第53話 解散

 バジルという人物の大量の投稿を前に、グウは首をひねるしかなかった。

 理解できない、というのが正直な感想だ。


 魔族であれば、相手が思い通りにならない場合は、早々にあきらめるか、早々に殺してしまう。よって、魔界には「ストーカー」は滅多にいない。


「というわけで、今から人間界に行くぞ」

 魔王が言った。


「とういうわけで!? ちょっと待って、展開がはやいです!」


「だって、こうしている間にも、この粘着野郎の魔の手がセイラに迫っているかもしれないんだぞ! 俺はもう心配で心配で……」


「お気持ちはわかりますが、いったん冷静になりましょう」


「冷静になれだと!? これ以上どう冷静になれと言うのだ!!」

 魔王はクワッと目を見開いた。

「本来なら少しでもセイラを困らせる奴は、全員ひねり潰してやりたいところを……俺が画面の前でどれだけ耐えたと思ってる! 何度『ブチ殺して虫に食わせるぞ』と書き込んでやろうと思ったか……! だがファン同士でケンカすると界隈も荒れるし、セイラも悲しむ……セイラの迷惑にならぬよう、めちゃくちゃ我慢したんだぞ!! この俺が!!」


「え、えらいと思います!」

 殺気立った魔王の勢いに、グウはたじろぐしかなかった。


「だがもう限界だ! どうにかコイツを排除しなければ俺の精神衛生に多大な悪影響を及ぼす!」


「排除……というと、どうなさるおつもりで?」

 まさか殺すつもりでは、とグウは心配した。


「心配するな。殺しはせん。捕まえてガツンと言ってやるだけだ。そして二度とセイラに近づかないとを誓わせる……!」

 魔王はぐっと拳を握った。


「魔王様……えらいじゃないですか」

 グウは素直に感心した。

 魔王が少しだけ大人になったように感じた。


「馬鹿にしてるのか、お前」

 魔王はジトッとした目でグウを睨んだ。


「いえ、失礼しました」

 コホン、とグウは咳払いをした。

「わかりました。人間界に行きましょう。しかし、ストーカーを捕まえるといっても、こちらは相手の本名も居場所もわからない状況。まずは調査が必要でしょう。セイラちゃんにも直接話を聞いたほうがよさそうだし」


