Case7 先行きが不安

第49話 接近

 人間界。アーキハバル。

 とあるライブ会場にて。


 ライブ後の特典会にやってきた顔色の悪い少年に、セイラは微笑んだ。


「デメさん! 今日はチェキも撮ってくれるんですか? 嬉しい!」


「あ、は、はい。すみません。お願いします」


「何のポーズにします?」


「え、えーと、何でも……」


「じゃあ猫のポーズとか!」


「ぅえっ、あ、はい。それで」


「じゃ、いきまーす」

 と、スタッフがカメラを構える。


 デメは一切カメラを見ず、顔を伏せたまま、猫というよりは幽霊が手招きをしているようなポーズをとった。

 後ろに並んでいたデメの連れと思われる二人組が、驚愕きょうがくの表情を浮かべた。


 撮影したチェキには、その場でサインや落書きをする。書いている間はファンとの会話の時間だ。


「あ、あ、新しい事務所、決まってよかったですね」


「はい! おかげでまた定期公演ができるようになりました!」


「で、ですね。……よかったです!」


「はい!」


「…………」


「…………」


 会話が終わってしまったので、

「今日はグウさんと一緒じゃないんですね」

 と、セイラから話を振る。


「あ、はい。アイツ仕事忙しいみたいで……今日はこの二人と来ました」


 デメは後ろに並んだ二人を指さした。

 

 セイラはちょっと意外に感じた。

 大人しいオタク風のデメとは対照的な、華やかで垢抜けたファッション。しかも何だか不良っぽい雰囲気。デメの友達に見えないばかりか、アイドルファンにも見えなかった。


(お友達……なのかな? 見た目で判断しちゃダメだけど……)

 思わずデメのことが心配になるセイラ。


「おい、お前らも握手させていただけ」

 デメは後ろの二人にそう言った。


「いいんすか、デメ君」


「ああ。お前らの分の特典券も買っておいた。記念にメンバー全員と握手するがよい」


「はっ。ありがたき幸せ」


 どういう関係性なんだろう、とセイラは疑問に思った。


「お会いできて光栄です、セイラ様」


「はいっ。こちらこそっ」


 眼鏡をかけた紫色の髪の男と握手をする。

 礼儀正しいが、黒っぽいがら物のシャツのせいか、どことなくアングラな雰囲気が漂っている。


「チェリクラ最高。また来るっす」


「あ、ありがとうございますっ」


 続いて、スキンヘッドにキャップをかぶった長身の男。

 眉毛がなく、耳と鼻と口に大量のピアスをつけている。


(一体どういうグループなんだろ……)

 セイラの疑問は深まるばかりだった。


 奇妙な三人組は、大量のグッズを購入してメンバーと握手を済ますと、静かに会場を去っていった。



* * *



 さかのぼること一日前。


 魔王親衛隊の間では、こんな話し合いが行われていた。


「じつは明日、魔王様の外出の予定がある」


 隊長のグウの言葉に、隊員たちの間には、かつてないほどの衝撃が走った。


「魔王様が……?」

「引きこもり歴15年の魔王様が!?」


「外出先は人間界だ」

 グウは硬い表情で言った。

「今から言うことは国家機密なので、くれぐれも外に漏らさないでくれ。じつは魔王様は今、とある人間のアイドルグループにハマっていて、何度かライブに足を運んでいる」


「ま、まさか」

 ベテランのガルガドス隊員が巨体を震わせた。

「まさか本当だったとは!」


 フェアリー隊員も思わず細い目を見開く。

「ドルオタになったって噂、マジだったんだ!」


「え、何? 皆もう知ってんの?」


「噂になってました。デマだと思ってましたけど……」

 眼鏡のビーズ隊員が複雑な表情で答えた。


 どうやら、魔王が人間のアイドルを推しているという噂がすでに広まっているらしい。


(あれだけ知られるの恥ずかしがってたのに。魔王様、ドンマイ)

 グウは少しだけ魔王に同情した。


「まあ、知ってるなら話がはやい。我々の任務は、お忍びでライブを見に行かれる魔王様を護衛することだ。前回までは俺がお供をしていたが、さすがに毎回は厳しい。てことで、担当決めまーす」


