうツッコまなかった。


「すでにホールに出てるかもしれませんね。ちょっと見てきましょう」


 グウが立ち上がると、魔王は急にあせった顔をした。


「えっ、お前が行くの?」


「だって、ギルティはセイラちゃんに会ったことないし、魔王様に行って来いとは言えないでしょ」

 グウはそう言って席を離れた。


 ギルティと二人にされた魔王は、落ち着かない様子でキョロキョロした。

 その様子を見たギルティは、

(私が間を持たせなければ! 魔王様を退屈させてはいけないわ)

 という使命感に燃えた。


「魔王様、何をご注文なさいますか? お好きな食べ物は? 私はオムライスが好きです。お飲み物はどうします? オレンジジュースですか? りんごジュース?」


 ガンガン話しかけてくるギルティに、魔王は圧倒されて何も言えなかった。



 セイラを探して薄暗い店内を歩き回っていたグウは、大きなクラゲのいる水槽の前に、見覚えのある顔を見つけた。

 30歳くらいの金髪の優男。

 眼鏡をかけた三人の美女に囲まれて、優雅に食事をとっている。


「シレオン伯爵じゃないですか。来てたんですね」


 グウの声に、彼は視線を上げた。

 なぜかキョトンとした表情。


「シレオン? ええと……人違いじゃないですか?」


「え?」

 驚くと同時に、グウは悟った。

 今、この人物はシレオン伯爵ではなく、体の持ち主であるラウル・ミラー氏なのだと。


「社長」

 と、手前の席にいた黒髪の女性が立ちあがった。よく見ると、四天王会議のときに会った秘書だった。たしか名をデボラといったか。

「この方は取引先の従業員の方ですわ。営業の担当者と間違えてらっしゃるようです。私がご挨拶いたしましょう」


「ああ、そうなのか……じゃあ、よろしく」

 ミラー氏は自信なさげに言った。


 デボラはグウを水槽の裏に呼び寄せると、こう言った。

「申し訳ございません、グウ様。今、あの体は宿主であるラウル・ミラーが覚醒している状態。魔界に関する記憶はないのです。ご無礼をお許しください」


「ああ、いえ。彼も気の毒ですね。記憶が欠けていると、いろいろと混乱するでしょう」


「ええ。今もその混乱をやわらげるために、我々でフォローを」


「我々? というと、あっちの二人も事情を知ってるんですか?」

 グウは席に残った二人の美女をチラリと見た。

 金髪ボブの眼鏡美女と、茶髪ショートの眼鏡美女。


「はい。二人とも魔族です。我々は三人とも伯爵の秘書であり、弟子です」

 黒髪ロングヘアのデボラが言った。


「そうなんだ……」


 秘書、三人もいたのか。

 しかも三人とも眼鏡美女とはどういうことだ。


(伯爵、さては眼鏡フェチなのか?)

 デボラと別れたグウは、そんな考えを巡らせながら店内を歩いた。


「あれ? グウさん?」


 ふいに斜め後ろから澄んだ声がした。

 振り返ると、お目当ての人物がいた。


「いらっしゃいませ! お久しぶりですね」

 つやつやの髪をポニーテールにしたエプロン姿の美少女が、まぶしい笑顔で挨拶した。


「やあ、セイラちゃん。ちょうどよかった。ちょっと注文いいかな?」


「はいっ。今いきます」


 グウたちのテーブルにやって来たセイラは、なぜか全員スーツ姿であることに少し驚いた様子だった。


「えーと……今日はみなさん、お仕事帰り……ですか?」


 仕事――と言ったものの、セイラからすると、デメは十五、六歳の少年にしか見えず、初めて会うおさげ髪の少女も、せいぜい自分と同じ十七歳くらい。二人とも到底社会人には見えなかった。


「そうそう。ちょうど仕事帰りに寄ったんだ」

 と、グウが答えた。


「そうなんですね……あの、何のお仕事をされてるんですか?」


 その問いに、グウはチラリと魔王のほうを見た。


「俺たちは……」

 魔王は息を吸い込むと、キリッとした顔でこう答えた。

「探偵です」


「探……偵?」


 目を丸くするセイラに、グウはこうたずねた。


「何か身の回りのことで困ってることはない? 今ちょうどキャンペーン期間中なんで、タダで相談に乗りますよ」


 セイラはポカンとした顔のまま固まった。


(魔王様、この設定ホントに大丈夫!?)


 グウはかなり不安だったが、魔王自ら考えた作戦なので、付き合わないわけにもいかなかった。

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