「……そうだな」

 魔王は素直にうなずいた。


「調査に人手が要るかもしれない。ビーズとザシュルルトにも手伝わせましょう」


 そう言うと、魔王はなぜか暗い表情でうつむいた。


「いや……あいつらは、しばらくそっとしておいてやれ……今チェリクラに関わらせるのは酷だ」


「え? どういうことですか?」


 目を丸くするグウに、魔王は無言で手招きをした。

 マウスをカチカチとクリックし、モニターを指さす。

 グウは画面をのぞき込み、思わず驚きの声を上げた。


「え!? チェリー☆クラッシュ解散!?」


 チェリー☆クラッシュの公式HPには、だいたい以下のような内容が掲載されていた。


 次回の定期公演をもってチェリー☆クラッシュが解散となること。

 リナは留学のため、エレナは学業専念のためにアイドルを引退すること。

 そして、セイラはセイラ・ピアーズとして、ソロで活動を続けること。



* * *



 セイラ・ピアーズの部屋は、チェリー☆クラッシュの思い出の品であふれていた。

 Tシャツやタオル――今まで作ったグッズの数々。

 CDも誇らしげに棚の上にディスプレイされている。


 机の上には、小さなアクリルのフォトフレームが飾ってあった。

 中には三人の少女たちを写したチェキ。

 三人分のサインと、『めざせ! グレープホール!』の文字がカラフルに躍っている。


「サイン下手だな、アタシ……」

 リナはそう言って苦笑した。

「あのチェキ、初ライブの前に撮ったやつだよね。まだ持ってたんだ」


「そうそう! ライブ前に一緒にサインの練習したよねー」

 二人分のマグカップを運んできたセイラが、懐かしむように言った。


「……ごめんね。三人でグレープホールに行く約束、果たせなくて」

 リナはそう言って、セイラのクッションを握りしめた。


「謝らないでよ。リナもエレナも、自分の将来のために真剣に悩んで決めたんだって、ちゃんとわかってるし」

 セイラは微笑んだ。


「うん……」

 リナはうなずくと、もう一度チェキのほうに目をやった。


 二年前の自分たちが発する弾けるようなエネルギー。

 これから冒険の旅に出かけるような興奮が、そのまま透明なフォトフレームの中に閉じ込められている。


「もうあのサインをすることもなくなるのか……」

 リナは小さくつぶやいた。



* * *



 一方、魔界ではギルティが緊張した面持ちで、謁見の間に立っていた。

「魔王親衛隊副隊長、ギルティ・メイズです。今回の人間界行きのお供を務めさせていただきます」


 ただでさえ青白い魔王の顔が、いっそう白くなった。


「ちょ、ちょっと来い、グウ」

 彼はグウを部屋のすみに呼び寄せると、悲痛な声でこう言った。

「女子じゃん!! 聞いてないぞ!!」


「あ、そういえば言ってなかったですね」


「言っといて!! 心の準備がいるから! 女子だと思ってないから、パジャマで来ちゃっただろ!」


「朝もパジャマで飛んできたじゃないですか。何を今さら。そんなに身構えないでくださいよ。彼女は副隊長ですし、はやく慣れていただかないと」


「無理無理無理。目合わせられないって! 目合ったら絶対キモいって思われる!」


「またそんな。そんなこと思う子じゃないですって。話せばわかりますよ。おい、ギルティ。ちょっとこっち来て」


「ひっ」

 ギルティが近づくと、魔王はサッとグウの後ろに隠れた。


「あの……魔王様……何か私にお気に障る点でも……」

 ギルティは心配そうに言った。

(ようやく魔王様のお供ができるというのに、なぜか思いっきり拒絶されているわ……)


 魔王は目も合わさずに後ずさりした。

「いえ、べつに。何もないです」


(敬語!?)

 ギルティは耳を疑った。


「ど、どうしてそんなに避けるんですか?」

 ギルティは逃げる魔王のあとを追った。

(こんなに拒絶されていては副隊長の役目が務まらないわ……!)


「そ、そ、そっちが近づいてくるから……」

 魔王がさらに逃げる。


「おい、俺の周りをくるくる回るな」


 しかし、グウの言葉はテンパっている二人には届かず、謎の追いかけっこは続いた。


「魔王様、お待ちください! 私は魔王様のお役に立ちたいのです!」


「嘘だ! どうせ心の中では気持ち悪いって思ってるだろ!」


「えっ?」


「あ、ギルティ、気にしなくていいぞ。存在しない記憶におびえてるだけだから。ネットの掲示板で読んだ他人の体験談をもとに喋ってるから、この人」

 グウが解説した。


「どうせ女子だけになった瞬間、悪口言いまくるんだろ。陰でキモオタとか生理的に無理とか言うんだろ……!」

 両手で頭を抱え、存在しないトラウマに怯える魔王。


「なっ……」


(思った以上にネガティブなお方だわ……! とてつもなく分厚い壁を感じる。どうしよう……このままじゃ信頼関係が築けない……グウ隊長のようになれない……私から壁をよじ登って行かなければ!!)


「そんなことはありません! 私は魔王様がどんなキモオタであろうと、引きこもりのコミュ障であろうと、どこまでも魔王様をお支えしていくと心に誓っております! 多少気持ち悪いくらいでは、この尊敬と忠誠心は揺るぎません!」


「逆に見下してるだろ、お前!! せめて陰で悪口言え!」

 魔王は泣きそうな顔で叫んだ。


 こうして、魔王とグウとギルティの三人で人間界に向かうことになった。

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