「やったー! 魔王様の護衛ができるー!」

「やっと本来の業務ができる……!」

 若手のザシュルルト隊員とビーズ隊員が目を輝かせた。


「しかし、人間界に溶け込めそうなビジュアルとなると、かなり人選が絞られますね」

 ギルティが言った。


「たしかにね」

 と、フェアリー隊員がうなずく。

「まず、ガルガドスは目立ちすぎるし、ジェイルも犬だから無理でしょ」


「ああ。残念ながらライブ会場に犬は入れない」と、グウ。


「ワン……」


 犬のジェイル隊員と、身長240センチのガルガドス隊員はしゅんと肩を落とした。


「隊長、アイドルってお触りできますか?」

 四ツ目でサングラスを二つかけたゼルゼ隊員が質問した。


「お触りできないし、お前は最初から候補に入ってない」


「はい、はーいっ。アタシは?」

 ドリス隊員が手を挙げた。

 頭に生えた猫耳がピョコンと動く。


「ドリス、その耳は隠せるのか?」


「ん? うーん、無意識に動いちゃうけど、まあ、そーいうアレってことで誤魔化ごまかすから大丈夫」


「そーいうアレって何だよ。誤魔化し切れねーよ」


「はい! 俺! 俺行く!」

 ザシュルルト隊員が挙手した。


「うーん…………かなり不安だが、形は人間に近いしなあ」

 グウは腕を組んで考え込んだ。

「おいビーズ、ザシュ一人だと心配だから、お前も一緒に行ってくれないか」


「え!? 待ってください! それはちょっと……」

 ビーズ隊員はうろたえた。


「お前も魔王様の護衛したがってただろ?」


「そうですが、ザシュと二人は嫌です!」


「まあ、そう言うな。ザシュはこう見えて人間界に慣れてる。休日によく買い物に行くんだよな?」


「うっす! 任せといてください、ビーズ先輩!」


 ビシっと親指を立てるザシュに、ビーズ隊員はかなり不安そうな顔をした。



 * * *



 そして次の日。

 謁見えっけんの間で、魔王は二人の隊員に引き合わされた。


「というわけで、本日のライブには、この二人が同行します」


 グウがそう説明したとたん、魔王は絶望的な顔をした。


「ちょ、ちょっと来い、グウ」


 彼はグウを部屋のすみに呼び寄せると、必死の形相でこう訴えた。


「無理無理無理。無理だって! 陽キャじゃん! 陽キャは無理だって言っただろ!」


「いや、大丈夫です。たぶん陽キャじゃないんで」

 グウは軽く答えたが、じつは陽キャの定義がよくわかってない。


「いや、絶対陽キャだって。なんか二人とも服とかイケてるし。ていうか、あの背高いほうにいたっては、もはや陽キャ飛び超えて不良だろ! 無理! 絶対カツアゲされる!」


 魔王はザシュルルトのほうを指さした。

 私服は意外にも常識的だったが、首から上はたしかにインパクトが強い。


「カツアゲされるワケないでしょ。落ち着いてください。二人ともあなたの忠実な家来なんですから」


「嘘だ。絶対ナメられてるって」


「あの、魔王様。何か我々にお気に召さない点でも……」

 心配したビーズ隊員が様子を見にきた。


「ひっ、陽キャ! 優等生タイプの陽キャ。大学で飲みサークルを牛耳ってるタイプ。ぜったい近隣の女子大生と遊びまくってる」


「えっ?」


「魔王様! 誤解っす。ビーズ先輩は童貞っすよ!」

 ザシュルルト隊員が擁護しにやってきた。


「違うわ!!」と、ビーズ。


「うわ、こわっ、お前。ピアス多すぎ。ライブ中にギター破壊するタイプのバンドやってるだろ」


「やってないっす」


「魔王様、変な偏見の目で見ないでやってください。二人とも魔王様のお供ができる日を心待ちにしてたんですから」


「そうっすよ! 魔王様は俺らの憧れっす! 魔王様がアイドルのファンであるように、俺らは魔王様のファンなんすよ!」


「え」

 魔王は驚いたように目をパチパチさせた。

「そ、そこまで言うなら、ついて来てもいいけど」

 そして、まんざらでもない表情。


 チョロいな、魔王様……とグウは思った。



* * *



「じゃあね、セイラ」


「うん、お疲れー!」


 ライブの後、セイラはメンバーと別れて帰路についた。

 駅前の喧騒けんそうを抜け、アパートまでの静かな道を歩く。


 人気のない夜道。

 ふと後ろから近づいてくる足音があった。


 セイラは警戒して振り返ったが、背後には誰もいなかった。


 気のせいかな。


 そう思って、彼女はまた歩き出した。

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