第51話 憶測

 ――最近つけられている気がする。


 バイト先のレストランで、セイラがそんな話を同僚にしていたという。

 一カ月ほど前から、誰かに監視されているような視線を感じるようになり、最近では、帰り道であとをつけられたり、追いかけられたりと、行動がエスカレートしているらしい。


「そのストーカーしてる奴ってのは、セイラちゃんのファンなんですか?」

 グウが聞いてみると、


「さあ。僕も本人から直接聞いたわけじゃないから、詳しいことは知らないよ」

 シレオン伯爵からは、何ともいい加減な答えが返ってきた。

「本来、オーナーの僕がバイトの子のプライベートに立ち入るのは変だからね。この前が例外なだけで」


「警察には相談してないんでしょうか。せっかく人間界には警察があるんだから、頼ったほうがよさそうですが」


「どうだろうね。本人はあまり大事にしたくないと思ってるかも。それに、もしかすると警察がどうこうできる相手じゃないかもしれないしねぇ」


「というと?」


「魔族の可能性もあるってことさ」


「まさか……」


「ないとは言い切れないよねぇ。お前も知ってのとおり、魔王が人間と仲良くすることに反対してる魔族至上主義者もいるからさ」


「まさかカーラード議長が……いや、さすがにないか。あの人がそんなリスキーなことするはずない」

 グウはすぐに思い直した。

 万が一、魔王にバレたら問答無用でブチ殺される可能性もあるのだ。

 議会のトップまで上りつめたカーラードが、むやみに魔王を刺激するようなことをするとは思えない。


「カーラード本人とは限らないでしょ。彼の支持者とか、同じ思想を持った誰かが勝手に動いてる可能性もあるよ?」


「たしかに」


 しかし、その“誰か”がセイラを亡き者にしたいなら、何故さっさとそうしないのだろう。一か月もつけまわす意味は?

 行動の監視? 慎重な暗殺計画?

 いや、だったら相手にバレないように監視すべきだ。


「もし、そのストーカーが魔族なら、目的は殺すことではないのかも」

 グウは考えを整理しながら口にする。


「ほう? じゃあ何?」


 何だろう。


 セイラに危害を加えることをチラつかせ、魔王を脅すため。

 あるいは人質にして何かを要求するため。


 となると、もはや“誰か”の立場は、魔族至上主義者にとどまらず、魔王デメへの反逆者ということになってくる。


 そう伯爵に伝えると、彼は電話の向こうで声を上げて笑った。


「人質だって? そんな作戦、魔族相手に効果ないでしょ」


「そりゃ、あなたは魔族の愛情否定派だからそうでしょうけど、そう思わない魔族だってたくさんいますよ」


「だからって、一人の人間を人質に取ったくらいで、魔王に勝てると思う馬鹿がいるかね。お前はデメがセイラのために命を投げ出すと思うわけ?」


「それは……」


 正直、グウにもわからなかった。

 セイラに対する魔王の気持ちがどういうものなのか。

 大切に思っているのは確かだが。

 お気に入りのゲームと同じだ――と言った伯爵の言葉も、間違いとは言い切れない。


「命まではわかりませんが、身代金とか要求されたら全財産差し出しそうではありますよ」


「身代金なんか要求されないでしょ。身代金が欲しいなら、人間の金持ちの子供をさらえばいいじゃん。わざわざ魔王を脅すとか、命知らずにもほどがあるよ」


「おっしゃる通りですね」

 グウはあっさりと認めた。

「やっぱ人間なんじゃないですか?」


「そうかもね。とりあえず、僕は親切で情報提供してやっただけだから、あとはご自由に。デメに伝えるも伝えないも、お前に任せるよ。じゃあね~」


 電話を切ったあと、グウは腕を組んでしばらく考え込んだ。

 近くで話を聞いていたギルティが、不安そうな顔でたずねる。


「セイラさん、ストーカーに遭ってるんですか?」


「ああ。どうもそうらしい」


「犯人は魔族だと?」


「まだわからない。けど、放ってはおけないな」


「そうですね。魔王様もきっと心配されるでしょうし」


「……」


 グウは迷っていた。

 魔王に話すべきか。


 話したらめちゃくちゃキレそう。

 相手が魔族であれば確実に血が流れるだろうし、たとえ人間であったとしても、どんな行動に出るか……。またこの前のような説得が通じるとは限らない。


「まだ正確なことがわからないから、もう少し詳細を確認してから報告するよ。場合によっては魔王様の手をわずらわせることなく、こちらで対応する……」

 

 言いながら、グウはまだ迷っていた。

 頭の中で、さきほどの会話がぐるぐる回る。


 ――カーラード本人とは限らないでしょ。彼の支持者とか、同じ思想を持った誰かが勝手に動いてる可能性もあるよ?


 もし仮に、現魔王デメを廃し、カーラード議長を魔王の座に推す“誰か”がいたとしたら。

 ……いや、王座に推すのはカーラード議長とは限らない。


 ――じつは、ある人からグウちゃんを殺してくれって頼まれてさ。


 以前、ベリ将軍に毒殺されそうになったときに言われた言葉を思い出す。

 もし、彼女にクーデターを持ち掛けたのが、その“誰か”だったとしたら?


 なぜ自分のような権力と無縁の者が狙われるのか不思議だったが、魔王デメを討つための下準備として、まず親衛隊長を排除しておこうということだろうか。


(今このタイミングで魔王様に隠し事をするのは、得策ではないかもしれないな)


 側近との間にくさびを打ち込むのは権力闘争における常套手段だし、魔王に不信感を抱かれるような行動は、後で大きな隙になる可能性がある。

 すべては憶測の域を出ないが、一度命を狙われているのは事実。何かこうダルい感じの罠にはまらないためにも、できるだけクリーンでいたいところだ。


(前回も俺の説得を聞いてくれたわけだし、俺も少しは魔王様を信じるとするか)


「あ、今のナシ。やっぱ言うわ。今日は人間界からの帰りが遅くなるだろうから、明日にでも魔王様に話してみるよ」

 グウはどこかスッキリしたような顔で言い、

「ちょっと栄養ドリンク買ってくる」

 と言って、部屋を出ていった。


 ギルティの胸の中にざわざわと不安が立ちこめた。

 会話中にあった、人質や身代金といった物騒な言葉。

 そして、カーラード議長の名前。


 魔界で何か良くないことが起ころうとしているのだろうか。

 そして、その渦中には、一人の人間の少女が?


 ギルティの脳裏に、ある一枚の絵が浮かんできた。

 この世の残酷さをすべてつめ込んだ地獄のような絵――『勝者の晩餐ばんさん』。


 人間を愛しすぎたが故に、家臣に裏切られた魔王の悲劇的な結末。

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