第50話 一方、彼と彼女は

 昼休みの少し前。

 警護の仕事を終えたギルティは、魔王親衛隊の執務室に戻ろうとしていた。


 警護と言っても、人ではなく物資搬入の警護だったが。


 魔王城には週に一度、人間界から買った物品が届けられる。ほとんどが生活物資で、食料品や飲料水、トイレットペーパーなどが多い。

 グウがよく魔界マートで買っているエナジードリンクなんかも人間界からの輸入品である。

 警護しないとトラックが野盗に襲われてしまうので、魔界の門まで運送業者の送り迎えをするのが、魔王親衛隊の数ある雑務のうちの一つだ。


 執務室に戻ると、ほかの隊員たちはみんな出払っていて、ただ一人、グウだけが奥の机に座っていた。


 ギルティはドキッとした。

「お、お疲れ様ですっ」


「ああ、お疲れ……」


 何とも言えない気まずい空気が二人の間に漂う。

 飲み会の夜の一件以来、あまり会話をする機会がなかった。

 というより、まだ顔を見るのが恥ずかしく、自分から避けてしまっていた。


(普通にしなきゃ。私は何も覚えてない設定なんだから……!)


 ギルティは平静を装い、

「ビーズさんとザシュルルトさんは、今日も魔王様とライブですね!」

 と、わざとらしいほど明るい声で言った。


「ああ、さっき出発したよ。なんだかんだ二人とも楽しんでるみたいだな」


「たしかに! 今日も朝からウキウキされてましたね!」


 ビーズ隊員とザシュルルト隊員は、ライブに同行するうちに、すっかりチェリー☆クラッシュのファンになってしまったようだ。

 ザシュルルト隊員は初日から絶賛しており、「俺はリナたん推しっすね。あの強気で毒舌なとこがたまんないっす」と熱く語っていた。

 一方、ビーズ隊員はさほど興味がなさそうな顔で、感想を聞いても「強いていえばエレナ推しです」と答えるだけだったが、じつはエレナとのツーショットを大事に机の引き出しに保管していることが確認されている。

 魔王とも案外うまくやっているようなので、ライブのお供はこの二人の担当で固定された。


「ライブってそんなに楽しんでしょうか。いいなあ。私も行ってみたい」


「なら今度同行してみるか? お前が来ると、また魔王様が緊張しそうだけどな」

 グウはふっと小さく笑った。


(ああ、普通だ。普通に会話できてる……!)

 ギルティは少しほっとした。


「そんなの、私のほうが緊張しますよ。魔王様とは、着任のときに一度ご挨拶したきり、お会いしてないですし。とても繊細で気難しい方だと聞いていますが……私も隊長のように信頼関係を築けるか心配です」


「いや、俺も信頼されてるかはわからんけど。まあ、基本的には大人しい人だから、怒らせない限りは大丈夫だよ。すげー面倒臭いけど」


「面倒臭い?」


 何がどう面倒臭いんだろう、と疑問に思ったときだった。

 ジリリリリリと黒電話のベルが鳴り、ギルティは受話器を取った。


「はい。魔王親衛隊です。あっ、この前は大変お世話になりました」


 そして、彼女はグウのほうに向かって、意外な人物の名前を告げた。


「隊長、シレオン伯爵からです」


「伯爵から?」


 めずらしい。何の用事だろう?

 グウはいぶかしみながら電話をかわる。


「はい。何でしょう」


「何でしょう、って。愛想ないなあ。ちょっとした情報提供だよ。セイラについての」


「セイラちゃんの?」


「そうそう。デメに言うと大騒ぎになりそうだからさ、まずはお前の耳に入れとこうと思ってねえ~」


 伯爵は相変わらず軽いノリで話した。

 受話器越しにヘラヘラした表情が伝わってくるようだ。


「じつは彼女、ストーカーされてるみたいなんだよねえ」

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