第47話 ライン越え?

 脱がす?


 グウは躊躇ちゅうちょした。


 目の前には、赤い顔をしてベッドに横たわるギルティ。

 とろりとした目に、うっすら涙を浮かべている。


(いや、べつに躊躇ためらうことないだろ。上着だし。全部脱がすわけじゃないし)


 そうだ。たかがジャケット一枚。べつにいやらしい行為ではない……はず。

 そう自分に言い聞かせて、彼女のボタンに手をのばす。


「失礼しまーす……」


 なるべく無心でボタンをはずす。

 最難関は、呼吸にあわせて上下する胸の第一ボタン。心頭滅却のうえ、呼吸にタイミングを合わせ、余計なところを触らぬよう速やかにはずす。


(しかし、絵面がヤバすぎる。いよいよ襲ってるみたいになってきた……)


「あのー、ちょっと起き上がって?」


 ジャケットが体の下敷きになって脱がせないので、彼女の首の下に手を入れて抱き起こす。


「はい。バンザイして。バンザイ」


「ぐすっ。はぁい」

 言われたとおりに両手を上げるギルティ。

 片っぽの三つ編みが解けかかって、ぴょんぴょん髪がはねている。


(パパか、俺は……)


 何でこんなことしてるんだっけ……

 特殊な状況に、だんだん不安になるグウ。


 はやくおいとましよう。

 そう思いながら、洗面台でジャケットのそでを洗う。


 寮は風呂とトイレが共同だが、小さな洗面台だけは各部屋に備え付けられている。

 そこは男子寮と同じだった。


 ジャケットをハンガーにかけ、コップに水をくんでギルティに手渡す。


「じゃあ俺は帰るけど、あとは一人で大丈夫か?」


 そう言うと、ギルティは急に不安そうな顔をした。


「帰っちゃうんですか……?」

 また目がうるうるし始める。

「ていうか、私はいつ帰ってきたんでしょうか」


「へ?」


「あれぇ? なんで隊長が私の部屋にいるんだろう?」

 ギルティはコテンと首をかしげた。


「ええ!?」

 グウは衝撃で凍りついた。

「うそ……そこ覚えてないの?」


(ちょっと待てよ……そこを覚えてないとなると……俺は今、女の子の部屋に勝手に上がり込んでいる変態ということに! いや、そもそも女子寮に侵入している時点で変態……)


「あれぇ? 私が連れ込んだんでしたっけぇ?」

 ギルティは頭に手をあてて考える。


「いや、そうじゃないけど」

 連れ込まれてはいないが、ちゃんと許可をもらって入ったわけでもない。

(あれ……よく考えたら、マズイ気がしてきた……)


 そう。すべては自分が勝手にやったことだ。べつに彼女に頼まれたわけじゃない。

 ここに至るまでの行為の数々が、頭の中を駆けめぐる。


 勝手に背負い、勝手に抱きかかえ、勝手に部屋に入り、勝手に服を脱がし、勝手に抱き起こし……

(やばいやばいやばい!! え? やばいのか? わかんなくなってきた! でも相手はギルティ……そこが問題だ……)


 十代だし、世代も違うし、育ちもいい。

 デリカシーの概念もないその他大勢の魔族と同じ基準で考えてはいけなかった。


(あれ? もしかしてライン越えてる? いつから越えてる? やばい……わかんない……)

 グウは冷や汗をかいた。


「うーん、ちょっと待ってください。ちゃんと思い出しますねぇ」


「いや、思い出すな!!」

 グウは食い気味で止めた。

(もし思い出されたら……めちゃくちゃキモがられるかもしれない!!)


「ふぇ?」


「俺はここに居なかった! すべて幻だ!」


「え?」

 ギルティは眉根を寄せて、傷ついたような目でグウを見た。


「やめろ、そんな目で見るな! もう俺を見るな……!」


「ええっ」


「俺のことは忘れてくれ。永久に記憶から消し去ってくれ」


「そんなっ」


「じゃあな……!」


「待って!!」


 立ち上がろうとするグウの手を、ギルティが掴んだ。


「行かないで……そんなこと言わないで……」


 彼女の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。


「縁切るなんて言わないで!」


「いや、言ってないけど……」

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