第46話 黒歴史を越えて

 魔王城までの帰り道を、グウはギルティを背負って歩いていた。

 ほかの隊員たちは二次会へと向かい、酔いつぶれて足元のおぼつかないギルティは、グウが寮まで連れて帰ることにした。


「うわあああん。もうダメです。人生終わりましたあああ」


 暗い夜道に泣き声が響きわたる。

 ギルティは子供みたいにわんわん泣き続けていた。


「ううっ、ぐすっ……公衆の面前であんな醜態を……もうお嫁に行けませえええん」


「行けるから心配するなって」


 さては泣き上戸だな、コイツ。とグウは思った。


「ふええええん。無理ですよおぉ。みんなに痴女だと思われましたああぁ。もう恥ずかしくて生きていけない。もう名前変えますうぅ」


「変えるな、変えるな」


「消えたいよおおぉうわあああん」


 やれやれ、とグウはため息をつく。


「大丈夫だって。恥ずかしいのは今だけだから。どれだけ恥ずかしい失敗だって、そのうち笑い話に変わるもんだから」


「ううっ、うそだあああ」


「ホント、ホント。経験上、数日は思い出すたびに悶絶しそうになるけど、しばらくすると平気になってきて、一年後には自虐ネタに昇華されてオチまで完璧に話せるようになるから」


「無理いぃ。そんなにメンタル強くないもん。ぐすっ。ひっく」


「じゃあ強度上げるチャンスじゃん。メンタルなんて恥かきまくってきたえるモンよ? 俺なんて今まで恥ずかしいことありすぎて、もう少々の失態じゃダメージ食らわないからね。万が一、今夜この歳でおねしょしたとして、それを魔界中に言いふらされても数日で立ち直れるくらいには鍛え上げられてる」


「それは恥じてください……」


「いいか、ギルティ。乗り越えられない黒歴史はない。恥を重ねて人は強くなるのだ」


「ううっ……なんか格言みたいなこと言ってる」


「いや格言だし。メモしとけ」


 ぐすん。ずびっ。と、すすり泣きは続いていたが、ようやく落ち着いてきたのか、グウの背中にぴたっと体重を預けて大人しくなった。嗚咽おえつ混じりの熱い息が耳にかかる。


「ぐすっ。隊長の背中あったかくて気持ちいい。当分ここに住みます」


「住むな。家賃取るぞ」


 城下町を抜け、魔王城へと続く坂道へさしかかったところで、背後から犬の鳴き声がした。振り返ると、ジェイル隊員が後を追ってきていた。


「あれ? お前、二次会いかなかったのか?」


「ワン!」


 ジェイルは一声鳴くと、ぶるぶるっと体をふるわせた。

 すると、モフモフの毛がボワンと伸びて、体全体が巨大化した。大人の熊くらいはありそうだ。


「えっ、もしかして乗せてくれんの?」


「ワン」

 ジェイルはキリッとした顔で鳴いた。


「ジェイル。お前はほんとに気が利く奴だな」

 グウはしみじみと言った。


 ギルティを前に乗せようとしたが、ゆらゆらしてすぐに振り落とされそうだったので、結局、腕で抱きかかえるようにして、ジェイルの背にまたがった。


「落ちないようにつかまっとけよ」


「はぁい、お父様。じゃなくて隊長」


(お父様!?)


 ギルティはグウの首に腕を絡ませて、何の躊躇ためらいもなくギュッと抱きついてきた。

 普段では考えられない大胆さに、逆にグウが気恥ずかしくなる。


(ギルティさん……? マジでお父様だと思ってる? てか、コイツじつは家で甘えん坊なのか?)


 ジェイルは二人を乗せると軽やかに駆け出し、あっという間に魔王城までたどり着いた。

 本館のすぐ裏手にある寮の前で降ろしてもらう。


「ありがとな、ジェイル。俺は女子寮にコイツを送ってくから」


「ワン」


 ジェイルは返事をすると、またブルッと体をふるわせた。すると、たちまち体が小さくなって、そのまま男子寮のほうへ駆けて行った。彼はオスなので男子寮に住んでいる。



* * *



 女子寮の玄関はすでに閉まっていた。

 仕方なく扉をノックすると、顔見知りの寮母が出てきた。


「ごめんね、オバチャン。こいつ酔いつぶれちゃってさ。部屋まで連れて行ってやってくんない?」


 パンチパーマをかけたゴリラっぽい種族の寮母は、鋭い目でギロッとグウの顔を見た。

「入りな」


「え? でも、男子禁制だろ?」


「今、腰痛めてんだよ。アンタが部屋まで運んでやんな」


「ええ……いいのかよ……」


「いいって言ってんだろ。ただし、酔いつぶれてる時に手ぇ出すんじゃないよ」


「出さねぇよ!! 酔いつぶれてなくても出さねえし!」


 まったく、規則も何もあったもんじゃない。

 まず寮母の対応が不適切すぎる。

 グウはギルティを背負ったまま、ビクビクしながら一階の廊下を歩いた。

 言われるがままに入ってしまったが、女子寮に侵入している事実に変わりはない。


「てか、ギルティの部屋どこだよ」


 あまりウロウロして、ほかの住人に見つかったらヤバい。もはや不審者の気分。そろりそろりと忍び足で歩いていると、曲がり角で若い魔族の娘と出くわしてしまった。


「うわっ! 男!?」

 

「あ、いや、違うんだ! 不審者じゃない! 俺はコイツを届けにきただけで……」

 グウは焦って弁解した。


「なんだ、ギルティじゃん。どしたの、この子? 酔ってんの?」


「あ、お友達? 悪いけど、コイツの部屋どこか教えてくんない?」


「ギルティは108号室だよ」


「ありがとう。助かった」


「あんたギルティの上司? もしかして、あんたが隊長?」


「ああ、そうだけど」


「ふーん、なるほど。壁薄いから気をつけてね」


「だから何もしねえって!!」


 思わず声が大きくなり、はっと口をつぐんだ。


(まったく。終わってんな、この寮……)


 108というプレートを発見し、ドアを開けると、中は思いのほかあっさりした部屋だった。


(ここがギルティの部屋か……)


 こじんまりした室内に、ベッドと机と本棚があるだけ。

 小奇麗で、淡泊。

 若い女性の部屋というより、優等生の学生の部屋という感じがした。

 寝具やクッションの色が、ちょっと女の子っぽいくらい。


 グウは若干緊張しながら部屋に足を踏み入れた。


(入ってしまった……何かいけないことしてる気分……)


「おーい、着いたぞ」


 グウはベッドにギルティを下ろして寝かせた。


「気分はどうよ?」


「うーん、まだクラクラします……」


「ちょっと待ってろ、いま水を入れてきてやるから――って、あれ? お前、ジャケットのそでに思い切りソースついてるじゃん。はやく落とさないとシミになるぞ」


「ふえ? なるほど」


「なるほどじゃねえよ。もう俺が洗ってやるから脱げ、ほら」


 ギルティはもぞもぞとジャケットのボタンに手をのばしたが、力が入らないのか、一つも上手くはずせない。挙句、ぐすっとまた涙ぐんだ。


「ぐすっ。ううっ、できませえぇん。脱がせてくださぁいっ」


「ええ……?」

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